2019年12月01日号
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artscapeレビュー

あいちトリエンナーレ2019 情の時代|「表現の不自由展・その後」再展示、ほか

2019年11月15日号

会期:2019/10/13~2019/10/14

愛知県芸術文化センター、愛知県芸術劇場大リハーサル室[愛知県]

本当は9月にも一度訪れる予定だったが、やむ得ない事情でキャンセルとなり、およそ2カ月ぶり、通算5回目のあいちトリエンナーレ2019である。以前、これで見納めになるかもしれないと書いた「表現の不自由展・その後」がついに再開されたことが、最大のトピックだろう。ここに至るまでさまざまな出来事が起き、展示の状態が次々と変化し、これだけドラマティックな展開を見せた日本の国際展はほかにないはずだ。オープニングのとき、芸術監督の津田大介はレガシーにすると宣言していたが、まさにその通りになった。

再開された展示の入口の新しいあいさつ文には「壁が横に倒れると、それは橋だ」というアンジェラ・デービスの言葉が引用されていた。筆者はこの入口について、当初の状態、閉鎖時、そして再開時という3パターンを目撃したが、なるほど途中はずっと、ここの入口には壁が立てられ、それがなくなったわけである。世界的にも一度閉鎖に追い込まれた展示が復活した事例はないらしく、会期が長かったおかげもあるが、終了の直前、土壇場で奇蹟が起きたことは貴重な前例となった。



再開された「表現の不自由展・その後」の鑑賞についての説明パネル


入場者は厳重な持ち物チェックを受けてから会場に入る



会場の一角には、展示の再開を求める書き込みが残されていた

 さて、大浦信行の映像作品《遠近を抱えて Part II》をフルで鑑賞するツアー形式に参加し、確かにこのほうが理解は深まると思った。改めて全編を見て気づいたのは、もし作家が単純に天皇のことが憎いのであれば、まず顔から焼くはずだろうということ。だが、慎重にそれは避けられており、こうした細かい映像の表現が議論されなかったことは不幸だった。再開された「不自由展」に対し、ネットでは「鑑賞の不自由」などと揶揄されていたが、現代アートにはガイド型や一度にひとりしか入れない展示の形式など、さまざまな鑑賞のやり方があることを知らない人が批判しているのだろう。

 その日の夕方、今回のパフォーミング・アーツでよく使われている愛知県芸術劇場の地下のリハーサル室において体験した小泉明郎の『縛られたプロメテウス』は傑作だった。前半は鑑賞者がゴーグルを装着し、いわゆるVRによる拡張された現実世界に没入する(一部、筆者は機器の不具合で違うものを見ていたが)。それなりに刺激的な映像だったが、これだけだとテクノロジーを活用したエンターテインメントでしかない。作品の本領はむしろ後半で発揮され、ここで別のものを鑑賞/観劇することによって、思索的なアートに昇格し、従来の小泉作品とも見事に繋がる。おそらく詳細を記すとネタバレになってしまい、これから体験する人に申し訳ないので、ここでは記さないが、前半の謎めいた言葉の意味が腑に落ちるとだけ述べておこう。


あいちトリエンナーレ2019 情の時代 公式サイト:https://aichitriennale.jp/

2019/10/12(土)(五十嵐太郎)

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