artscapeレビュー

2012年05月01日号のレビュー/プレビュー

プレビュー:今村源・袴田京太朗・東島毅「Melting Zone」

会期:2012/05/05~2012/06/02

アートコートギャラリー[大阪府]

菌糸をモチーフにした浮遊感のある立体やドローイングなどで知られる今村源、彫刻らしからぬ素材使いで知られ、近年はアクリル板を積み重ねて形をつくり出すシリーズを発表している袴田京太朗、巨大なサイズと尋常ではない重量感、物質感を持つ絵画を制作する東島毅の3人展。各自がそれぞれ占有空間を持つのではなく、互いに混ざり合い、浸食し合ってジャム・セッションのような展覧会をつくり上げるというのだから期待が高まる。その場その時にしか生まれえない美しきカオスを味わいたい。

2012/04/20(金)(小吹隆文)

プレビュー:植松奎二 展 軸─重力・半重力

会期:2012/05/26~2012/06/23

ギャラリーノマル[大阪府]

ベテラン作家の植松奎二が、新作展ならぬ温故知新の個展を開催。彼が1971年から約10年にわたり集中的に制作していた木材とジャッキを用いたインスタレーションを、現在の視点から再構成、他3点の作品とともに展示する。本展は「過去をみつめ、未来をみる」をテーマに掲げている。単なる再制作やリバイバルではなく、過去の作品から現代、そして未来へつながるビジョンを抽出し、表現の可能性を改めて問い直す機会なのだ。長く第一線で活動を続けてきた植松だからこそ可能な企画であり、当時の作品を知らない世代にとっても刺激的な機会となるだろう。

2012/04/20(金)(小吹隆文)

さわひらき展 Lineament

会期:2012/04/07~2012/06/17

SHISEIDO GALLERY[東京都]

さわひらきといえば、日常的な背景に寓話的なイメージを重ねることで幻想的な世界をつくり出す映像作家として知られているが、今回発表した映像インスタレーション《Lineament》は、その重複を後景に退けるほど幻想性の密度が高められていた。回転するレコードから延びる細い糸が部屋中を侵食し、やがて男の頭部や壁面を貫いていく。現実と虚構がゆるやかに溶け合う幻想性が表わされていることは疑いないとしても、すべてを貫通する糸は、おのずと放射線を彷彿させるから、むしろ終末論的な見方が強くならざるをえないことも事実だ。首を折り曲げて倒立する男は軽やかな浮遊感というより「奈落の底」に引き寄せるような重力を、窓の向こうの海辺は解放感というより室内の閉塞感を、それぞれ逆照していたようにすら見える。それは、幻想を幻想として楽しむことができなくなってしまった今日のアートをめぐる状況も暗示していたようだ。

2012/04/20(金)(福住廉)

臼田知菜美 ちなみっくす展~愛♥のミックスジュース~

会期:2012/04/20~2012/04/22

素人の乱12号店[東京都]

臼田知菜美はエコノミーを追究するアーティストである。といっても金儲けの話ではない。むしろ金がないことを前提としたうえで、いかに他者との関係性を築き上げ、そのなかで事物を流通させ、そのことによって新たな価値を生み出すことができるのかという点を、アートという手段を利用して考えようとしているのだ。きわめて今日的なアートだと言える。
トイレットペーパーやタバコを他人から貰い受け、それらを展覧会場で来場者に提供する映像作品は、必要な物資を貰い受けている。一方、今回新たに発表された、ハートマークを入れた一円玉を見ず知らずの通行人に「落としましたよ」と一方的に分け与える映像作品は、逆に譲り渡している。双方に通底しているのは、いずれの作品も「貨幣」ではなく「贈与」を軸にした最小限のエコノミーを実践していることだ。
貨幣経済のゆがみを是正することがますます難しくなっている現在、臼田が提案しているエコノミーのありようを、たんなる突撃系のパフォーマンス作品として片付けることはもはやできない。むしろ私たちの未来を先取りした、きわめて先駆的な作品として理解するべきである。
ただし、一円玉を受け取った男性の多くが狼狽していたように、臼田からの贈与に私たちが応えることができないうちは、残念ながら理想的な未来社会が実現されたと言うことはできない。つまり、賽は、臼田によって投げられた。あとは、私たち自身がどう動くかにかかっている。

2012/04/20(金)(福住廉)

塩川コレクション──魅惑の北欧アール・ヌーヴォー「ロイヤル・コペンハーゲン ビング・オー・グレンタール」

会期:2012/04/07~2012/05/20

松濤美術館[東京都]

塩川博義氏(日本大学教授・陶磁器コレクター)のコレクションを中心に、デンマークのふたつの名窯ロイヤル・コペンハーゲンとビング・オー・グレンタールにおけるアール・ヌーボー磁器の展開を探る展覧会である。
 地階会場では釉下彩(絵付け後に透明釉をかける下絵付けの技法)作品により、両窯の技術の発展と様式の確立とを跡づける。1775年に設立されたロイヤル・コペンハーゲンは、1868年に民間企業となり、1882年に陶器を製造していたアルミニア(1863年設立)に買収されたことで、近代化がはじまった。1885年、経営者フィリップ・ショウ(1818-1912)は、建築家・画家であったアーノルド・クロー(1856-1931)を工場のディレクターに任命。クローの下で、技術としては釉下彩、装飾としてはアール・ヌーボー様式を展開した。昆虫や爬虫類、魚類のモチーフは、アール・ヌーボー様式に共通したものであるが、淡い色彩とグラデーションによる絵付と優美で滑らかな器形は、フランスのアール・ヌーボーとはまた異なった独特の美を生み出している。他方、ビング・オー・グレンタールは、1853年にロイヤル・コペンハーゲンの彫刻師F・グレンダールと、商人であったビング兄弟によって設立された。絵画的表現を特徴とするロイヤル・コペンハーゲンに対して、ビング・オー・グレンタールの製品は彫刻的要素が強く、前者に対する製品差別化としてセンターピースやフィギュアなど立体的な作品が多く作られたという★1
 2階会場では、とくに日本磁器に与えた影響の指摘が興味深い。アール・ヌーボー様式の形成には海外に渡った日本美術の影響がある。ロイヤル・コペンハーゲンもジャポニスムの発信地であったパリのビング商会から日本の浮世絵や工芸品を購入していたという。そうした影響の下につくられた釉下彩の作品は、1889年と1900年のパリ万国博覧会でグランプリを獲得した。これらの博覧会でヨーロッパの陶磁器に触れた日本の関係者は、自国の陶磁器に革新が必要であることを訴える。その結果、日本でも釉下彩という技法が探求されたが、そればかりではなくモチーフの模倣も行なわれたのである。ヨーロッパにとって装飾の源泉であった日本において、ヨーロッパ人が創り出した「ジャポニスム様式」の磁器がつくられ、海外に輸出されていたのはなんとも奇妙なことである。
 両窯ともに「ユニカ」(=ユニーク)と呼ばれる一点ものの作品もあるが、多くは量産品であった。そもそも釉下彩は上絵付けよりも焼成回数が少なくて済むため、生産コストを削減する技術でもある。ロイヤル・コペンハーゲンの経営者フィリップ・ショウは技術者であり、機械を導入するなど工場の近代化に努めた。高火度に耐える釉薬を開発したのは化学者アドルフ・クレメントであった。また、ショウはアーノルド・クローをはじめとする多くのアーティストを迎えた。いまだ近代デザインの揺籃期であった19世紀末に、彼らが科学、技術、芸術を融合し、質の高い優れた作品を市場に送り出していたという事実には驚きを禁じ得ない。
 本展はこのあと京都・細見美術館に巡回する(2012年7月14日~9月30日)。[新川徳彦]

★1──ビング・オー・グレンタールは1987年にロイヤル・コペンハーゲンに買収された。

2012/04/20(金)(SYNK)

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