artscapeレビュー
没後百年 日本写真の開拓者 下岡蓮杖
2014年04月15日号
会期:2014/03/04~2014/05/06
東京都写真美術館 3階展示室[東京都]
下岡蓮杖(1823~1914)は、日本写真史の草創期を彩る伝説的な人物である。狩野派の絵師から写真師に転身し、1862(文久2)年に横浜・野毛に写真館を開業。長崎の上野彦馬とともに「写真の開祖」として名を馳せる。牛乳販売、乗合馬車の開業、箱館戦争や台湾出兵のパノラマ画の制作など、写真以外の事業にも乗り出し、92歳という長寿を全うして亡くなった。トレードマークの蓮の杖をついた仙人めいた風貌の写真とともに、幕末・明治期の「奇人」として多くのエピソードを残している。
これまでは、ぶあつい「伝説」の影に覆われて、なかなかくっきりとは浮かび上がってこなかった写真師/絵師・下岡蓮杖の実像が、このところの研究の進展によってようやく明らかになりつつある。今回の東京都写真美術館の展覧会は、古写真研究家の森重和雄氏をはじめとする、長年の蓮杖研究の成果が充分に発揮された画期的な催しであり、前期、後記合わせて、代表作・資料280点あまりを見ることができた。
下岡蓮杖の写真はまさに「開拓者」にふさわしい、意欲的な実験精神に溢れているが、まだその表現の可能性を充分に汲み尽くしているとは言い難い。同時代の上野彦馬や横山松三郎と比較しても、やや単調で生硬な画面構成と言える。むしろ彼の役割は、技術的な側面を含めて写真を撮影、プリント、販売するシステムをつくり上げ、後世に伝授することにあったのではないだろうか。それとともに、今回の展示では、これまではあまり取りあげられることがなかった絵師・下岡蓮杖の作品がかなりたくさん集められていた。初期の「阿蘭陀風俗図」(1863年頃)から晩年の「達磨図」や「山水図」まで、どれも達者な筆さばきだが、ここでもある特定のスタイルに収斂していくような個性を感じることはできない。近代的な芸術家としての写真家が出現する以前の、アルチザンと山師とが融合した異色の人物──だが、その天衣無縫な表現意欲は実に魅力的ではある。
2014/03/12(水)(飯沢耕太郎)