2018年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

パフォーマンスに関するレビュー/プレビュー

シルヴィウ・プルカレーテ演出『リチャード三世』

会期:2017/10/18~2017/10/30

東京芸術劇場[東京都]

ルーマニアを代表する演出家シルヴィウ・プルカレーテによる『リチャード三世』(シェイクスピア作)が東京芸術劇場で上演された。同劇場はこれまでも『ルル』(2013)『ガリバー旅行記』『オイディプス』(ともに2015)とプルカレーテ作品を招聘し、いずれも好評を博してきた。今回は満を持しての日本人俳優とのクリエーション。佐々木蔵之介がタイトルロールを演じた。

王位を簒奪せんと敵のみならず肉親含めた味方まで欺き殺す悪逆無道の男、グロスタ公リチャード。後にリチャード三世と呼ばれる彼は生まれつき片脚が短く、醜い男だということになっている。だが、佐々木演じるリチャードは戯曲の描写以上に異様な存在感を発していた。ときに足に障害などないかのようにすっくと立ち、かと思えば頭が腰より下に来るほどに背の曲がった姿で歩き回る。ぐねぐねと変形し続ける体は抑えきれない欲望の激しさを表わすかのようだ。空間もまたリチャードの心に呼応する。ドラゴッシュ・ブハジャールによる舞台美術はシンプルかつ効果的だ。高い空間の三方を囲うように垂らされた布が圧迫感と不安定さを際立たせる。人々を圧するかのように低い位置に吊るされた照明に手術室を連想すれば、リチャードによって殺された人々の死体がストレッチャーに載せられて登場する。衝撃的なことに、ストレッチャーはそのまま食卓へも転じてしまう。生も死も同じテーブルの上に載る肉の問題に過ぎないとでも言うように。私たちは死を喰らって生きている。寸胴鍋を抱えこみガツガツと何かを貪るリチャードの姿は、欲望が肉体に宿るものであることを強く印象づけていた。

やがてリチャードは王位を手にするが、それは一時のことだ。玉座についたリチャードは、自らもまたやがて朽ち果てる肉に過ぎないことに気づいてしまう。玉座の上、空虚な表情を浮かべるリチャード。透明なベールに包まれたその裸体。圧倒的な孤独に震えるのは、客席に座る観客もまた、自分がいずれ朽ちる運命にあることを知っているからだ。



プルカレーテ演出『リチャード三世』
© 田中亜紀

2017/10/24(火)(山﨑健太)

KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2017 池田亮司×Eklekto『music for percussion』

会期:2017/10/24

ロームシアター京都 サウスホール[京都府]

KYOTO EXPERIMENTには4度目の登場となる池田亮司。過去3回の参加では、巨大スクリーンで電子音と映像が饗宴するオーディオビジュアル作品の上演や、過去約15年分のコンサートピースの一挙上演などが行なわれてきた。これまでの電子音楽やデジタル技術の駆使とは打って変わり、今回は、スイスのジュネーヴの打楽器アンサンブル「Eklekto」を起用。4人のパーカッション奏者による「完全アコースティック」なコンサートが発表された。
4部構成の本作は、それぞれ2人のパーカッショニストによる手拍子、トライアングル、アンティークシンバルをバイオリンの弓で演奏する楽曲が続いたのち、ラストでは4人の奏者がフォーメーションを変えながら計12台のシンバルを演奏する。いずれの楽曲も、ミニマルで規則的なリズムの反復と微細な変化が、完全な同期とわずかな差異とのあいだを往還し、ズレの増幅が複雑なパターンを出現させていく。あるいは、可聴域に届くか届かないかの超高音が、極めて繊細にコントロールされた手つきによって発せられる。アコースティックながらも、電子音楽を聴いているような聴覚体験。数学的に統制された、入力→出力の完全な制御。それは、「生身の奏者による楽器演奏をコンピュータのように精密にプログラムできるのか」という実験であり、ここで露呈しているのは、あるプログラムの正確な実行を入力された身体のふるまいであり、すなわち「振付」の問題へと接近する。音楽からエモーショナルな要素を削ぎ落とすことで、パーカッショニストたちは、池田によって厳密に振付られた身体のふるまいを「楽器の演奏」というかたちで遂行していた。


池田亮司×Eklekto『music for percussion』2017 ロームシアター京都 撮影:浅野豪

公式サイト:https://kyoto-ex.jp

2017/10/24(火)(高嶋慈)

KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2017 パク・ミンヒ『歌曲(ガゴク)失格:部屋 5↻』

会期:2017/10/20~2017/10/29

京都芸術センター[京都府]

KYOTO EXPERIMENT 2017の個人的ベスト。昇天しそうなほど美しい声の重層的な唱和で、全身感覚的に揺さぶりながらも、構成は極めて理知的で、「舞台芸術の上演形式」、「観客=消費者としての権利」、「伝統文化・異文化とエキゾティシズム」への批評を内在させた優れた作品だった。
パク・ミンヒは、韓国の無形文化財である伝統的唱和法「ガゴク(歌曲)」を習得した歌い手。本作で観客は、パフォーマーのいる小さな部屋を順に巡りながら、1対1の親密な関係に置かれて鑑賞する。最初に足を踏み入れる「0」の部屋は無人だが、壁の向こうから複数の「声」の奏でる旋律が、高く低く、さらに高みから舞い下りて重層的に絡み合って響き、全身を音に包まれる。山から谷底に吹き下ろしてはまた空へ舞い上がる風のような、その風に触れて波紋を震わせながら流れ去っていく水の流れのような、幽玄にたゆたう女声のあいだを縫って、太い男声によるパンソリ(物語性のある歌と打楽器の演奏による伝統的な民俗芸能)の語りが聴こえてくる。平行的に進みながらも調和した声の重なり合い。そして束の間の沈黙。「0」の部屋は、ある流れの中に身を委ねるために身体を馴らす準備の部屋だ。そして、続く「1」から「5」までの部屋では、観客は用意された椅子に座り、声の振動や息遣いさえ感じ取れるほどの極めて近い距離で、それぞれのパフォーマーと1対1で向かい合う。
それは、体験としての圧倒的で濃密な強度に加えて、近代的な劇場制度における「受容」の問題への再考を含み、「共同体」という幻想を解体する。観客を1対多数の匿名性に置くのではなく、「個」として尊重して扱うことで、観客もまた「個」として対峙する緊張感とともに、目の前のパフォーマーへの「敬意」が促される。「伝統文化」による「近代化された上演形式」への批評は、「ガゴク」がグローバルな市場でエキゾティックな記号(「商品」の差異化のための記号)として消費されることへの抵抗という意義を持つ。
さらに、本作の秀逸な戦略は、瞑想的なまでの音響の心地良さと反比例するかのように、「鑑賞形態」の居心地の悪さを観客に突きつける点にある。それは各部屋でのパフォーマーとの対面関係に現われている。「1」の部屋ではパフォーマーは観客のすぐ背後に座り、「2」と「5」の部屋では隣り合って座るも、身体の向きが逆方向にセッティングされているため、パフォーマーと視線が合うことはない。また、「4」の部屋のみ、女性パフォーマーが「2人」いるのだが、彼女たちは無言でこちらを見つめ返してくるだけだ。つまり観客は徹底して非対照の関係に置かれるとともに、自らの「観客性」を自覚させられることになる。金銭的な対価を支払った代わりに「個室」でサービスを受けること、「4分間」という時間の規定を過ぎると合図が鳴り、部屋を移動しなければならないというシステム化された管理。それは、風俗店のサービスを想起させ、金銭と引き換えに観客が手にする「権利」のきわどさがそこで露呈するのだ。
私たちはその「権利」を自覚させられつつ、歓待される「客人」として完全には迎え入れられず、うっかり紛れ込んだ決まり悪い「闖入者」のように遇され、あるいは隔てられた壁越しに聴くしかない(無人の部屋は最後にもう一度用意されている)。部屋を移り変わりながら通奏低音として響くのは、「あなたはガゴクを所有できない」というメタメッセージである(一時的な通過者としては許されるが、所有者ではない)。音響世界の圧倒的な魅力、空間の移動がもたらす知覚の繊細な変容とともに、本作は、単に心地良いだけの耽溺を許さない内省的な態度を求めてくる。「ガゴク」という他者の文化の「遠さ」に対してどう向き合うことができるのか、その接近をめぐる逡巡さえも体感させる秀作だった。


パク・ミンヒ『歌曲(ガゴク)失格:部屋5↻』(2017) 京都芸術センター 撮影:井上嘉和

公式サイト:https://kyoto-ex.jp

2017/10/22(日)(高嶋慈)

KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2017 スン・シャオシン『Here Is the Message You Asked For... Don't Tell Anyone Else ;-)』

会期:2017/10/20~2017/10/21

京都芸術劇場 春秋座[京都府]

中国の新進劇作家、演出家、批評家のスン・シャオシンによる舞台作品。
ピンク色の透ける布でできた天蓋が舞台空間を覆っている。外界から優しく保護されたような空間の中には、2段ベッドが横一列に3台並び、左と右の2段ベッドも薄い布で覆われている。繭のような個室空間は、少女たちがモニター越しに日本のアニメ、ゲーム、アイドルのライブ映像に没頭する自閉空間だ。彼女たちはベッドに寝転びながらPC画面を眺め、スナック菓子を食べ、メイクし、コスプレ衣装に着替え、自撮り棒に付けたスマホでお互いを撮り合い、ネットに生配信する。彼女たちはもっぱら、LINEを介してコミュニケーションを行なっており、そのやり取りは、同じLINEのグループに参加すれば観客もリアルタイムで共有できる(だがそこで得られるのは擬似的な共有感覚ではなく、全てが液晶画面越しに行なわれるという間接性や疎外感だ)。それぞれの「個室」を仕切る薄い膜は同時に「スクリーン」となり、彼女たちが視聴する中国語字幕のアニメや中国版のニコニコ動画で配信されるアイドルの映像などが次々と映し出されていく。この「繭のように包む膜=スクリーン」は、彼女たちが没頭する二次元の表象世界であると同時に、外界から遮断し守ってくれる保護膜でもある。孵化箱に閉じ込められたような少女たちの姿態を、観客は延々と「鑑賞」させられる羽目になる。ウィンドウ越しに消費される美少女キャラやアイドルたち。舞台上で観客の窃視的な視線に消費される少女たち……。アンビエントな音楽と光に包まれ、コスプレ少女たちは夢遊病者のように徘徊する。
後半は一転して、観客との「触れ合い」タイムが始まる。彼女たちは個室空間から出て客席の中へ歩み入り、観客にカタコトの日本語で話しかけ、握手したり、一緒にスマホで記念撮影を始める。それぞれの個室の膜=スクリーンには、名前や出身地、性格や好きなものについての「自己紹介」が映し出される。客席にはぬいぐるみが投げ込まれ、シャボン玉が飛ばされ、多幸感が振りまかれる。だが握手や記念撮影といった「生身の触れ合い」は、舞台というフィクショナルな機制のなかで「演出」されたものでしかなく、「真のコミュニケーションの回復」などはない。カタルシスの浄化も知的な批評性も手放したまま、確信犯的に微温的な空気感に浸り続けた上演の時間は、明確な「終わり」の気配を曖昧にしたまま、ゆるゆると霧散していった。これは「日本」の歪んだ鏡像であり、他者を通して自らのグロテスクなコピーを見せつけられるという居心地の悪さが残る。それは、表層的な「日本(のサブカル)大好き」(第二次大戦期の日本の戦艦を美少女キャラに擬人化した「艦これ」さえもコスプレされ、萌え対象となる)という無邪気な多幸感のなかに隠された本作の毒である。


スン・シャオシン『Here Is the Message You Asked For... Don't Tell Anyone Else ;-)』(2017) 京都芸術劇場 春秋座
撮影:松見拓也

公式サイト:https://kyoto-ex.jp

2017/10/20(金)(高嶋慈)

ゲッコーパレード『リンドバークたちの飛行』

会期:2017/10/12~2017/10/17

島薗家住宅[東京都]

千駄木に島薗邸という国登録有形文化財の一軒家がある。生化学者の島薗順雄(1906-1992)の自邸として1932年に建設された、洋館に和館をついだ和洋並置式の住宅だ。戦時中は軍による接収を避けるため、診療所として使われていたこともあるらしい。軍用機や軍用艦をモチーフにあしらったステンドグラスが当時の記憶を微かに湛えている。

埼玉県蕨市を拠点とするゲッコーパレードは2016年、本拠地である旧加藤家住宅で「戯曲の棲む家」シリーズとして5本の戯曲を上演し、『リンドバークたちの飛行』はその1本として初演された。ブレヒト作のこの戯曲はタイトルの通り、チャールズ・リンドバーグの大西洋横断飛行を題材とし、もともとはラジオ劇として書かれた作品だ。風や寒さ、眠気と戦いながら孤独に飛び続けるリンドバーグの姿を、ゲッコーパレードは6人の演出家(黒田瑞仁、柴田彩芳、本間志穂、渡辺瑞帆、市松、古賀彰吾)の演出で上演した。演出家と一口に言っても演劇、現代美術、音楽、建築、身体表現、大道芸と専門はさまざまで、それぞれが場面ごとに凝らした趣向が楽しい。

観客はリンドバーグに寄り添い部屋を渡っていく。部屋ごとに現れては消えるリンドバーグの姿は、住居としての役割を終え、静かに微睡む島薗邸が夢見る記憶のようにも思われた。もちろん、島薗邸とリンドバーグとは直接には何の関係もない。だが、飛行機の性能向上は第二次世界大戦に大きな影響を与えた。リンドバーグの夢は戦争を経由して現在に接続されている。過去への視線は同時にかつての未来を覗きこむ。戯曲と建築はどちらも歴史の器だ。上演は二つの異なる記憶を現在に響かせる。

今回の再演は文化財となっている建築で同作を上演していく「家を渉る劇」シリーズの第1弾。すでに第2弾として2018年2月には鎌倉の旧里見弴邸での上演も予告されている。岸田國士『チロルの秋』をテキストに使った本拠地公演も12月18日(月)まで上演中だ。


ゲッコーパレード『リンドバークたちの飛行』
撮影:野村渉

ゲッコーパレード「リンドバークたちの飛行」初演時スポイラー映像:https://youtu.be/v3XIc4Fjeqo
公式サイト:http://geckoparade.com/

2017/10/14(土)(山﨑健太)

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