artscapeレビュー
ノマドランド
2021年05月15日号
リーマンショックによって工場が閉鎖し、カンパニータウンのエンパイアがまるごと消滅し、家を失った主人公のファーンが、アマゾンの配送センターなどで期間限定の仕事をしながら、自動車でアメリカを転々とし、様々な人と交流する物語である。驚くような映画的な大事件が起きるわけではない。基本的に地味な作品だが、定住生活とは異なる、個人の生き方と思想を描いたものだ。ファーンは自分が「ホームレスではなく、ハウスレスだ」という。かつてアメリカのトレーラーハウスなどに影響を受けて、黒川紀章は、人々が移動する未来社会を提唱する『ホモ・モーベンス』(1969)を刊行し、カプセル宣言を表明した。現在、取り壊しが懸念される《中銀カプセルタワー》(1972)も、その延長に位置づけられる。
しかし、21世紀のノマドは、そうした若々しいイメージではない。圧倒的に高齢者が多い現状を伝えている(カウンターカルチャーの時代に若者だった世代ではある)。だが、彼らは貧しさゆえに追いやられた存在だとみなすのも正確ではない。それぞれの事情からノマドになり、土地に縛られない尊厳を抱く移動者たちは、一方でアメリカのフロンティア・スピリットを継承したかのようだ。本作の態度も、面白半分でホームレスに近づくような日本の表現とはまったく違う。
ファーンも、実姉や親しくなったデヴィッドから、一緒に住まないかという誘いを受けるが、あえて放浪の旅を続ける。彼女がノマド生活を始める前は、むしろ先立たれた夫との思い出が残るエンパイアにこだわって、ずっと暮らしていたことが判明すると、これが初めて自由になったノマド生活であり、新しい出発への区切りとなる旅だったことがわかる。またこの映画を魅力的にしているのは、ファーンが旅先で出会い、別れ、そして再会する人たちだ。こうした登場人物の実在感は強烈であり、まるでドキュメンタリー映画のようなのだが、最後のエンディングロールで役名と本名が一致しているように、俳優ではなく、実際の車上生活者が多数出演したからだ。
それにしても、韓国人移民の家族を描いた『ミナリ』(アカデミー賞の主要6部門にノミネートされ、ユン・ヨジョンが助演女優賞を受賞)や、『ノマドランド』(中国出身の女性監督クロエ・ジャオがアカデミー賞の監督賞を受賞)など、映画界におけるアジア系女性の活躍が目覚ましい。
公式サイト:https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html
2021/04/16(金)(五十嵐太郎)