artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
細倉真弓「クリスタル ラブ スターライト」
会期:2014/07/04~2014/08/10
G/P GALLERY[東京都]
「クリスタル ラブ スターライト」というのは、細倉真弓がたまたま見つけた新聞記事に掲載されていた群馬県の飲食店の名前。1992年にこの店を舞台にして「5000万円荒稼ぎ」をしたという売春事件が起こったのだという。細倉はこのいかにも身も蓋もない、薄っぺらな響きの店の名前になぜか心惹かれるものを感じて、今回のシリーズを構想した。「Wing」、「セクシークラブ大奥」、「ド・キホーテ」といった、いかにも地方都市の歓楽街にありそうな店のイルミネーションを撮影した写真を挟み込んで、やはりネオンサインっぽい原色の色味に変換された男女のヌード写真が並ぶ。会場には「クリスタル ラブ スターライト」というネオンサインを製作した実物も展示してあった。あざといといえばあざとい構成だが、そこには日本の社会的風景にどうしても拭い去りがたく染みついた“貧しさ”、“鬱陶しさ”が透けて見える。
細倉がこのような社会批評的な文脈を作品に取り入れるようになったのは、とてもいいことだと思う。だが、この試みを単発で終わらせるのはもったいない。「クリスタル ラブ スターライト」の事件はもう20年前のことなので、インパクトがやや薄まっている。最近の同種の事件(それが何かはよくわからないが)にもスポットを当てて、日本社会の底辺の構造をあぶり出す連作に繋げていけるのではないだろうか。もしそれができるなら、大きな可能性を秘めた表現の鉱脈が見えてきそうだ。
なお東京・恵比寿のPOSTでは、同時期に細倉の新作の「Transparency is the new mystery」が展示されていた(7月11日~27日))。こちらは前作「KAZAN」の延長上にある、モノクロームのヌードと鉱物の結晶をテーマとする連作である。
2014/07/13(日)(飯沢耕太郎)
神田開主「地図を歩く」
会期:2014/07/02~2014/07/15
銀座ニコンサロン[東京都]
ハッセルブラッドSWCで撮影された真面目な風景写真が並ぶ。神田開主(あきかみ)は2011年に日本写真芸術専門学校研究科を卒業した、まだ若い写真家だが、既に揺るぎない技術と、対象物を細やかに観察できる鮮鋭な視力を備えている。被写体になっているのは、北関東各地(群馬県、埼玉県、千葉県)の「場所と場所とを繋ぐ境界のような、そんな光景」である。その指標として、樹木、道路、池、谷などが選ばれており、そこからは何かが通り過ぎていった後のような、微妙な気配が立ち上がってくる。
ただし、その画面構成やモノクロームプリントの完成度の高さは諸刃の刃であり、ともすれば丁寧に整った写真を作り上げて満足しているように見えなくもない。いま、神田に求められているのは、この粘り強い「フィールドワーク」から何が見えてくるのかを、もっと具体的に問いつめていくことだろう。この仕事は民俗学的なアプローチにも通じそうだし、北関東の植生や地勢を、写真を通じて確認する方向に進むこともできる。埼玉県に生まれ、群馬県で育った彼自身の「記憶の光景」の再確認という側面もありそうだ。彼がめざす「地図」はいったいどんな目的で使用されるべきものなのか、今後はそのあたりをもっとしっかりと提示していってほしい。
なお、写真展にあわせて、冬青社から同名の写真集が刊行されている。端正なレイアウト(デザインは石山さつき)、堅牢な造本のハードカバー写真集である。
2014/07/09(水)(飯沢耕太郎)
葛西優人「Sail to the Moon」
会期:2014/06/23~2014/07/10
ガーディアン・ガーデン[東京都]
2009年から開始されたガーディアン・ガーデンの「1_WALL」展(リクルート主催)も回を重ねて、既に9人のグランプリ受賞者を輩出した。今回開催されたのは、その9回目の受賞者、葛西優人の個展である(審査員は鷹野隆大、土田ヒロミ、姫野希美、増田玲、町口寛)。
男子二人によって生み出されていく性の領域を、どこか思わせぶりな写真の連なりとして提示するセンスは悪くない。大小の写真を壁面に並べていくスタイルも手慣れた感じがする。だが、どこか既視感を覚えてしまう。これはちょっと困ったことで、葛西の写真に取り組む真摯な姿勢は好感が持てるし、作品世界の構築の方向性も間違っていないにもかかわらず、着地点がどうもうまく見えてこないのだ。
顔がほとんど見えず、クローズアップが多く、断片的に切り取られた不分明な画像が並ぶ写真の構成・展示のあり方そのものを、再考する必要があるのかもしれない。別にわかりやすい写真にしなくてもいいのだが、被写体をもう少しストレートに見据えて、丁寧に撮影してもいいのではないだろうか。鷹野隆大が「彼は不器用なタイプの人間である」というコメントを寄せているが、僕にはそう思えない。少なくとも写真展の構成に関しては、器用にまとめてしまったように見えてしまう。「不器用」を最後まで貫き通してほしいものだ。
2014/07/09(水)(飯沢耕太郎)
倉谷拓朴「Last Portrait Project」
会期:2014/06/28~2014/07/21
川崎市市民ミュージアム 1階 逍遥展示空間[神奈川県]
倉谷拓朴は2003年に東京綜合写真専門学校卒業後、横浜・黄金町にアートスペースmujikoboを開設したり、越後妻有アートトリエンナーレで「Last Portrait Project」や「名ヶ山写真館」といった企画を立ち上げたりするなど、意欲的な活動を行なってきた。今回川崎市市民ミュージアムで開催されたのは、2006年からさまざまな場所で展開されてきた、遺影写真の撮影・展示のプロジェクトである。
葬儀の席や仏壇などに掲げられる故人のポートレート(遺影写真)は、死者の記憶を共有し、後世に伝えるために重要な役目を果たしてきた。ただ、アルバムなどに貼られていた写真を複写して使うこともあり、クオリティ的には問題が多い。倉谷は、あえて生前に思いを込めてポートレートを撮影してもらうことで、遺影写真の新たな形式を模索しようとしている。これまで撮影された「Last Portrait」は、既に1000枚以上に達しているという。
倉谷はその撮影のために独自のマニュアルを作成した。カメラのレンズを見て静かに目を閉じ、気持ちが落ち着いた所で目を開ける。その瞬間にシャッターを切るというものである。目をつぶることで内省的な気分が生じ、その人物の「原型」とでもいうべき存在のあり方が滲み出てくるということだろう。たしかに、会場に展示されていた作品には、長く遺していくべき「Last Portrait」にふさわしい、威厳のある表情や身振りが写り込んでいるように思える。また、今回はモデルを募集し、7月6日、20日、21日の3回にわたって、実際に8×10インチの大判カメラでポートレートを撮影するというイベントも行なわれた(毎回10人)。このプロジェクトは、これから先も厚みを増しつつ、続いていくのだろう。それが最終的にどんな形をとっていくのかが楽しみだ。
2014/07/08(火)(飯沢耕太郎)
今井祝雄─Retrospective─影像と映像
会期:2014/07/08~2014/08/02
ARTCOURT Gallery[大阪府]
今井祝雄が具体美術協会時代の白い造形から映像表現に軸足を移した、1970年代の仕事を中心に展覧。作品は、21点組の写真作品《ポートレイト 0~20歳》、1979年に始まり現在も継続しているポラロイド写真の自写像《デイリー・ポートレイト》、テレビの放映で使用されなかったフィルムを素材にした映像&インスタレーション《ジョインテッド・フィルム》(画像)など12点。《デイリー・ポートレイト》が名作なのは言うまでもないが、他の作品にも1970年代の問題意識が濃密に立ち込めており、それを21世紀のいま追体験できることが嬉しかった。こんな機会は滅多にないので、20代・30代の若手作家がひとりでも多く本展を見ておいてくれればよいのだけど。
2014/07/08(火)(小吹隆文)