artscapeレビュー

小林紀晴「遠くから来た舟」

2012年11月15日号

会期:2012/09/28~2012/11/06

キヤノンギャラリーS[東京都]

目新しいテーマというわけではない。日本各地に点在する「聖地」、そこで行なわれるさまざまな祭礼や年中行事は、これまで多くの写真家たちが撮影してきた。1970年代の内藤正敏、土田ヒロミ、須田一政らの仕事がすぐに思い浮かぶし、その後も高梨豊、鈴木理策、石川直樹らが、個性的なアプローチを展開してきた。とはいえ、今回展示された小林紀晴の「遠くから来た舟」は、彼なりの必然性と粘り強い思考と実践によって成立したものであり、その写真家としての経歴のエポックとなるいい作品だと思う。
小林はよく知られているように、20歳代の多くの時間をアジア各地の旅に費やし、2001年の同時多発テロを挟んでニューヨーク滞在も経験した。その後、「海外にばかり眼が向いていた反動」で、「日本の聖なる地」にカメラを向けるようになる。しかも小林の生まれ故郷の長野県諏訪は勇壮な「御柱祭」が数え年の7年ごとに行なわれる土地であり、彼の父親もその祭りによく参加していたという。青森の「ねぶた祭り」から沖縄・与那国島の「マチリ」まで、そうやって撮影された祭礼の写真群は、だがそれほど神秘的にも、威圧的にも感じない。小林の旅の写真の基本的なスタイルである、被写体との等身大の向き合い方がここでも貫かれており、背伸びすることなく自分自身の目と足を信じてシャッターを切っていることが伝わってくる。大小68点のプリントの展示構成にも工夫が見られる。連続性よりも非連続性を強調して、写真が闇の中で次々に点滅していくように、効果的に配置しているのだ。
もうひとつ感心したのは、会場で配布されていた展示作品のリストを兼ねた作品解説のテキストである。小林の文章力には以前から定評があるが、そのレベルが格段に上がっているのだ。「すべては盃のなかで起きていたこと。少しずつ飲みほされていく」。これは最後の68枚目の写真に付されたキャプションだが、作品全体を見事に締めくくるとともに、さらに「遠くから来た舟」のイメージへと読者を誘う。写真家、文章家としての階梯を、また一段上ったのではないだろうか。

2012/10/02(火)(飯沢耕太郎)

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