artscapeレビュー
2021年07月15日号のレビュー/プレビュー
イラストレーター 安西水丸展
会期:2021/04/24~2021/09/20(※)
世田谷文学館[東京都]
「へたうま」という言葉があるが、安西水丸が描いたイラストレーションも一見そう見える。いや、決して下手ではないので誤解を抱かないでほしいのだが……。つまり、へたうまに含蓄される「味」が非常に際立ったイラストレーションだと思うのだ。生前の安西にかつて私はインタビューをしたことがある。その際、安西から聞いたある言葉が印象に残っている。それは「僕は美大時代にもっともつまらない絵を描いていた」というものだ。想像するに、美術の基本に忠実になるあまり、個性を没してしまったということなのだろう。そのため美大時代を打ち消すかのように自分にしか描けない絵を追求し、味のあるイラストレーションが確立されたのではないか。
本展を観て、安西のイラストレーションの表現の幅広さを改めて知った。何となくかわいらしい絵の印象が強かったのだが、それだけでなくクールな構成、ややセクシーな雰囲気、素朴で荒々しい筆致など、媒体や目的によってはっきりと描き分けていることがわかる。とても器用で、画力がある人なのだ。そのなかで一貫していたのは、シンプルであること。本展での解説を読んでなるほどと思ったのが、安西はよく画面を横切るように一本の線を引いたというエピソードだ。それを「ホリゾン(水平線)」と呼んでいた。「ホリゾンを引くことで、例えばコーヒーカップはちゃんとテーブルの上に載っているイメージを出せるし、花瓶なら出窓の張り出しに飾られているイメージを出せる効果があるのです」と言う。シンプルを貫きつつも、どこか品の良さや存在感を感じさせるのは、ホリゾン効果なのかと膝を打った。
とにかく会場の雰囲気はとても楽しい。展示作品が盛りだくさんで、覗き穴や顔はめなどの遊び心にあふれたスタイルの展示セクションもある。安西自身が観たとしてもきっと満足するのではないか。観る者の頭と心を柔らかくする安西のようなクリエーターが、これからの時代にもっと必要とされるように思う。
公式サイト:https://www.setabun.or.jp/exhibition/20210424-0831_AnzaiMizumaru.html
2021/06/26(土)(杉江あこ)
サーリネンとフィンランドの美しい建築展
会期:2021/07/03~2021/09/20(※)
パナソニック汐留美術館[東京都]
サーリネンといえば、エーロ・サーリネン(1910-61)がデザインしたノル社の「チューリップ・チェア」が思い浮かぶ。正直、その程度の知識でしかなかったのだが、本展を観て「チューリップ・チェア」に対する見方が少し変わった。本展はエーロの父、エリエル・サーリネン(1873-1950)のフィンランド時代にスポットを当てた展覧会だ。まずプロローグとして、フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』の解説から始まり、しばし頭のなかにクエスチョンマークが現われる。しかし『カレワラ』がロシアからのフィンランド独立のきっかけをつくり、またサーリネンをはじめ芸術家たちにインスピレーションを与えた作品と知って驚いた。天地創造に始まり、4人の英雄が呪術を用いて宝を奪い求め戦う冒険だそうで、日本でいえば『古事記』や『日本書紀』に当たるようなものなのか……。現にサーリネンはデビュー作となる1900年パリ万国博覧会フィンランド館の建築で、「ナショナル・ロマンティシズム」と称される表現で民族独自の文化的ルーツを取り入れ、大成功を収めた。
アイデンティティやルーツに根ざすことは、建築でもデザインでも非常に大事なことだ。しかも自国の建国に際してはなおのことだろう。タイトルにある「フィンランドの美しい建築」の「美しい」とは、豊かな森と湖に恵まれたフィンランドの美しい自然や風土との調和を指している。サーリネンの美意識はつねにそこにあった。2人の仲間とともに、ヘルシンキ西の郊外の湖畔に建てた設計事務所兼共同生活の場「ヴィトレスク」にも、サーリネンの美意識が凝縮されていた。アーツ・アンド・クラフツ運動の影響も窺えるという解説どおり、まさにそれはフィンランド版「レッドハウス」のようである。ここで築いた理想の暮らしを、以後もさまざまな個人邸で実現していく。
しかしサーリネンが本当の意味で飛躍するのは、1923年に母国を離れ、米国に拠点を移してからだ。時代の潮流に乗り、ナショナル・ロマンティシズムからモダニズムへと新たな表現を模索し開花させた。ルーツは大事であるが、そこに留まり続けても進化はない。日本的な言葉で言えば、サーリネンは「守破離」を実践したお手本のような人だと感じた。しかもチャールズ・イームズらを輩出したクランブルック・アカデミー・オブ・アートの施設設計に携わり、教鞭をとり、学長就任まで果たしたのである。後世に世界中で大ブームを巻き起こす米国のミッドセンチュリーデザインが生まれるきっかけに、サーリネンは大いに貢献したわけだ。「チューリップ・チェア」もそんな時代のなかで誕生した。あのなんとも言えない優美なラインには、エーロが父から受け継いだフィンランドの美しい自然や風土への賛美があるのかと想像すると、実に感慨深い。
公式サイト:https://panasonic.co.jp/ls/museum/exhibition/21/210703/
2021/07/05(月)(杉江あこ)
カタログ&ブックス | 2021年7月15日号[近刊編]
展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます
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Viva Video! 久保田成子
1970年頃からビデオを使用したアート作品を先駆的に制作した世界的アーティスト、久保田成子。没後から6年、その活動の全貌がついに明らかになる大回顧展の図録。
大・タイガー立石展 図録
千葉市美術館(2021年4月10日〜7月4日)、青森県立美術館(2021年7月20日〜9月5日)、高松市美術館(2021年9月18日〜11月3日)、埼玉県立近代美術館(2021年11月16日〜2022年1月16日)、うらわ美術館(2021年11月16日〜2022年1月16日)を巡回するタイガー立石(立石紘一/立石大河亞)の大回顧展の図録。
ロスト・イン・パンデミック 失われた演劇と新たな表現の地平
演劇の灯は消えない──
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大によって、何が失われ、何を得たのか。 そして、この先の来るべき演劇の形とは ─
100人をこえる舞台関係者の声をあつめ、コロナ禍の記憶を記録する。
ニッポンの芸術のゆくえ なぜ、アートは分断を生むのか?
近年、文化芸術、アートをめぐって様々な問題が巻き起こっています。本書は、劇団「青年団」主宰し国内外で活躍する劇作家・平田オリザ氏、「あいちトリエンナーレ2019」で芸術監督を務めたジャーナリスト・津田大介氏による対談で構成しています。演劇界、ジャーナリズム界でリードする両氏が、「ニッポンの文化芸術」の問題点、可能性について存分に語ります。「表現の不自由展」で議論を呼んだ「あいトリ」は何が問題だったのか? コロナ危機で露わになった文化政策の脆弱性とは? 学術会議問題は「学問の自由」のみならず「表現の自由」にもつながる……。文化芸術を皮切りに、日本政治、トランプ現象、地方が生き残る戦略、withコロナ時代のあり方など、これからの日本が向かうべき道筋を問います。
『シン・エヴァンゲリオン』を読み解く
「エヴァ」の「終わり」と徹底的に向き合うために、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を当代最高の執筆陣が論じ尽くす。緊急刊行。
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2021/07/14(水)(artscape編集部)