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artscapeレビュー

杉浦邦恵「うつくしい実験 ニューヨークとの50年」

2018年09月15日号

会期:2018/07/24~2018/09/24

東京都写真美術館2階展示室[東京都]

1942年、名古屋生まれの杉浦邦恵は、1963年にお茶の水女子大学物理学科を中退して渡米し、シカゴ美術館付属のシカゴ・アート・インスティテュートに入学する。杉浦が師事したケネス・ジョセフソンはインスティテュート・オブ・デザイン(ニュー・バウハウスの後身)でハリー・キャラハンやアーロン・シスキンに学んだ実験的なスタイルの写真家であった。杉浦は彼の影響を受けて室内のヌードモデルを魚眼レンズで撮影し、フォトモンタージュなどの技法を駆使して画面に構成した写真作品「孤(Cko)」を制作する。1967年には、シカゴからニューヨークに移転し、カンヴァスに感光乳剤を塗って写真を焼き付け、アクリル絵具による抽象的なドローイングと合体した、「フォトカンヴァス」のシリーズを制作・発表するようになった。

杉浦の代表作といえば、1980年代以降に制作し始めた「フォトグラム」作品を思い浮かべる。だが、日本での最初の本格的な回顧展となる今回の「うつくしい実験」展を見て、シカゴ時代、あるいはニューヨーク時代の初期に制作された「孤」や「フォトカンヴァス」のシリーズが、じつにみずみずしく、魅力的な作品であることに気づいた。たしかに、コンセプトを重視する「シカゴ派」の写真作品や、当時流行していたポップ・アートの影響は感じられる。だが、若い日本人女性アーティストが、身の回りの事象に好奇心のアンテナを伸ばし、作品化していくプロセスがしっかりと組み込まれていることで、共感を呼ぶ作品として成立していた。

そのような、のびやかで流動的な作品づくりの流儀は「フォトグラム」作品にもそのまま活かされている。そこから、飼い猫が暗室内の印画紙の上で戯れる様子をそのまま定着した《子猫の書類》(1992)のようなユニークな発想の作品も生まれてきた。1999年以降に制作された「アーティスト、科学者」のシリーズでも、モデルとの親密な関係をベースにしながら、即興的に画面を組み上げていくやり方をいきいきと実践していった。

50年以上にわたるシカゴ、ニューヨークでの生活に根ざした杉浦の作品世界は、ほかの追随を許さない領域に達している。だが、それらは孤高の高みというよりは、親しみやすく、とてもオープンな印象を与える。2009年から日本各地で撮影されているという「DGフォトカンバス」のシリーズを含めて、その柔らかな感受性は、これから先も写真という表現メディアの特性を活かして、さまざまな方向に伸び広がっていきそうだ。

2018/08/02(木)(飯沢耕太郎)

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