artscapeレビュー
プレビュー:KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2023
2023年08月01日号
会期:2023/09/30~2023/10/22
ロームシアター京都、京都芸術センター、京都芸術劇場 春秋座、THEATRE E9 KYOTO、京都市京セラ美術館 ほか[京都府]
14回目を迎えるKYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2023(以下KEX)。コロナ禍の制限が緩和され、海外アーティストの招聘が2年ぶりに可能となった昨年に続き、今年もタイ、韓国、ブラジル、オーストラリア、カナダなど国内外の実験的な作品が上演プログラムに並ぶ。KEX 2021 AUTUMNの「もしもし? !」、KEX 2022の「ニューてくてく」に引き続き、肩肘を張らずに身体を通して思考を広げるようなキーワードとして、今年は「まぜまぜ」を設定。「国内外でさまざまな分断や二項対立的な思考が顕著になってきた現在において、変化や交わることを積極的に取り入れ、可変性や流動性、複数性を思考の軸のひとつとしていくことを提案するキーワード」という(開催趣旨より抜粋)。
上演プログラム「Shows」には、アイデンティティを流動的で可変的なものと捉え、「言語」「文化」の純粋性を「第二言語の使用」「文化の混淆」から問う作品、ダンスという身体言語の継承について問う作品、文化的・社会的アイデンティティを構築・解体する力学について問うような作品が並ぶ。
チェルフィッチュは、日本語を母語としない俳優とともにつくり上げる新作を発表。2021年から、演劇における日本語の可能性をひらくことを目指し、ノン・ネイティブ日本語話者とのワークショップを進めてきた。「発音や文法の正しさ」という基準が排除や不可視化につながる構造は、日本の演劇のみならず、社会批評としての面ももつといえる。
韓国を拠点にシンガーソングライターや文筆家として活動するイ・ランは、在日コリアンが多く住む歴史を持ち、近年は再開発が進む京都の東九条を舞台に、観客が現地に赴いて「テキストを読む声」を聴くオーディオ・パフォーマンスを発表する。KEX 2021 AUTUMNで実験的に行なわれ、アーティストが執筆した架空のパフォーマンスを市街各地で音声で体験するプログラム「Moshimoshi City」の発展版といえる。
タイの気鋭の演出家、ウィチャヤ・アータマートは、姉弟が集う「父の命日」を複数の「タイ現代史の歴史的日付」と重ね合わせることで、個人と政治の関係や父権的国家制度を問う演劇作品『父の歌(5 月の 3 日間)』をKEX 2021 SPRINGにて映像配信した。政治的出来事の日付や検閲回避のメタファーとしてさまざまな小道具を駆使するアータマートだが、その演出手法は日付や小道具を、演劇表現を通して抑圧してきたのではないかという自省が、新作の出発点になっている。俳優は出演せず、これまでの自作に登場した小道具の役割を辿りながら、「演出家」という自らの権威性を省みるという。「神格化された絶対的権威」としての演出家に対するメタ批評をタイ近現代史や王室プロパガンダと重ね合わせていく手法は、KEX 2022で上演された、同じくタイの演出家ジャールナン・パンタチャートの『ハロー・ミンガラバー・グッドバイ』でも際立っており、不安定で過酷な社会状況に対する演劇の応答という点でも注目したい。
また、知的障害のある俳優を中心に、インクルーシブシアターの先駆けとして 30年以上にわたり活動する、オーストラリアの現代演劇カンパニー、バック・トゥ・バック・シアターが関西に初登場する。「障害のある活動家たちがコミュニティの民主主義的な運営について話し合う」という劇の構造によって、「正しさとは何か」という問いを突きつける。 メディアアーティストの山内祥太は、嗅覚アーティストのマキ・ウエダと協働し、「匂い」を体験する舞台作品を発表する。ステージ上には人間の体臭を抽出する蒸留機が置かれ、登場人物が愛する人や対象の「匂い」を追求し、それに身を浸すことで、理性と動物性、他者との境界が混じり合っていく。
香港を拠点とするサウンド・アーティスト、サムソン・ヤンは、中国の代表的な民謡「Molihua(茉莉花)」が清朝の時代に大英帝国を経てヨーロッパに伝わり、アレンジされたものが中国に「再輸入」されたという経緯をリサーチし、インスタレーションとして発表する。
一方、ダンスという身体言語の継承について問うのが、中間アヤカと、ルース・チャイルズ&ルシンダ・チャイルズ。中間は、関西ダンス史における伝説を知る人々への聞き取りやリサーチを基に、展示やパフォーマンスとして再構築し、京都市内の空き地に仮設される「劇場」で発表する。5日間を通して公開リハーサルを行なうとともに、「劇場のレパートリー」として中間自身のソロパフォーマンスも毎晩上演し、最終日に新作ソロダンスを発表。「変容し続ける踊りの場」を仮設的に都市の中に出現させることで、「もうひとつのダンスの伝説」をもくろむ。
ルース・チャイルズは、自身の叔母であり、アメリカのポストモダンダンスの振付家ルシンダ・チャイルズが1970年代に創作した 4つのパフォーマンスを現代に継承する。70年代以降さほど上演されなかった作品のラディカリズムを、「非劇場での上演」という要素も引き継いで美術館で上演し、「ダンスの上演場所」とともに歴史の継承を試みる。
このほか、アリス・リポル/ Cia. REC(ブラジル、ダンス)、デイナ・ミシェル(カナダ、パフォーマンス)、マリアーノ・ペンソッティ/ Grupo Marea(アルゼンチン、演劇)も参加。また、関西のローカルな地域性をアーティストの視点からリサーチするプログラム「Kansai Studies」には、今村達紀、谷竜一、野咲タラ、迎英里子、山田淳也が参加。上演と関連したトークやワークショップ、上映会などのプログラム「Super Knowledge for the Future[SKF]」にも多彩なラインナップが並ぶ。
一方、コロナ禍、国際情勢、京都市の行財政改革、渡航費の高騰、円安の影響を受け、フェスティバルの経済状況は依然厳しい。今年からは、寄付を継続的な運営の柱のひとつとし、「KEX サポーター」をスタートする。KEXの立ち上げから10回目までのディレクターを務めた橋本裕介は、『芸術を誰が支えるのか アメリカ文化政策の生態系』(京都芸術大学 舞台芸術研究センター編、2023)を刊行し、アメリカの芸術団体、助成団体、中間支援組織の関係者へのインタビューを通して、「支援する/される」という一方通行ではなく、相互補完的で循環的な文化支援のあり方について紹介・提言している。その根底にあるのは、アートも社会を形成する基盤のひとつであるという認識である。
少子化と税収減が進むなか、文化支援に充てられる公的資金の先細りは続くだろう。「KEX サポーター」の導入は、芸術祭自体の存在意義への支持を呼びかけるものであり、個人や企業が「寄付」という形で直接的に意思を示す機会である点で、「文化の支え手」の認識を社会的に醸成する側面もあるといえる。
公式サイト:https://kyoto-ex.jp/
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