2022年12月01日号
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artscapeレビュー

関西の80年代

2022年09月01日号

会期:2022/06/18~2022/08/21

兵庫県立美術館[兵庫県]

関西の戦後美術というと、1950年代に登場した具体美術協会の存在があまりに大きくて、それ以降の動きが霞んでしまうほど。特に具体のメンバーが多数参加した大阪万博が終わり、彼らの活動拠点だったグタイピナコテカが閉鎖された1970年以後、急速に元気を失っていく(もっとも東京も似たようなもんだったが)。ところが80年代になると、にわかに関西のアートシーンは活気を取り戻していく。同展の主催者は「西高東低」と形容するが、それほどではないにせよ首都圏と同じく急激な盛り上がりを見せたのは事実だ。首都圏ではこうした勢力を、欧米の新表現主義絵画の影響を受けた「ニューペインティング」、あるいは70年代の音楽シーンから拝借した「ニューウェイブ」と呼んでいたが、関西ではそのまま「関西ニューウェイブ」の名称が定着した。

その先駆けが、1980年前後に関西で発表していた少し世代が上の辰野登恵子と福嶋敬恭の変貌だ。辰野は絵画、福嶋は彫刻だが、どちらも70年代は禁欲的なミニマルな作風だったのに、このころから表現主義的な作品に急変して周囲を驚かせた。それから堰を切ったように50年代後半生まれの主に京都市立芸大出身のアーティストたちが登場する。ぼくが「関西ニューウェイブ」と聞いて真っ先に思い出すのは、山部泰司と杉山知子だ。山部は花をはじめ植物的イメージを大画面に描いた絵画、杉山も明るくカラフルな南国のようなイメージを膨らませたインスタレーションで知られ、今回も期待を裏切らない華やかな旧作が出品されている。



左から福嶋敬恭《ENTASIS》、栗岡孝於《Nature of Nature》、飯田三代《SURVIVE》[筆者撮影]




杉山知子《the drift fish》[筆者撮影]


ほかにも、写真というメディウムを使いながらそれをインスタレーションとして展開した石原友明、メディアを横断して「彫刻」「絵画」「美術」の概念を覆そうとした中原浩大、アニミズム的空気を漂わせながらもどこかすっとぼけた藤浩志、現代美術にロックンロールを持ち込んだ中西學など実に多彩だ。しかし具体もそうだったが、どうも彼らの作品は絵画や彫刻の問題を突き詰めて出てきたものというより、どこか「ウケ」や「お笑い」を意識した表現に見えて仕方がなかった。その最たるものが、ゴッホに扮した自画像でデビューした森村泰昌だろう。このえげつないくらいにコテコテの露悪的表現は、関西でしか生まれず、関西でしかウケないのではないか。そう思っていたが、実際には東京でも、いや世界でも通用したのだから、この説は東京生まれ(でも関西育ち)のぼくの偏見にすぎないのかもしれない。

展示に関していうと、空間的に余裕を持ったディスプレイは見やすいし、作品も美しく感じる。しかし、もともと広大な美術館ではなく、画廊(特に狭い貸し画廊)での発表を前提につくられた作品が大半のせいか、借りてきた猫のようにおとなしい印象を受けるのも事実だ。明るく、楽しく、にぎやかなはずのニューウェイブの展示としては、あまり熱が感じられないのだ。もっと作品をぎゅうぎゅう詰めにして、摩擦熱を発するくらいにしてほしかったなあ。作者は嫌がるだろうけど。最後にひとつ不可解に思ったのは、椿昇の作品がなかったこと。椿はさまざまな意味で関西ニューウェイブを牽引したアーティストだと認識しているが、なぜないのか? 関西では重要視されていないのか? それともなにかトラブルでもあったのか?


公式サイト:https://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_2206/


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2022/07/20(水)(村田真)

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