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artscapeレビュー

黒部と槍 冠松次郎と穂苅三寿雄

2014年05月01日号

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会期:2014/03/04~2014/05/06

東京都写真美術館[東京都]

日本山岳写真のパイオニアである冠松次郎と穂苅三寿雄の展覧会。写真を中心に自筆文献などの資料もあわせて130点あまりが展示された。
両者がいくども足を踏み入れていたのが、現在の北アルプス。大正時代、冠松次郎は黒部渓谷を踏破し、穂苅三寿雄は槍ヶ岳の麓に槍沢小屋を開設した。現在はいずれも登山道が整備され、多くの登山客で賑わっているが、彼らの写真を見ると、当時の登山が文字どおり秘境探検に近かったことがわかる。それは彼らが道なき道を歩んでいたからというより、むしろ彼らが歩いた黒部と槍に人間の気配がまったく感じられないからだ。現在の登山道で他人とすれ違うことは珍しくないが、この時代の場合、そうした交差は皆無であったことは想像に難くない。写真には、人間不在の世界を突き進む胸騒ぎと昂揚感があぶり出されていたのである。
そのような心情は、類稀な文章家でもあった冠の次の一文に凝縮されている。「黒部のような原始的な渓は、ひとたびその奥へ入ると、それからそれへと魔術の紐でたぐられるように、日を忘れてその神秘の奥を探りたくなる。黒部川がその懐に私たちを抱きしめて、はなさいのだ」。
いま、日本の山岳に未開の地を切り開くフロンティアを望むことは難しい。だが、冠が言う「魔術の紐」は、山岳に限らずとも、あらゆる領域で出会うことができるだろう。芸術の神秘もまた、この見えない紐にたぐられるような経験の先にあるに違いない。

2014/04/02(水)(福住廉)

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