2019年09月01日号
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artscapeレビュー

Qenji Yoshida×Wantanee Siripattananuntakul「インターセクション กับดักนักท่องเที่ยว」

2018年01月15日号

会期:2017/12/10~2017/12/30

Gallery wks.[大阪府]

「言語」「翻訳」「対話」をテーマに制作するQenji Yoshida。例えば、母語の異なる2名が通訳を介さずにそれぞれの母語で対話し、ジェスチャーの助けも借りつつ、パラレルな2つの発話が意思の疎通と誤解の間を漂い続ける状況を記録した映像作品では、「異言語間のコミュニケーションにおける共有不可能性と新たなコミュニケーションの萌芽」をユーモアとともに提示している。

本個展では、タイ人作家、Wantanee Siripattananuntakul(ワンタニー・シリパッタナーナンタクーン)と協働したパフォーマンスの記録映像を展示。2面の映像には、それぞれが拠点とする大阪/バンコクの街を、英語で相手に案内しながら歩き続ける様子が映し出される。近年、海外観光客が急増する道頓堀周辺の繁華街と、対照的にシャッターを閉ざした店舗や「福祉住宅案内所」の看板が目につく寂れた地区。高層ビルやビジネスセンターが立ち並ぶバンコクのエリアは、均質化したグローバリゼーションの様相だが、カラフルな色に溢れ、二人乗りのバイクが行き交う街路は、エキゾチックな魅力に満ちたものとして映る。

一見すると、コミュニケーションの素朴な称揚に見えるが、「英語」という非母語の使用をそれぞれに課し、一カ所に留まらない通過者として振る舞うことで、自身が身を置く場所との密着が次第に遊離していく。それは、不自由なコミュニケーションの中にある、ある種の不安定な自由さの萌芽だ。また、本展にはいくつもの「空白」や「欠落」が構造的に組み込まれている。映像には字幕が無く、それぞれの画面から流れる2つの音声は(意図的に)混在して響くため、互いを打ち消すように働いてクリアに聞き取れず、会話内容は断片的にしか把握できない(加えて、シリパッタナーナンタクーンが話す英語は、タイ語の訛りが強く、ほとんど聞き取れない)。左右の映像と音声の間で戸惑ううちに、どちらにも属さない「第3の場所」に身を置いているような感覚に陥ってくる。

また、本展は、大阪での開催と同期間かつ同時間に、シリパッタナーナンタクーンによるもう一つの展覧会としてバンコクで開催されている(タイ語の表記は、バンコクでの展覧会タイトルを指す)。だが、大阪でこの展示を見ている私たちは、バンコクでの同時開催展を見ることはできず、シリパッタナーナンタクーンが別の視点から作品化しているであろう、このパフォーマンスについて知ることはできない。同時に2つの異なる場所に存在できないという物理的/身体的な制約と、それ故の複眼的な想像力の重要性を改めて提示する展示だった。


会場風景

2017/12/24(日)(高嶋慈)

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