artscapeレビュー
2017年09月01日号のレビュー/プレビュー
渡辺篤個展「わたしの傷/あなたの傷」
会期:2017/08/04~2017/08/27
六本木ヒルズA/Dギャラリー[東京都]
渡辺は自身の深刻な「ひきこもり」体験から、心の傷をテーマに作品制作を続けるアーティスト。昨年の「黄金町バザール」でも発表したプロジェクト「あなたの傷を教えてください」は、広く募集した「心の傷」を円形のコンクリートに記したもので、内容は失恋、虐待、イジメ、性同一性障害などさまざま。それをそのまま見せるのではなく、いったんハンマーで割って、金継ぎの技法で修復するところに心の傷の「経験者」渡辺のアーティストたるゆえんがある。今回はそのシリーズに加え、ひきこもっていた実家のモルタル製のミニチュアを壊して金継ぎで再生した作品や、それを母とともに修復する映像、そして1畳サイズのコンクリートの部屋に1週間閉じこもるというパフォーマンスを、3年後に再演した《7日間の死》のドキュメントも出品。小さな密閉空間に閉じこもるという行為は昔から修行としても行なわれてきたし、現代でも飴屋法水みたいにパフォーマンスとして行なうアーティストもいるが、ひきこもりが閉じこもるというのは説得力がある。でも再演するというのはどうなんだろう。いっそ3年にいちどトリエンナーレ方式で閉じこもるというのもおもしろいかもしれない。それにしても一番の驚きは、恰幅がよく人当たりもいい渡辺がひきこもりだったという事実だ。
2017/08/06(日)(村田真)
畠中光享コレクション インドに咲く染と織の華
会期:2017/08/08~2017/09/24
渋谷区立松濤美術館[東京都]
日本画家・畠中光享氏が長年にわたって蒐集してきたインド美術コレクションから、インドの染織品を紹介する展覧会。2013年に三鷹市美術ギャラリーほかで開催された展覧会「畠中光享コレクション 華麗なるインド」(三鷹市美術ギャラリー、2013/04/13~06/23)では、コレクションの中心をなすミニアチュール(細密画)と染織品がともに展示されたが、本展は染織の展示に特化している。特に地下展示室が印象的だ。高い天井から透けるように薄いターバンの生地がさがり、空調の風で揺れている。壁面には広げられた大きな布が並ぶ。古い布なので自らの重みで裂けたりしないか心配になるが、「破れたら直せばいい」そうだ(本当に状態の悪い古布は展示から除外されているそうなのでそこまでの心配はない)。インドの染織といえば更紗=手描きや木版による捺染綿布が思い浮かぶが、それ以外にも印金、印銀、銅版捺染、絞、織、刺繍など多様な技法が用いられていたことを展示から知ることができる。染色が難しい木綿布を、赤、黄、青など鮮やかな色彩で染めたインドの染織品は古くから世界の人々を魅了してきた。17世紀以降、これらインドの染織品はヨーロッパに輸出されて人気を博し、そのことがヨーロッパでの綿織物製造を刺激し、イギリスにおける織布、紡績の機械化、そして産業革命を誘発したことはよく知られていよう。インドの染織品の影響は素材としての綿布の特徴(ヨーロッパの羊毛製品に比較して薄く、軽く、洗濯が容易だった)とともに、その文様の美しさにもあり、各地で模倣品がつくられた。カシミール地方のショールの模倣品がスコットランドの都市ペイズリーで製造されたために、その文様自体がペイズリーと呼ばれるようになった。生産効率を上げるためにイギリスでは銅版印刷の技法を応用した捺染技術が導入されたが、インドでは銅版捺染のことをそのイギリスの綿業地域にちなんで「マンチェスター」と呼んでいるそうだ。展示品にはこれらヨーロッパ製品も含まれているので、キャプションには注意して見たい。[新川徳彦]
関連記事
西洋更紗 トワル・ド・ジュイ|SYNK(新川徳彦):artscapeレビュー
2017/08/07(月)(SYNK)
遠藤利克展─聖性の考古学
会期:2017/07/15~2017/08/31
埼玉県立近代美術館[埼玉県]
美術館の個展なのに、出品はわずか12点。でも作品の総重量でいえばこれほど重い個展もないだろう。いや物理的に重いだけでなく、見たあとこれほどずっしりと重く感じる個展も少ない。作品の大半は木の彫刻で、表面が焼かれて黒く焦げている。形態は大きく分けると舟のかたち、円筒形またはドーナツ型、箱型などだ。円筒形といっても、例えば《空洞説(ドラム状の)─2013》は高さが2メートル以上あるので内部をのぞくことはできず、中央がやや膨らんだ黒い壁の周囲を回るだけ。圧巻は、薄暗い部屋に12個の巨大な円筒を円形に並べた《無題》。並べ方はストーンヘンジを、12という数は時計を思い出させ、時間とか永遠を想起させる。遠藤は火や水といったエレメンタルな要素を用いて、モダンアートで切り捨てられた物語性や神話的思考を甦らせたといわれるが、それと同時に、もの派以上にモノそのものに語らせることのできる作家だと思う。
今回は水を使った作品も2点出品しているが、そのうちの《Trieb─振動2017》は、手前から鏡、水の入った壷を2個並べ、奥に鉄の壁を立てている。壁に近づくとなにかモワッと圧力を感じた。おそらく壁の向こうに大量の水がたたえられているに違いない。これまで遠藤は何度か土中に大量の水を蓄えるインスタレーションを発表し、水の気配を感じてほしいみたいなことを述べていたが、ぼくはいままでまったく気配を感じることができなかった。ところが今回、初めて「圧」を感じることができた。なぜか一歩前進したような安心感を覚えると同時に、そこに立ってることが恐ろしく感じたりもした。
2017/08/09(水)(村田真)
第6回新鋭作家展 影⇄光
会期:2017/07/15~2017/08/31
川口市立アートギャラリー・アトリア[埼玉県]
アトリアが主催する公募展「新鋭作家展」は、作品プランとファイルによる1次審査と、作家のプレゼンテーションによる2次審査が行なわれるが、ユニークなのは制作にあたってテーマや素材を川口市に取材したり、ワークショップや協働制作など住人との交流を推奨していること。いわば「サイトスペシフィック」で「ソーシャリー・エンゲイジド」な作品が求められているのだ。しかも選ばれてから作品発表まで1年近く制作期間を設けるなど、とても丁寧につくっている。なんでそんなこと知ってるかというと、今回ぼくも審査に加わったからだ。で、選ばれたアーティストは佐藤史治+原口寛子と金沢寿美の2組。タイトルの「影⇄光」は、偶然ながら両者とも光と影(闇)をモチーフにしていたのでつけられたという。
佐藤+原口は、川口市の妖しげな夜のネオンを背景に影絵で遊ぶ映像を、大小10台ほどのモニターやプロジェクターを使ってインスタレーション。川口の街の表情を採り入れつつ視覚的にも楽しめるため、プレゼンでは一番人気だったが、映像の見せ方や展示空間の使い方をもう少し工夫すればもっと楽しくなったと思う。それに対して金沢は、新聞紙を鉛筆で塗りつぶして宇宙を描いていくという地味ながら壮大な計画。100枚を超す新聞紙(見開き)をつなげて、10Bの濃い鉛筆でところどころ白い点(星)を残しつつ真っ黒に塗りつぶし、高さ5メートルほどある壁2面を覆う宇宙図を完成させてしまった。星や星座を表わす白いスポットに、新聞の見出しの「トランプ」とか「難民」といった時事的なキーワードや、広告の絵柄を入れ込むという技も見せている。その根気強さ(執念というべきか)には圧倒される。これはやはり経験の違いか。
2017/08/09(水)(村田真)
追悼水木しげる ゲゲゲの人生展
会期:2017/07/26~2017/08/14
大丸ミュージアム・神戸[兵庫県]
2015年、93歳で亡くなった水木しげるの生涯を彼の作品とコレクションから振り返る展覧会。少年期から晩年に渡るまでのスケッチや絵画、『ゲゲゲの鬼太郎』や『悪魔くん』に代表される漫画の原稿から、エッセイ、出版物、愛蔵品等まで、幅広い展示物によって彼の人生と人となりを網羅的に知ることができる。水木は少年時代に天才画家と呼ばれたそうだが、それも納得するほどの画力。多彩なジャンルを手がけたなかでも、絵本や童画の愛らしい作品は、後年の妖怪画とは異なる水木ワールドで驚く。また彼は図案職人を目指したこともあり、本展では珍しいデザイン作品を見ることもできる。とはいえ、水木の仕事に決定的な影響を与えたのが、戦争の体験だったろう。本展では戦記漫画や手記原稿が展示され、生々しい体験を伝える。以後、紙芝居画家を経て、漫画家デビューしてから1960年代以降の活躍はファンならずとも、よく知っているところ。やはりなんといっても鬼太郎シリーズに見られる、水木のキャラクター造形の面白さには感服する。どんな先例にも負わない、個性的なキャラクターの数々は、水木がいかに作画資料を熱心に収集研究して、新奇性を追究したかを示している。水木の人生を追っていくと、彼のあらゆる経験や哲学が作品世界にいきいきと息づいていることに気付く。そして、自らの波乱万丈な生涯を感じさせないような、「なまけ者になりなさい」と記された水木のあたたかい言葉に、ほろっとさせられる。本展はこのあと、福岡、名古屋、沖縄に巡回する。[竹内有子]
2017/08/12(土)(SYNK)