artscapeレビュー
日立市の妹島和世建築群をまわる
2021年05月15日号
茨城県日立市は妹島和世の地元ということもあり、いくつかの作品を現地で見学できる。例えば、独立して間もない1990年代の前半から、同市に拠点をおく金馬車という会社のパチンコ店のほか、その《旧・金馬車本社社屋》(1997)も手がけた。いずれも彼女らしい、ガラス張りの建築である。もっともその後、金馬車は倒産し、別の会社による合併を受け、本社が移転したせいか、建築は残っているものの、今年訪れた段階では《本社社屋》は使われていないように見えた。
近年、公共的な空間として、妹島は《JR日立駅》(2011)のデザイン監修を担当し、SANAAの名義によって《日立市新庁舎》(2019)を設計している。前者は彼女が学生時代に使っていた交通施設でもあり、せっかく海が近いのに、それがまったく感じられなかったことから、車道を跨ぎながら自由通路を延長し、宙に浮いたガラス張りのカフェがつくられた。実際にここを使ってみたが、確かに見晴らしがよく、順番待ちが必要な人気の店舗になっている。また駅舎としてはめずらしく、妹島が設計したことをわざわざ明示するプレートが通路に掲げられていた。
《日立市新庁舎》が発表された際、同年に竣工した《日本女子大図書館》に付属する「青蘭館」や「警備員室」と同様、デザインの新機軸として、かまぼこ型のヴォールト屋根を使っているのが印象的だった。同キャンパスでは、続く「百二十年館」(2021)と「新学生棟」(2021)も、ヴォールトを共通のシンボルにしている。しかも、《新庁舎》は手前の広場において、そのモチーフをひたすら反復し、本体の建物よりも目立つ。雑誌の写真では、かたちが強すぎるのではという感じも抱いていたが、現地を訪れると、なるほど、周辺環境との関係がよく練られている。例えば、ヴォールトのフレームによって、隣接する家屋の風景を魅力的に切りとっていた。
ヴォールトという建築のヴォキャブラリーは、それこそ古代建築の重厚な組積造から登場しているが、これは地上からは見えにくい屋上面に補強材としてリブを設けることによって、見た目の薄さを探求している。ヴォールトをくり抜き、空が見えるパターンも興味深い。ヴォールト天井を反復した現代建築では、ルイス・カーンの《キンベル美術館》(1972)が有名だが、これはシンボリックな形態であると同時に、トップライトから光の拡散を意図していた。一方、妹島のヴォールトは、軽やかで開かれた広場をおおう屋根として、この形態に新しい解釈を与えている。
2021/04/11(日)(五十嵐太郎)