artscapeレビュー

山口の美術館をまわる

2021年01月15日号

[山口県]

山口市の展示施設をいくつか訪問した。鬼頭梓による《山口県立美術館》(1979)は、地味だけどよい建築である。煉瓦の外壁は、《宮城県美術館》《東京都美術館》など、彼の師匠である前川國男の打ち込みタイルを想起させるだろう。すぐ近くの《山口県立山口図書館》(1973)も、むしろ鬼頭が得意とする図書館の作品である。



煉瓦の外壁が特徴的な《山口県立美術館》(1979)



こちらも打ち込みタイルの外壁が目を引く《山口県立山口図書館》(1973)


さて、《山口県立美術館》では、やはりコロナ禍によって、2020年度は特別展の企画が延期になったり、コレクション展示室を閉じるなど、大きな影響を受けたようだが、こうした状況を逆手にとった企画展示を開催していた。タイトルは「Distance─ディスタンス」である。すなわち、「生と死」や「男と女」など、6つのキーワードを軸にして、澄川喜一、須田一政、細江英公などの収蔵品を見せるものだ。作品の配置も、かなり疎だった(もっとも、解説のツールなしで鑑賞すると、作品選択の意図がわかりにくい)。なお同館は、香月泰男や雪舟のコレクションが目玉なのだが、後者に関しては、一部屋の三方の壁をまるごとプロジェクション映像で使った「パノラマ山水図巻」が、展示サイズも大きくて細部がよく見えた。


展覧会スケジュールには昨年春から「休室」が目立っている



《山口県立美術館》のカフェスペースもソーシャル・ディスタンスが保たれていた

温泉街の生家にたてられた《中原中也記念館》(1994)は、宮崎浩が設計したものであり、師匠の槇文彦譲りの端正なデザインによるコンクリート打ち放しの建築だった。屋外にフレームを設けることで、L字の変形敷地をまるごと建築化しつつ、奥に引き込むエントランスへのシークエンスをつくる。

展示で印象に残ったのは、これまで学校の教科書に掲載された中原の詩を調査し、時代による傾向の変化や人気作品を紹介する企画だった。文学館は美術館と違い、ビジュアルの要素が難しく、どうしても資料展示にならざるをえないが、詩人の記念館は展示の可能性があると感じられた。なぜなら、小説は文章が長すぎて無理だが、詩は全文を展示しても、その場で読めるからだ。つまり、作品の全体性を絵画や彫刻のように表現できる。実際、《アーツ前橋》や《太田市美術館・図書館》では、アートとともに詩を展示する方法をすでに試みていた。


右奥にまで引き込んでから、室内に入る《中原中也記念館》(1994)


大きな緑地に面した磯崎新による《山口情報芸術センター[YCAM]》(2003)では、映画のプログラムが開催されていた。10年以上前に訪れたときは、アートと図書館が完全に分離するわけでなく、内部に挿入された複数の細い中庭に勉強する学生がいる風景を見て、プログラムを横倒しにした《せんだいメディアテーク》のようだったことが印象に残っている。だが、コロナ禍ゆえか、今回はその中庭が活用されていなかった。クラインブルーが鮮やかな図書館の大空間は変わらず気持ちいいが、レストランが閉鎖されていたのも気になった。


《山口情報芸術センター[YCAM]》(2003)



筆者が13年前に訪問した際の《YCAM》中庭スペース


山口県立美術館 特別企画展「Distance -ディスタンス」
期間:2020/10/31〜2020/12/21(会期変更)
会場:山口県立美術館

2020/12/05(土)(五十嵐太郎)

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