2019年07月01日号
次回7月16日更新予定

artscapeレビュー

2011年11月01日号のレビュー/プレビュー

泉太郎 展 動かざる森の便利、不便利

会期:2011/09/26~2011/10/02

玉川大学 3号館102[東京都]

泉太郎が玉川大学の学生らとともに制作した作品を同大学内で展示した展覧会。発表されたのは、これまでと同様に、独自のルールで行なわれる遊戯を収めた映像インスタレーション7点で、基本的に撮影の場と展示の場を同一にする手法も変わらない。ただし、これまでと大きく異なっていたのは、学生との共作という一面が前面に押し出されていたせいか、全体的に「和気藹々」とした雰囲気が強く醸し出されていた点だ。それが、ひとり遊びという孤絶感を徹底することによって逆説的に求心力を発揮する泉の作品の真髄を、残念なことに遠ざけてしまっていたように思われた。むろん、これまでもボランティアスタッフが画面に映りこむことはあったし、近年の泉は明らかに彼らを巻き込んだ集団的な遊戯に重心を置いていたから、和やかな空気感はその路線の延長線上で必然的に生まれたものなのかもしれない。けれども、学生の無邪気な笑顔に囲まれた泉の遊戯に、どうにもこうにも違和感を拭えなかったのも否定し難い事実だ。それを、単独性からはじまり、やがて集団的な規模にまで発展する遊戯の本質的な特性として肯定的に考えることもできなくはないが、しかし泉太郎が秀逸なのは、遊戯に内在するそのような力を利用しつつも、あくまでもそれを自分の統治下に治める点にあるように思う。他者とともに行なわれる遊戯ですら、彼らを人形のように操りながら、じつは遊戯を独り占めにしているといってもいい。表面的なユーモアの背後にひそむ唯我独尊こそ、泉太郎の真骨頂にほかならない。今回の展示に対する違和感は、学生たちの屈託のない笑顔が、そうした本質的なところに触れているように見えなかったことに由来しているのかもしれない。ワークショップや授業にアーティストを招聘するのはよい。しかし、それがアーティストの魅力を半減させるものであっては断じてならない。改善のポイントは意外と単純なところにあると思う。例えば、今回の作品はすべて大学の中で行なわれていたが、同じ遊戯を大学の外で、すなわち路上や街頭でやってみるとしたら、どうだろう。学生たちは今回のように笑いながら遊ぶことができるだろうか。泉は内側の聖域だろうと外側の野生だろうと同じように遊ぶだろう。それが泉太郎の強さなのだ。

2011/10/02(日)(福住廉)

世界制作の方法

会期:2011/10/04~2011/12/11

国立国際美術館[大阪府]

大西康明、パラモデル、青木陵子+伊藤存、鬼頭健吾、金氏徹平、エキソニモ、クワクボリョウタ、半田真規、木藤純子の9組(いずれも1970年代生まれ)が出品。今後日本の美術シーンの中心的存在として活躍するであろう作家たちが、各々の世界を存分に見せてくれた。それぞれ作風が違う彼らだが、共通するのは、素材やジャンルに対する意識が自由で、美術史上のイズムやイデオロギーからも柔軟な態度が感じ取れること。正直、意図が掴めない作品もあったが、一回り上の世代に当たる私には、彼らの軽やかな振る舞いそのものが眩しく感じられた。

2011/10/03(月)(小吹隆文)

artscapeレビュー /relation/e_00015023.json s 10014142

庭の見世物小屋 東義孝

会期:2011/09/28~2011/10/10

京都造形芸術大学 ギャルリ・オーブ[京都府]

昨年急逝した若手画家、東義孝。本展は、デビューした2005年以降の作品で彼の画業をたどる回顧展だ。東の作品は、人物や動物などのシルエットのなかにさまざまなモチーフを詰め込んだものが多く、甘美さと残酷さの同居に大きな特徴がある。画業はわずか5年ほどだが、その間にも試行錯誤が盛んに行なわれていたことが、100点余の出品作を通して伝わった。これは、彼が早くからコマーシャルギャラリーに身を置き、厳しい競争環境で切磋琢磨していたことと無縁ではないだろう。これまで作品を見る機会に恵まれなかった関西在住の美術ファンとしては、本展はせめてもの機会であった。それにしても早過ぎる死だ。残念というほかない。

2011/10/04(火)(小吹隆文)

太田祐司 個展「ジャクソン・ポロック新作展」

会期:2011/09/08~2011/11/26 ※会期延長

AI KOKO GALLERY[東京都]

2009年の五美大展で「半馬博物館」という架空のミュージアムを発表した太田祐司の個展。イタコの女性にジャクソン・ポロックを呼び出してもらい、当人に新作を描かせたアクション・ペインティングの大作と小品、そして当人へのインタビューと制作風景を映した映像を発表した。オレンジやグリーン、ブラック、シルバーなどの色彩をドリッピングによって重ねたマチエールは、いかにもポロック風。映像を見ると、床に寝かせたキャンバスに、イタコの女性が勢いよく絵筆の塗料を滴り落としているが、その身体動作が徐々に躍動していく様子がわかっておもしろい。なるほど、たしかに「ジャクソン・ポロック新作展」である。故人のアーティストをイタコに呼び出してもらう作品としては、すでにセカンド・プラネット(宮川敬一+外田久雄)がアンディ・ウォーホルにインタビューを行なっているものの、太田が優れているのは、故人と対話するだけでなく、絵画を実作させたからだ。いったい、霊魂が現世の肉体を借りて制作した絵画は真作なのだろうか、それとも贋作なのだろうか。ほんとうの作者は誰なのだろうか。「半馬博物館」や「未確認生命体(UMA)」がそうだったように、真偽や虚実のあいだを絶妙に突く、太田ならではの傑作である。かりに「ほんとう」だったとしても、具象絵画全盛の時代にあって、その愚直なアクション・ペインティングがやけに新鮮に見えたことは偽りではないし、真っ赤な「うそ」だったとしても、シャーマン絵画としてのおもしろさが減殺されるわけでもない。つまり、真偽や虚実というテーマをみずから設定しつつ、しかしその振り子がどちらに傾くかに関わらず、どっちにしろ太田の作品は評価されるのであり、ほんとうに絶賛しなければならないのは、この高度な戦略性なのだ。ところで、それはそれとして、抽象表現主義を頑なに信奉してやまない美術評論家の連中が、いったいこれをどのように評価するのか、という点が気になって仕方がない。

2011/10/06(木)(福住廉)

石塚源太─たゆたうさかいめ─

会期:2011/10/01~2011/10/29

ARTCOURT Gallery[大阪府]

円盤の支持体に金属部品やワイヤーなどを置いて研ぎ出した漆作品を中心に、お盆状の作品、優美な曲線を帯びた小オブジェなどを出品。円盤の作品は、漆黒の平面内にさまざまな模様が並んでおり、まるで夜空に輝く星座のようだ。本展では、それらを広い空間に点在させることで、今までの個展では味わえなかった醍醐味が得られた。画廊の広大な展示室が、作家のポテンシャルを引き出したと言えよう。

2011/10/06(木)(小吹隆文)

2011年11月01日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ