artscapeレビュー
KYOTO EXPERIMENT 2023(中編) バック・トゥ・バック・シアター『影の獲物になる狩人』
2023年11月15日号
会期:2023/10/07~2023/10/08
ロームシアター京都 サウスホール[京都府]
「母語/非母語」という区分をてこに、舞台上の出演者/観客席の関係を反転させつつパラフレーズさせたチェルフィッチュとは対照的に、「マイノリティの当事者が、当事者として舞台に立つ」姿勢の貫徹によって問いかけるのがバック・トゥ・バック・シアター『影の獲物になる狩人』だ。オーストラリアで1987年に設立された現代演劇カンパニーのバック・トゥ・バック・シアターは、知的障害のある俳優を中心に、当事者が直面する社会的・政治的問題についてワークショップや議論を重ねながら作品化している。
『影の獲物になる狩人』は、「知的障害者のアクティビスト3名による集会」というかたちで上演される。自分たちで椅子を並べ、立ち位置を示す場ミリテープを張る設営作業から始まる集会は、意見のすれ違いや対立を通して、さまざまな問題を照射していく。「適切な言葉の使用」をめぐるポリティクス、性被害や労働搾取といった障害者への虐待、人工知能がはらむ進化や優生思想の問題。出演者が本名で登場し、互いに呼び合うこともあり、現実に生きる姿とフィクションの境界が曖昧に混ざり合っていく。
出演者のスコットは冒頭、「私たちは障害者の集まりです。不公平や差別をなくそう」と宣言するが、彼ら3名のなかにも立場や思想の相違、分断、マウンティング、微妙な権力関係がある。「障害」は自分を表わす言葉ではないと反対し、「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」という語を提案するサラは、「言葉の問題について議論したくない」と反対される。「何を話せばいいかわからない」とフリーズするサラ。スコットは「発言権を与えるのは彼女のためだ」と正当化するが、3人目のサイモンに「権利を与える」という言い方の欺瞞性を指摘されてしまう。
発言権、言葉の適切な使用、「正しい発音」といった言語のポリティクスは、「ワタウロング(Wadawurrung)」という固有名をめぐる冒頭の会話のなかに既に書き込まれ、先住民への差別や虐待というオーストラリアの負の歴史と接続する。「知的障害者独特のしゃべり方」と自ら言うその話し方にとって、集会の開催地を居住地としていた先住民の部族名は発音が難しく、「正しく」発音されない。中盤の演説シーンでは、障害者が何千年ものあいだ、権利を奪われ動物のように扱われてきたことが糾弾されるが、そこには見えない「影の獲物」として先住民もまた連なり交差しているのだ。
「他者に代弁されず、自らの言葉をもって語ること」への希求と困難さが本作の主題のひとつである。冒頭、「沈黙」してただ立ち尽くすだけだったサラが、後半で客席に語りかける姿は本作のハイライトだ。「人に理解されようとあなたは苦しむ」「レッテルには慣れねばならない」「自分の権利のため、声を上げる必要がある」「他者はあなたの限界を示してくる」「自分の身体の権利すらもてないこともある」……。これらの言葉は、知的障害者に限らずさまざまなマイノリティ性をもつ当事者にとって、切実な連帯の声として響くだろう。
ここで、本作の秀逸な3つの仕掛けに触れたい。①「集会」という設定。客席への直接的な呼びかけは、観客を「その場にいないこと」にせず、「集会の聴衆」として巻き込んでしまう。②「字幕」の両義性と、「字幕/AI」の境界の侵食。本作における字幕は、「英語の台詞の翻訳」という補助的な役割以上に、両義的な意味をもつ。「(発音が不明瞭でも)字幕のおかげで理解してもらえる」というメタ的な台詞。だが、字幕という「わかりやすく伝える装置」は、「自分が吹き出しになって、説明を貼り付けられるよう」と出演者自身に感じさせる暴力性ももつ。そして字幕は、第四の出演者として音声のみで登場する「AIの声」の可視化でもある。「AIが人間を超えた未来」についての会話は、「人間はAIに奴隷か障害者のように扱われるだろう」という想像に向かい、「知能」という基準の恣意性を反省的に突きつける。
そして、③舞台前面の床に張られた「場ミリテープの線」もまた、極めて両義的だ。声を奪われてきたマイノリティの当事者が、自分たちで「発言の場」を準備してつくりあげることを示す。同時に、舞台前面に出て演説する出演者の足元に引かれたその線は、「客席との境界線」でもある。ラスト、出演者たちは再び自分たちで撤収作業を行ない、テープの線を剥がして退場する。それは「境界線が消えた未来」なのか、それとも「皆が“知能に問題がある”とAIに判断される未来」なのか。
KYOTO EXPERIMENT2023 バック・トゥ・バック・シアター『影の獲物になる狩人』 :https://kyoto-ex.jp/shows/2023_back-to-back-theatre
関連レビュー
KYOTO EXPERIMENT 2023(前編) チェルフィッチュ『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』|高嶋慈:artscapeレビュー(2023年11月15日号)
KYOTO EXPERIMENT 2023(後編) アリス・リポル/Cia. REC『Lavagem(洗浄)』、ウィチャヤ・アータマート/For What Theatre『ジャグル&ハイド(演出家を探すなんだかわからない7つのモノたち)』|高嶋慈:artscapeレビュー(2023年11月15日号)
2023/10/07(土)(高嶋慈)