artscapeレビュー
2016年07月01日号のレビュー/プレビュー
細川貴司展
会期:2016/06/13~2016/06/25
不二画廊[大阪府]
本展のDMハガキを見た時は、彼の作品がどんなものか、よく分からなかった。どうやら支持体は板で、木目を生かした絵作りをしているらしい。会場で実物を見ると、実物ははもう少し複雑だった。角材をつなぎ合わせた塊を凸レンズ状に削った支持体の上に描いていたのだ。画題は、濃霧がかかる山や森といった山水画的なもの。曲面を生かした魚眼レンズ状の構図も相まって、神秘的な雰囲気を醸し出している。画材は、色鉛筆を中心に、アクリル絵具と油絵具を併用している。確かな画力にもとづく緻密な作風は説得力があり、非常に見応えがあった。関東在住の作家と聞いたが、今後も関西での発表を続けてほしい。
2016/06/13(月)(小吹隆文)
女子美染織コレクション展Part6×渡辺家コレクション TEXTIL DESIGN ─ 時代をうつす布 ─
会期:2016/06/11~2016/07/24
女子美アートミュージアム[神奈川県]
享和元年(1801年)に創業した浅草「駒形どぜう」本家の長男に嫁いだ渡辺八重子氏(昭和7年生)は、伝統的なお細工物(布製の小物)の創作と伝承に努めるかたわら、多年にわたって着物や古布を蒐集してきた。史料の散逸を防ぎ、教育に活用して欲しいとの願いから、多数の染織コレクションを所蔵している女子美術大学にそのコレクションが一括して寄贈されることになった。本展は2014年に寄贈された約2000点に上るコレクションの中から特に渡辺氏の記憶に残る打掛、振袖、子供の着物に焦点を当てて約60点を選んで紹介する企画。江戸末期から昭和にかけての着物に加え、女子美が所蔵する旧カネボウコレクションの江戸時代前期から後期の小袖が展示されている。
出展作品のなかでもとくに興味惹かれた着物は、大正期から昭和初期にかけてのもの。化学染料の普及で色彩が豊かになり、アール・ヌーヴォーなど西洋の美術・デザインの影響を受けて伝統的な着物の意匠とは異なる多様なモチーフの図案が現れた時代だ。子供の着物には、子犬や玉乗りをするピエロ、飛行船と行進する人形の兵隊を組み合わせたモチーフ(これは「戦争柄」の一種か)など、可愛らしい意匠が見られる。列車と走る犬をモチーフにした面白い柄の浴衣地もある。 孔雀模様はアール・ヌーヴォーの影響か。大人の着物にはバラやユリの花など、明治以降に栽培・鑑賞されるようになった植物がモチーフとして大胆にあしらわれているものも。海軍をイメージする桜錨文様の帯は売上の一部が国のために寄付されるものだったという。まさに布は時代を映し今に伝えるメディアでもあるのだ。
着物の一部は着装姿で展示されている。主にフォルムの歴史的変化に焦点が当てられる西洋ファッションでは着装による展示が一般的であるが、江戸時代以降、長らく小袖を標準型として展開してきた日本の着物は、衣桁に掛けて意匠を大きく見せる展示が一般的。着装にすると帯で締めるために生地が傷むなど、資料保存の点でもあまり望ましくないのだそうだが、今回は寄贈者である渡辺八重子氏の許可を得てこのような展示が実現したとのこと。帯や半襟はなるべく同時代のものを選び、着付のスタイルも時代を合わせているという。筆者は着物の実際についてほとんど知識がないのだが、なるほど、着装で展示することで、じっさいの意匠の見えかたが分かるばかりでなく、裾裏に施された文様の見せかたなど、着物を着る人々の細部へのこだわりをも見せることができることを、この展示で知った。[新川徳彦]
2016/06/13(月)(SYNK)
Volez, Voguez, Voyagez Louis Vuitton 空へ、海へ、彼方へ ─ 旅するルイ・ヴィトン展
会期:2016/04/23~2016/06/19
「旅するルイ・ヴィトン展」特設会場[東京都]
ルイ・ヴィトン展特設会場[東京都]
「旅」をテーマにルイ・ヴィトンの歴史をたどる世界巡回展の日本展。三菱一号館美術館の「PARIS オートクチュール展」でも監修を務めたガリエラ宮パリ市立モード美術館館長オリヴィエ・サイヤールが監修し、演出家のロバート・カーセンが会場を構成。会場は東京・紀尾井町に仮設された建物。外観はいかにも仮設の建物なのだが、中に入るとコーナー毎にそれぞれ趣向が凝らされた驚くほどラグジュアリーな空間が連続する。たとえば創業の原点を扱ったコーナーでは、部屋の中央に木製トランク制作のための古い木工工具、周囲には工房の写真、商標のスケッチなどの資料がならび、部屋全体は上質な木のパネルの内装。船の旅のコーナーは船の甲板、自動車の旅のコーナーは木立の中の道、空の旅では雲の上、列車の旅は一等客車のイメージというぐあいだ。全体はルイ・ヴィトンとその製品の歴史がクロノロジカルに構成され、合間合間にコラム的にトランクのヴァリエーション、オートクチュール製品、セレブリティたちの特注品、アーティストとのコラボレーション作品、ガストン-ルイ・ヴィトンのバッグ・コレクションなどが挿入される。展覧会として優れていると感じたのは、自社製品を並べるだけではなく、同時代のファッションやアートを合わせて展示することで、単なるハイブランドの一企業史展ではなく、ラグジュアリーファッション史、上流階級の生活文化史の展覧会としても見ることができる点だ。たとえば自動車の旅のコーナーには20世紀初頭にラルティーグが撮影した自動車ドライバーたちの写真が展示されおり、その手前に革製のゴーグルや自動車用トランク、工具入れなどが並ぶ(ラルティーグの写真をこのように見せることができるのかと感心した)。歴史的なドレスはガリエラ宮パリ市立モード美術館のコレクション。まるで部屋の装飾品のようにさりげなくクールベ《オルナン近くの風景》が壁に掛かっている。ルイ・ヴィトンの製品がどのような人々にどのようなシチュエーションで用いられていたか、当時の人々にとって何が新しかったのかが伝わる展示構成なのだ。逆に言えば、歴史の重みを背景に新しさを演出することこそがハイブランドをハイブランドたらしめていることを痛感させられた展覧会だった。贅を極めたこの展示が入場無料、撮影自由というところも驚き。日本のブランド企業にとっても、この展示とその背後にあるLVMHグループの戦略には学ぶところが多くある。[新川徳彦]
2016/06/14(火)(SYNK)
西洋更紗 トワル・ド・ジュイ
会期:2016/06/14~2016/07/31
Bunkamuraザ・ミュージアム[東京都]
「トワル・ド・ジュイ」とは、ジュイの布の意。フランス・ヴェルサイユ近郊の村、ジュイ=アン=ジョザスで作られた銅版プリントの綿布(更紗)のことで、人物を配した田園風景のモチーフで知られている。ドイツ出身のプリント技師、クリストフ=フィリップ・オーベルカンプ(1738 - 1815)がこの地に工場を設立したのは1760年。1843年に工場が閉鎖された後も現在にいたるまでオーベルカンプの工場で生み出された意匠のコピーや模倣品はつくられ続けている。この展覧会では、トワル・ド・ジュイ美術館が所蔵するオリジナルの西洋更紗の紹介を中心に、その歴史を辿る。
更紗とは、手描きもしくは捺染によって図柄を染めた綿布。17世紀後半にヨーロッパ各国の東インド会社がインド更紗を輸入するようになると、薄手、軽量で、鮮やかな色彩で染められ、洗濯も容易な更紗はヨーロッパでブームを起こした。しかし、更紗の輸入はヨーロッパの伝統的な毛織物産業にとって脅威であり、また貨幣の海外流出を意味したため、フランスでは1686年にインド更紗の製造・輸入・着用のいずれもが禁止された。ただ、じっさいには密輸が横行して実効性がなかったばかりか、禁止令は国内のプリント産業に大きな打撃を与えた。1759年に禁止令が解除されたとき、フランス国内にはすでにプリントの技術を持った者がいなくなってしまっていたために、スイスの工房から招かれた人物がオーベルカンプだった。彼は一時パリの工場で働いた後、ヴェルサイユ近郊のジュイ=アン=ジョザスにプリント工場を設立した。
一般的にトワル・ド・ジュイというと銅版プリントによる更紗を指すようだが、オーベルカンプが最初に行なったのは木版による多色プリント。彼は技術者としてばかりではなくマーケティングにも優れた人物で、工場では輸入されたインド更紗を模倣した豪奢な更紗を製造する一方で、色数が少ないプリントも製造し、意匠の点でも価格の点でも幅広い客層の好みを満足させる多様な布地を取り揃えていた。暗い背景に生い茂る草花をモチーフにした《グッド・ハーブス》と呼ばれる一連のプリントはとても良く売れ(この「グッド」には良く売れるデザインという意味も含まれていたそうだ)、多くの模倣品がつくられた。更紗の用途としては、大柄のものは壁掛けなどの室内装飾に、小柄のものは服に用いられた。マリー・アントワネットのワードローブには、トワル・ド・ジュイで仕立てられたドレスが含まれていたそうで、本展には、彼女のドレスの断片をブックカバーに用いたとされる本が出品されている。
オーベルカンプの工場は、1770年にはイギリスから銅版プリントの技術を、1790年代末には銅版ローラーによるプリント技術を導入した。銅版のサイズは約1メートル四方で木版よりもずっと大きく、プリントの大量生産に向いていた。また、木版よりもはるかに細かいデザインが可能になった。ただし木版と違ってプリントは単色。それゆえ、デザインによっては手作業で彩色されたり、木版が併用されたりもした。木版単独のプリントもつくられ続けた。銅版プリントの成功に大きな役割を果たし、「トワル・ド・ジュイ」の様式をつくりあげたのは画家ジャン=バティスト・ユエ(1745 - 1811)。オーベルカンプ自身は技術者・経営者であり、デザイナーではなかったが、経営の成功にとってデザインが重要であることをよく分かっていた。常にデザインに気を配り、1760年から1843年までに、3万点以上のモチーフが製造されたという。
展示はヨーロッパにおける田園モチーフの源泉である中世のタペストリーから始まり、インド更紗への熱狂の様相を経て、オーベルカンプの仕事に移る。またその後の世代への影響として、ウィリアム・モリスのプリント綿布や、ビアンキーニ=フェリエ社のためにラウル・デュフィがデザインしたテキスタイルが出品されている。技術的にもデザイン的にもインド更紗の模倣から始まったジュイの布が、ヨーロッパの銅版画の技術を応用し、中世からの伝統的なモチーフや古典主義の意匠を取り入れて変容してゆく歴史的過程を見ることができてとても興味深い。ジュイの布以外は、女子美術大学の旧カネボウコレクション、五島美術館や染司よしおか、文化学園服飾博物館、島根県立石見美術館のコレクションなどによって展示が構成されており、日本のミュージアムにおける西洋テキスタイルコレクションの厚みを感じる。[新川徳彦]
2016/06/14(火)(SYNK)
イラストレーター 安西水丸展
会期:2016/06/17~2016/07/10
美術館「えき」KYOTO[京都府]
イラスト、漫画、絵本、小説などの執筆、そしてテレビタレントとしても活躍した安西水丸。筆者が大学生だった1980年代はまさに絶頂期で、多くの紙媒体で彼の作品を目にした。なかでも小説家、村上春樹との一連の仕事はいまも印象深い。当時はイラストや漫画で「ヘタウマ」が流行っていたので、彼の絵もその系統だと思っていた。しかし今回、1970年代から2010年代までの作品を通観して、その印象が一変した。作品を子細に観察すると、クライアントや仕事の内容により、じつに細かく絵柄を使い分けているではないか。簡潔な線の美しさも相まって、「これぞプロのイラストレーターの仕事だ」と、大いに感心したのである。その意味で本展は、筆者と同年代の者だけでなく、プロのイラストレーターを志す若者にとっても見ておくべき展覧会と言えるだろう。
2016/06/16(木)(小吹隆文)