artscapeレビュー

ソール・スタインバーグ シニカルな現実世界の変換の試み

2022年01月15日号

会期:2021/12/10~2022/03/12

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

「身から出た錆」とか、「自分で蒔いた種」といったことわざが浮かんだ。ひとりの男の手が持つペン先から1本の線が放たれ、その線はぐるぐると円状に伸び、男の足元へとつながる。一方では、同様にペン先から放たれた1本の線が男の顔の前で大きく「×」印を描く。まるで一筆書きで描かれたようなシンプルで明快なドローイングに心を打たれた。1本の細い線だけでこんなにも人や物事をユーモラスかつアイロニカルに表現できるのかと感心する。本展はアメリカで活躍した芸術家、ソール・スタインバーグの回顧展だ。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー[撮影:藤塚光政]


彼のドローイングは風刺画と言えばそうなのだが、風刺する対象が政治や社会というよりもっと身近で素朴な現象へと向いている。例えば二人の男が机を挟んで向かい合い、片方の男が朗々と何かを話している。しかしその口から出てきた大きな吹き出しの輪郭は「NO」の文字。これは面接か何かの交渉の場面なのか。相手に口当たりの良いことを言われるが、結局、答えはNOである。こんな残念な場面は誰しも心当たりがあるだろう。また大量の「?」記号を花束のように抱えて歩く男。その作品タイトルは《抱えきれないほどの疑問符》だ。人はまさにたくさんの疑問符を抱えて生きていかなければならないのかもしれない。こんな風に人の滑稽さや無情さ、不条理な現実などをドローイングでサラッと描き切る。誰にも何にも媚びていないところが潔い。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー[撮影:藤塚光政]


本展を監修した矢萩喜從郎の解説によると、スタインバーグの作品は「地球上に存在する事物、あるいは言語、概念、数字、メタ・メッセージ等、目に見えないに関わらず、人間世界の中で暗黙に認識、了解しているものの、意味変換、概念変換に挑戦し、あらためて原初となる意味を確認し、世界に対してどの様に眼差しを注ぎ再考すべきかを、我々、見る側に迫ったもの」という。確かに世の中は暗黙の了解やしきたりに溢れている。それゆえ社会に歪みやアンバランスが生まれ、ある一定の人々が不幸やストレスを抱えてしまう。コロナ禍であぶり出された不公平な実態もその通りで、巡り巡って、それは我が身に跳ね返ってくる始末だ。スタインバーグの天からのメッセージを心して受け止めたい。


公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/jp/00000785

2021/12/27(月)(杉江あこ)

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