artscapeレビュー
「バウハウスへの応答」展
2018年09月15日号
会期:2018/08/04~2018/10/08
来年、2019年はバウハウス創設100周年に当たる。本展を観るにあたり、創設者のヴァルター・グロピウスが遺した「バウハウス宣言」をあらためて読んでみた。それは「あらゆる造形活動の最終目標は建築である!」という有名な言葉で始まる。最終目標が、なぜ建築なのか。それはグロピウスが建築家であったことに起因しているのだろうが、建築とは、もっとも大きな造形物の象徴として語られたのではないかと思う。大きく見れば街づくり、社会づくりを指したのかもしれない。「バウハウス宣言」を読み進めると、さらに目をひく言葉が書かれている。「サロン芸術において失われた」「非生産的な『芸術家』が」と、それまでの欧州における上流階級のための芸術を完全否定する。そのうえで「建築家、彫刻家、画家、我々全員が、手工業に戻らねばならない!」「芸術家と手工業者の間に本質的な差異はない」と手工業を推奨する。つまり上流階級を満足させる絵画や彫刻にではなく、庶民の暮らしに実質的に役立つ建築や街づくりにその創造力を集約させようとしたのではないか。その点でバウハウスは造形教育を通じた、社会改革でもあったと言える。
本展ではバウハウスの教育理念が欧州にとどまらず、世界へ広く波及したことに着目する。その実例として日本、インドの造形教育が挙げられた。日本では建築家の川喜田煉七郎が主宰した「新建築工芸学院」がある。その授業風景写真や雑誌、書籍、そしてインスタレーション作品が展示されていた。本展では取り上げられていないが、実は同学院に通った学生のひとりに桑澤洋子がいる。彼女はそこでモダンデザインに目覚め、その経験が後に桑沢デザイン研究所創立へとつながった。現にグロピウス夫妻が同研究所を訪問し、賞賛したという記録が残っている。当時、川喜田が行なった授業について、「先生がバケツをがんがん叩き、そのリズムを感じたままに表現する」といった様子を桑沢は記している。とにかくユニーク極まりない授業だったらしい。
そもそも、日本での芸術のあり方は欧州とは異なっていた。彫刻といえば主に仏像であり、絵画といえば主に屏風や襖に描かれた。また、江戸時代に流行した浮世絵は庶民が楽しんだ風俗画だ。木工、陶芸、漆芸、染色など工芸品のレベルも高く、それらが庶民の暮らしを豊かに彩った。それゆえ、戦前の1930年代にやってきたバウハウスの教育理念を、日本は受け入れられやすかったのではないかとも言われる。この節目の年にバウハウスについてあらためて考えるよい機会となったが、しかし展示内容が小規模で、やや物足りなさを感じたのも正直なところだ。できれば、当時の授業内容や習作をもっとたくさん観たかった。
公式ページ:http://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2018/426.html
2018/09/09(杉江あこ)