2022年12月01日号
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artscapeレビュー

生誕100年 山下清展—百年目の大回想

2022年09月01日号

会期:2022/06/25~2022/08/28

神戸ファッション美術館[兵庫県]

生誕100年記念展。てことは1922年生まれだから、なんとぼくの親父と同い年だ。ぼくが子供のころマスコミを賑わせていた天真爛漫な山下清が、しがないサラリーマンのとうちゃんと同じ年だったとは、ちょっと衝撃的。とうちゃんも少年時代、清ほどではないけど吃音気味だったというし。それはともかく、山下清は吃音もあって小学校でイジメにあい、12歳で養護施設の八幡学園に入所。ここで色紙を切って台紙に貼りつけていく貼絵と運命的に出会う。

展示は、小学校のころの花火や鯉のぼりなど日常を描いた鉛筆画から始まるが、その細かい描写は稚拙ながらも並々ならぬ観察力と根気強さに裏打ちされている。初期のころの貼絵は、大きくちぎった紙を貼り合わせて好きな昆虫を表わしていたが、次第に紙を細かく裁断し、色使いも工夫を凝らすようになっていく。15-16歳ごろには印象派風の点描法を体得。このころから展覧会に出品した作品が注目を集め、安井曽太郎らの賛辞を受ける。しかし戦争の足音が近づくにつれ徴兵を極度に恐れ、学園を脱出。以後何度も抜け出しては連れ戻されるという放浪生活が始まり、その旅先での思い出を描いたスケッチや貼絵が評判を呼ぶ。だが清は画材を携行することはなかったので(もちろんカメラもない)、それらは学園に帰ってから記憶をたどって描いたものだった。驚くべき記憶力といわざるをえない。

清は、知的障害を抱えながら記憶力などが突出しているサヴァン症候群だったのではないかといわれているが、しかし彼の絵はカメラのような客観的描写とは異なり、かなり恣意的に構成され、様式化さえしている。彼が見たものをそのまま網膜に焼き付けて再現するのではなく、視覚情報をいちど脳内で処理し、概念化させていることは、代表作である《長岡の花火》(1950)や《桜島》(1954)を見ればわかる。だから清の絵はリアルには感じられず、むしろプリミティブに映るのだ。

ただし後年、特にヨーロッパ旅行をしたときに描いた風景画になると、正確な遠近法が使われ、かなり写実的になっている。清も書き残しているように、このときは行く先々でスケッチを描いていたようだ。カタログによれば、この旅行時の作品は「清が作った貼絵の中で最高傑作との声もある」「その技術が頂点に達していたと思われる」としているが、いわゆる「うまく」なったものの山下清らしさは薄れ、《長岡の花火》や《桜島》などに比べればおもしろさは半減しているように思える。最晩年の遺作「東海道五十三次」(貼絵の前段階のペン画のみ)に至っては、誤解を恐れずにいえば「少しうまい素人の絵」程度にしか見えないのだ。山下清という特異な才能を発揮した一個人の画業のなかでこれを見れば、その変化は興味深いが、遺作だけを取り出してみても残念ながらおもしろくもなんともない。

山下清の作品が美術館に収蔵されず、日本の近代美術史に正当に位置づけられていないと嘆く声も聞かれるが、それは彼の知的レベルや制作態度の問題ではなく、おそらく貼絵という脆弱な素材に起因するのではないか。紙だから退色はあるし、保存状態は必ずしもよくない。貼絵は少年時代から清が体得した表現手段ではあるけれど、より堅固な画材である油彩で描いていたらどうだったろう。もちろん油彩技法の習得は容易ではないし、相性もあるけれど、もし貼絵くらいの完成度が達成できていたなら、もう少し美術館でもコレクションしようという機運が生まれ、それなりの評価を与えられていたのではないかと想像するのだ。あくまで想像にすぎないが。


公式サイト:https://www.fashionmuseum.jp/special/yamashitakiyoshi/

2022/07/20(水)(村田真)

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