artscapeレビュー

名取事務所『渇愛』

2018年04月01日号

会期:2018/03/09~2018/03/18

下北沢B1[東京都]

美術教師のジェソプ(渡辺聡)は妻・ソヨン(森尾舞)と息子・ヒョンス(窪田良)と暮らしている。ある日、家を訪れた息子の友人・ジンギ(西山聖了)を見たソヨンは、「彼はかつて堕した子供の生まれ変わりだ」と言い出し、両親のいない彼を養子に迎える。ジンギに異常な愛情を注ぐソヨン。その愛情は一線を越える。母と交わるジンギの姿を目撃したヒョンスは彼を刺してしまう。母とジンギは出ていき、絶望したヒョンスは自ら命を絶つ。ところがその後、ソヨンは詐欺罪で投獄されてしまう。彼女もまた、ジンギに騙されていたのだった──。

韓国の劇作家・金旼貞(キム・ミンジョン)が実際の事件をもとに書いたという本作。一連の事件は、ジンギを殺そうと彼の部屋で待ち受けるジェソプによる断片的な回想のかたちで語られる。ジンギという「怪物」を中心に置いたサイコスリラーと思われた物語はしかし、徐々に現代版ギリシャ悲劇とでもいうべき様相を露わにしていく。短い場面を巧みにつなぐ寺十吾の演出が見事だ。

この物語がより悲劇的なのは、それがすでに起きてしまった出来事だからだ。シャーマンの一種「ムーダン」の家系に生まれたソヨンはかつて、ムーダンになるのが自分の運命であり、逆らえば家族に不幸が訪れるとジェソプに訴えていた。だが彼は世間から忌み嫌われるムーダンになる必要はないと彼女を説き伏せてしまう。結果から見れば、彼女の予言は正しかったと言うほかない。彼は起きることがわかっている悲劇を反芻する。そこに彼の意志が介入する余地はない。

それでもなお、悲劇は彼の選択を映したもので、だからこそこれは悲劇なのだ。ジェソプはさまざまな面でソヨンを抑圧していた。子供を堕したのも、ジェソプに十分な稼ぎがなかったからだ。ジンギは家族を狂わせたが、状況を準備したのはジェソプ自身だ。ジェソプは最終的に、ジンギを殺人犯に仕立てあげようと自ら喉を搔き切る。彼の命を奪うのは砕け散った鏡だ。

[撮影:坂内太]

公式サイト:http://www.nato.jp/index.html

2018/03/15(山﨑健太)

2018年04月01日号の
artscapeレビュー