2018年10月15日号
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artscapeレビュー

MADE IN OCCUPIED JAPAN 1947-1952 海を渡った陶磁器展

2016年04月01日号

会期:2016/03/26~2016/04/17

世田谷文化生活情報センター:生活工房[東京都]

「MADE IN OCCUPIED JAPAN」とは、第二次世界大戦後、連合国軍占領下にあった日本にGHQが輸出商品に付すことを義務づけた製造国表記である。公式には1947(昭和22)年から1949(昭和24)年まで、一部にはサンフランシスコ講和条約が発効する1952(昭和27)年までの商品に用いられた。この表記は同時期の輸出品すべてに付されたので、陶磁器類、カメラ、ミシン、工具類、工芸品、玩具、布製品など、多様な商品が存在する。刻印が施された時期が限られるため、その希少価値から米国やカナダを中心に多くの蒐集家がいる。この展覧会では、オキュパイド・ジャパン商品のなかでも「ノベルティ」と呼ばれている陶磁器の置物約200点が展示されている。展示品は、米国オキュパイド・ジャパンクラブ代表・田中荘子氏のコレクション。田中氏は約1万点のオキュパイド・ジャパン商品を所有し、そのうち8,000点が陶磁器類だという。今回の出展品はよりぬきの200点ということになる。
 展示品は、人形、小型のフラワーポット、塩胡椒入れ、カップ&ソーサー、ままごと用のテーブルウェアなど。人形にはヨーロッパ陶磁のフィギュアや欧米の雑誌等に描かれたキャラクターを写したと思われるものが多い。これらは明らかにアメリカ人の好みだろうと思われるが、なかには日本的な「カワイイ」キャラクターが模られたものもある。こんなに可愛らしいキャラクターの塩胡椒入れが米国人の食卓を飾っていたと考えると奇妙な感じがする。また州の形を模ったフロリダ土産の小皿が「MADE IN OCCUPIED JAPAN」であるのも面白い。当時の観光客はこれらが日本製であることに気がついていたのだろうか。
 これらのノベルティは、米国側の視点では特定の時期につくられたコレクタブルだが、製造国日本から見ると戦前期から戦後1980年代前半ごろまで続いた輸出陶磁器の1ジャンルである。出展品には一部有田のものがあるが、大部分は名古屋・瀬戸周辺でつくられたものだ。現在その生産の大半はアジア諸国に移転し、最盛期には約300社あった瀬戸ノベルティの製造会社は、現在では30社に激減しているという。小規模な業者が多かったとは言え、愛知瀬戸では一大産業であったはずだが、輸出品であったこれらノベルティは国内ではあまり高い評価を受けてこなかった(このあたりは近年見直しが進んでいる明治の輸出工芸と似ている。モノが国内に少ないために評価が進まないのだ)。また、瀬戸ノベルティ文化保存研究会・中村儀朋氏によれば、ノベルティのなかでも「OCCUPIED JAPAN」の刻印は敗戦・占領下の製品というネガティブなイメージが重なり、瀬戸においても触れたがらない人が多いのだという。しかし、アメリカやカナダの蒐集家たちは戦勝国と敗戦国というような関係にはこだわらず、純粋にかわいい、楽しい陶磁器として蒐集しているという。もともとは戦後70年を迎えた昨夏の開催を検討していた展覧会とのこと。すなわち「MADE IN OCCUPIED JAPAN」は平和な時代を迎えることによって生まれた、日本と世界をつなぐ「平和と愛情のシンボル」(田中氏)なのだ。[新川徳彦]


会場風景

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2016/03/28(月)(SYNK)

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