artscapeレビュー
The Original Comes from Vitra
2018年06月01日号
会期:2018/04/26~2018/05/29
リビングデザインセンターOZONE[東京都]
スイスの家具メーカー、ヴィトラの2代目社長のロルフ・フェルバウムは自らをチェアマンと呼んだ。まるで聖書のような赤い布張りの装丁で、かつて自著を出版した際のタイトルが『CHAIRMAN』だったのだ。チェアマンとは議長や司会者などを指す言葉だが、彼が言うチェアマンとは文字通り「椅子の男」。つまり椅子に情熱を傾ける男の物語である。
ヴィトラが世界中から注目を集める家具メーカーとなったきっかけは、1953年に創業者のウィリー・フェルバウムが米国旅行でチャールズ&レイ・イームズがデザインした椅子に出会い、その後、彼らと厚い友情を育んだことによる。1957年にはイームズが契約を結んでいた米国の家具メーカー、ハーマンミラーの欧州工場としてライセンス生産を開始し、1988年には正規メーカーとなった。そうした経験を通して、ヴィトラは本物の椅子生産を学んだのである。本展は家具メーカーにとっての本物=オリジナルとは何かを問いかける展覧会で、ドイツ、フランス、イタリア、シンガポールと世界を巡回したあとに日本にやってきた。
美術品の場合、版画は別として、基本的には1点しか存在しないため、本物と偽物の違いは明確だ。しかしメーカーが量産する製品となると難しい。最初に開発し発売したメーカーの製品が「本物」となるが、産業財産権で保護されていなければ、他のメーカーがそれを真似て製造し発売することが簡単にできてしまう。そんな世の中だからこそ、ヴィトラはあえて本物の価値を訴えるのではないか。本展ではカンチレバー式のプラスチック一体成型の椅子、ヴァーナー・パントンの《パントン チェア》、表面をパンチングして軽量化したアルミニウム製の椅子、ハンス・コレーの《ランディ チェア》など、8脚の歴史的名作椅子とその背景が展示された。名作ゆえにどれも知っている椅子ではあったが、デザイナーをオーサー(著者)と呼び、彼らと協働して、持てる技術を尽くして本物を開発し製造し続ける、ヴィトラの理念に改めて敬服する機会となった。ロルフのチェアマン精神はずっと健在のようだ。
公式ページ:https://www.ozone.co.jp/event_seminar/event/detail/501
2018/04/26(杉江あこ)