artscapeレビュー
大竹弘二『公開性の根源──秘密政治の系譜学』
2018年06月01日号
発行所:太田出版
発行日:2018/04/18
本書の書籍化を心待ちにしていたのは、評者ばかりではないだろう。2012年より雑誌『atプラス』誌上で始まった同名の連載は、その数年前にカール・シュミットに関する博士論文(『正戦と内戦──カール・シュミットの国際秩序思想』以文社、2009)を上梓した著者の、次なる展開を克明にしるしづけるものだった。その濃密な連載が、大幅な加筆修正を経て500頁を超える大著として目の前に現われたことを、まずは喜びたい。
本書のテーマは、大きく言えば「法規範」とその「執行権力」との関係である。あるいはこれを、「主権」と「統治」の関係と言い換えてもよい。私たちは通常、あらかじめ存在する法規範にもとづき権力が執行される、あるいは最高規範としての主権にもとづき統治がなされる、といった仕方で両者の関係を考えがちだ。むろん、原則としてはその通りである。しかし「今日の政治は、執行が規範を踏み越える例外状態の常態化という観点から考察できるのではないか」(10頁)。これが本書を貫く基本的なスタンスである。
この「法や主権に執行権力が優越する」場面を描き出すべく、本書はまず16世紀という近代国家の生成期に遡る。そして、マキャヴェッリ、ホッブズ、ルソーといった古典はもちろんのこと、シュミット、カントロヴィッチ、アガンベンらのテクストを縦横無尽に参照しながら、先に述べたような主権と統治の関係が論じられていくのだ。そこで暴き出されるのは、近代的な政治的公開性の根源に存在する「前室」(シュミット)の権力、すなわち初期近代において「機密/アルカナ」と呼ばれた権力の姿にほかならない。しかも、そこで扱われる資料体が、いわゆる政治思想のそれにとどまらず、さまざまな文学的テクストにも及んでいることは特筆しておくべきだろう。メルヴィルの中篇小説『書記バートルビー』を、なんと語り手の弁護士の職業(衡平法裁判所の主事)に注目しながら読みなおす第10章「書記の生、文書の世界」、あるいは『城』や『訴訟』の小説家カフカの姿を、「保険会社に務めるサラリーマン」という側面から捉えかえす第11章「フランツ・カフカ、生権力の実務家」など、序論+全13章+補論からなる本書のどこを開いても、広範囲にわたる文献の博捜と読解に裏打ちされた堅実な研究の成果が、いたるところに顔をのぞかせる。
以上の紹介からも明らかであるように、本書の射程は、むろん現下の国内/国際政治の諸問題に限定されるものではない。しかし、執行権力が法規範を堂々と踏み越えるという「例外状態の常態化」がまさに目の前で展開されるいまこそ、本書は読まれるべき格好の時機を迎えているように思われる。
2018/05/28(月)(星野太)