2019年07月15日号
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artscapeレビュー

VOCA展2018 現代美術の展望—新しい平面の作家たち

2018年04月01日号

会期:2018/03/15~2018/03/30

上野の森美術館[東京都]

今年で25回目というから、現代美術のアワードとしてはもはや老舗の部類。シェル美術賞は1956年創設だからもっと古いけど、81年にいったん終わって96年に昭和シェル現代美術賞として再開したものの、2001年に再び終わり、03年から3度目の出発。継続しているものではVOCAのが古い。あれ? シェルの審査員の島敦彦氏(金沢21世紀美術館館長)はVOCAと重なってるぞ。岡本太郎現代芸術賞は太郎が亡くなった翌97年に始まったので今年21回目、VOCAに続いて古い。絹谷幸二賞は08年からで今年10回目だったが、今回で終了だそうだ。おや? ここでも島館長が審査員を務めているではないか! だいたいこういうアワードやコンペでは同じ審査員が長く居座ったり、掛け持ちすることが多いが、それだけ現代美術界は信頼できる人材が少ないのか。

VOCAも長く固定していた選考委員が徐々に分解し、4半世紀たってようやく一新。そのせいかどうか、今回は興味深い作品が散見された。まず受賞作品から見ていくと、VOCA賞の碓井ゆいによる《our crazy red dots》。不定形の布を縫い合わせるクレイジーキルトという手法でつくられたもので、木枠やパネルに張らず、旗のように少したわめて壁に掛けている。問題はその中身。赤い水玉模様を中心に、梅干し弁当、赤いドットを身につけた草間彌生のヌード、女性デザイナーによるファッション、顔に日章旗を被せられて横たわる兵士を描いた戦争画、東京オリンピック(1964)のロゴデザインなど、とにかく日の丸につながる赤い丸がところ狭しと散りばめられているのだ。目を凝らせば、小さなふたつの赤い点の下に半円が糸で縫いつけられていて、おっぱいに見える。そういえばクレイジーキルトは女性の手仕事とされてきたわけで、そこから出征する兵士のお守りとして女性が一針ずつ縫っていった千人針を連想するのも的外れではないだろう。さらに想像をたくましくすれば、戦死した兵士が身に着けていた血染めの寄せ書き日の丸とかね。どんどん悲惨な方向に連想が行ってしまうけど、いずれにせよ作者が日の丸を楽天的に用いているのでないことだけは確かだろう。キャプションの横に赤丸が貼られるのも遠い日ではない。

ほかの受賞作品を見ると、奨励賞の藤井俊治、佳作賞の森本愛子、大原美術館賞の浦川大志には共通した匂いが感じられる。それは日本的なるものだ。藤井の《快楽の薄膜》はきらびやかな装飾的画面を見せるが、目の細かい綿布に白地を塗り、油彩、水彩、アルミ箔、雲母などで描いたもの。余白も多く、油彩画とも日本画ともいえない独自の空間を生み出している。森本の《唐草文様》は純然たる日本画だが、彼女自身は初め油彩画を専攻していたものの、東洋の古典絵画に目覚め日本画に転向したという。もともと日本画は伝統的なやまと絵をベースに、明治時代に油彩画のスタイルも採り入れた混交様式だが、森本の作品は近代以前のボッティチェリやフラ・アンジェリコらの形式張った古典絵画を彷彿させる。グラデーションを多用した浦川の《風景と幽霊》は、日本的というよりデジタルイメージを組み合わせた印象だが、よく見ると画面右には様式化された松の木が描かれているし、火を表わす赤いパターンはやまと絵における火焔のイメージに近い。VOCA賞の碓井の作品ともども日本的なるものが通底している。いうまでもなくそれは純然たる日本ではなく(そんなものないが)、西洋と混淆した日本的なるものだ。

ほかに気になった作品を挙げると、透明のビニールシートに風景を描いた芦田なつみの《このきもちには名前がある》、着色した木箱にボンドを塗布して剥がした膜を並べた阿部大介・鷹野健の《木の箱だったこと(長いので以下略)》、アクリル板に窓枠を付けてカーテンを垂らした石井麻希の《Ay Waukin O》、フレスコ画に木枠を付けた川田知志の《むこうの壁》など。碓井の作品も含めて、これらは支持体をキャンバスやパネルではなく、別の素材に求めている。もうひとつ、壁に棚を取り付けてその上に細工した手紙をのせた高田安規子・政子の《ジグソーパズル》は、作品(手紙)そのものの小ささ(12.4×15.4cm)といい、棚の上に水平に置いた展示方法といい、前代未聞。ちなみに棚は壁から20cmほど突き出しているが、これは規定範囲内だ。

しかし今回いちばんドキッとしたのは、BABUの《LOVERS’ COVER》という作品。BABUはストリート系のアーティストで、出品作品は北九州の前衛グループ「集団蜘蛛」のメンバーだった森山安英の絵画に、作者の了解を得て銀色のスプレーをかけたもの。他人のグラフィティの上に自分の作品を上書きするゴーイングオーバーを思わせるが、元の作品は消滅してしまう。ちなみに森山は、過激なハプニングにより猥褻罪で有罪判決を受けたのち引きこもり、15年の沈黙を破って80年代後半から絵を描き始めたという。BABUが銀色のスプレーを吹きかけたのはそのころの作品だが、いま調べてみたら、驚いたことに当時の森山の作品は銀色の絵具でキャンバスを覆うというものではないか。つまり銀色のスプレーをかけていたのは銀色の絵画だったのだ。イコノクラスム的な暴力的表現と思えたものが、むしろBABUの森山に対する敬意に満ちた愛情表現であり、作品の再生を願う儀式のようなものだったともいえるのだ。タイトルの意味がようやくわかった。

2018/03/15(村田真)

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