2022年12月01日号
次回12月15日更新予定

artscapeレビュー

国際芸術祭「あいち2022」 愛知芸術文化センターと一宮市エリア

2022年09月01日号

会期:2022/07/30~2022/10/10

愛知芸術文化センター、一宮市各所[愛知県]

5回目を迎える今回、名称から「トリエンナーレ」を除き、頭に「国際芸術祭」を冠して「あいち」に。「表現の不自由展」で波紋を呼んだ前回展から内容もイメージも一新させたいのだろう。しかし、内覧会の記者会見で前回の問題について問われた芸術監督の片岡真実氏は、「これまでさんざん聞かれたので、もうその質問はやめてもらいたい」とうんざりした様子で答えていた。そりゃ気持ちはわからないでもないけど、たぶん会見場に来ていた人たちの半分くらいはこのとき初めて片岡氏の肉声に接するわけで、その投げやりにも聞こえる発言には面食らったはず。

その片岡氏の掲げたテーマは「STILL ALIVE」。小さく日本語で「今、を生き抜くアートのちから」とある。これは、愛知県出身のアーティスト河原温による「I Am Still Alive」シリーズに想を得たもので、過去から未来へと続く時間軸のなかでコンセプチュアルアートをはじめとする現代美術を見直すと同時に、ポストコロナの時代を生き抜くヒントをアートに見出そうとの思いもあるようだ。会場は、前回の騒動を受けて名古屋市美術館がなくなり、メイン会場の愛知芸術文化センターに加え、一宮市、常滑市および有松地区(名古屋市)の4カ所となった。もっとも「STILL ALIVE」のテーマが色濃く反映されているのはメイン会場で、一宮市では地場産業である繊維をモチーフにした作品が目立った(常滑市は未見だが、同様に陶を使う作品が多かったらしい)。

メイン会場から見ていくと、前述の河原温による「I Am Still Alive」と打たれた電報をはじめ、1本の樫の木を100枚に輪切りにし、その年輪に1917年から100年間に起きた戦争をはじめとする出来事を刻印したローマン・オンダックの《イベント・ホライズン》(2016)、河原温を含む非物質的な作品を集めた1969年の展覧会のインストラクションに沿って、奥村雄樹がもういちど作品を再現した《7,502,733》(2021–2022)(数字はおそらく愛知県の人口)、モーゼル川に橋を架けるという荒川修作+マドリン・ギンズの未完のプロジェクト《問われているプロセス/天命反転の橋》の模型、新型コロナウイルスが蔓延した2020年2月から1年間、毎週日曜日の空を描きテキストを加えたバイロン・キムの《サンデー・ペインティング》(2020-2021)、コロナ禍で引きこもる世界中の人たちから月の画像を集めて合成し、円盤に投影して巨大な月に見立てた渡辺篤の「アイムヒア プロジェクト」など、40組を超す作品が並ぶ。



ローマン オンダック《イベント・ホライズン》[筆者撮影]




渡辺篤(アイムヒア プロジェクト)《Your Moon》(2021)[筆者撮影]


河原温のオマージュもあれば、パンデミック下におけるアートの役割を問うものもある。なんか最近どこかで似たような構成の展覧会を見たような気がするなあ、と思ったら、片岡氏が館長を務める森美術館の「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」ではないか。森美術館のほうは、オノ・ヨーコのインストラクション「地球がまわる音を聴く」をタイトルに据え、アートを通してパンデミック以降のよりよい生き方を考えようとの趣旨。アーティストこそ重なっていないものの、展覧会の骨格や全体の空気はよく似ている。だからけしからん、というのではなく、だから両展を見ることをおすすめしたい。

バスで一宮会場へ移動。銀行跡に絵画と彫刻を展示している奈良美智、屋外の壁にグラフィティを描いているバリー・マッギーのような、わが道を行くアーティストを除き、多くは地元の産物である繊維に関する作品を出している。眞田岳彦は県内で募った参加者の協力を得て、羊毛を樹木のような太い綱へより合わせ、市役所のロビーに飾った。遠藤薫は「美」という漢字が「羊」と「大」からなることに気づき、織機が置かれた資料館に羊毛でつくった巨大な落下傘を展示。塩田千春は、看護学校跡では骨格や胎児や内臓など解剖学の標本に、毛細血管を思わせる赤い糸を絡ませる一方、ノコギリ型の屋根をした毛織物工場跡では、重厚な織機の残る室内全体に赤い糸を張り巡らせたインスタレーションを発表。この工場跡に張られた糸はクモの巣を想起させる。



遠藤薫《羊と眠る》[筆者撮影]




塩田千春《糸をたどって》[筆者撮影]


こうしてみると、メイン会場とサテライト会場では目指す方向性が少し異なっているのがわかる。単純化すれば、メイン会場はアートワールドを視野に入れたグローバル志向、サテライト会場は地場産業を生かしたローカル志向、といったように。特に今回、これまでに比べてローカル志向の比重が強まったと感じるのはぼくだけだろうか。名古屋市美術館の展示がなくなったおかげで、グローバル志向が芸術文化センターの一極集中になったからかもしれない。そして名称から「トリエンナーレ」が削られ、代わりに「芸術祭」が入ったのも、こうした方向性を示しているように思えるのだ。ちなみに「越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭」も、今年は「アートトリエンナーレ」が削られた。この「トリエンナーレ」(グローバル志向)から「芸術祭」(ローカル志向)への移行は、どうやら全国的な動きといえそうだ。


公式サイト: https://aichitriennale.jp


関連レビュー

地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング|村田真:artscapeレビュー(2022年08月01日号)

2022/07/29(金)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00061894.json l 10178947

2022年09月01日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ