2018年05月15日号
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artscapeレビュー

生誕200年記念 伊豆の長八──幕末・明治の空前絶後の鏝絵師

2015年11月01日号

会期:2015/09/05~2015/10/18

武蔵野市立吉祥寺美術館[東京都]

幕末から明治はじめにかけて江戸・東京で活躍した左官職人・伊豆の長八(入江長八、1815~1889)の名前を知ったのは、つげ義春の漫画「長八の宿」でのことだったが、実際の仕事を目にする機会は長らく得られなかった。昨夏に石洞美術館で初期伊万里の展覧会を見た帰り道、すぐ近くの橋戸稲荷神社前の解説板でここに長八の作品が残されていることを知ったのが実物を見た最初であった。見たというものの、残念ながら拝殿扉前のガラスケースに展示されていたのは長八が制作した白狐の鏝絵の複製品だったのだが(年に3回、実物が公開されているという)。
 長八の故郷、伊豆・松崎には伊豆の長八美術館があり、その仕事をいつでも見ることができるものの、東京都内での展覧会は初めてだという。鏝絵とは、端的に言えば漆喰でつくられた浅浮彫りに着色したもの。左官仕事なので本来は建築に附随しているが、長八の仕事はそれに留まらない。本展には塗額(鑑賞用の鏝絵)、彫塑(立体彫刻)、建築装飾(本来の鏝絵)、ランプ掛け(天井に設置されランプを掛ける円形の装飾品)、掛軸(純粋な絵画)、そのほか、漆喰でつくられた壺や屏風など、多様な仕事約50点が出品されている。間近で見てその技を堪能できるのはやはり塗額であろう。大小様々な形の鏝を駆使して描かれた風景画や人物画。竹製の額縁と見えるものも漆喰でつくられていると解説にあって、その表現力に驚かされる。興味深い作品は、旧岩科村役場の座敷床の間に施されていたという塗り掛軸だ。掛軸の代わりに、表装から寒梅図まですべて塗り壁で仕上げられた騙し絵風の仕事である。明るい展示室では粗が見えるが、障子から光が差すほの暗い和室で見ると本当に掛軸が掛けられているように見えたに違いない。江戸で左官仕事をしたほかに絵画修行もし、純粋な絵画も残している長八であるから、絵画ではなく鏝絵を用いるときには浅浮彫りという表現手法がもたらす陰影の効果を熟知していたに違いないし、その仕事を見た人々は、絵が壁から額から飛び出してくるような印象を受けたのではないかと想像される。ただ本展展示室の照明はその効果を十分に発揮できるように配置されているように思われなかったことと、図録写真の大部分が光がフラットに当てられていて陰影が失なわれてしまっているのが残念だ。[新川徳彦]

2015/10/12(月)(SYNK)

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