artscapeレビュー
鷲見和紀郎 brilliant corners
2022年10月01日号
会期:2022/08/26~2022/09/25
BankART KAIKO[神奈川県]
1950年生まれの鷲見和紀郎は、世代的にも作品的にも典型的な「ポストもの派」の彫刻家。ポストもの派とは、先行するもの派やミニマリズムが美術表現をゼロにまで還元した後を受け、もういちど「美術」「絵画」「彫刻」を一から再構築しようとしたアーティストたちであり、鷲見はまさにその渦中にいた。初期の作品を見ると、ミニマルアートやもの派の影響が色濃く、いかにそれらを超えていくかが課題だったことがわかる。たとえば金属でサイズの異なる凹型をいくつかつくり、少しずつずらして重ねるなど、形態はミニマルでありながらどこか遊び心を忍ばせている。これはおそらくBゼミで学んだ田中信太郎の影響だろう。1980年代にはミニマリズムから脱し、壁や床にへばりついたり、角状に湾曲したり、螺旋状に巻いたり、橋のように床から床へ渡したりと、形態は多様化。また彫刻だけでなく、鷲見ならではのワックスを用いたインスタレーションも始まる。
出品は平面も含めて30点。会場が限られているため大規模な彫刻はそれほどないが、展覧会タイトルにもなった《brilliant corners 2022》というワックス・インスタレーションが見応えある。会場の一画を占める薄いクリーム色のワックスの塊は、まるで降り積もった雪のようで、そのなかに人ひとりが通り抜けられる細い道がつけられている。歩いていくと徐々に高さが増して、最高点では視界が遮られるくらい。これって、うずたかく積もった雪を切り開いて通れるようにした立山の「雪の大谷」みたい。おもしろいので何度も行ったり来たりしてみる。
実は、展覧会のオープニングのあいさつで横浜市の人が「この展覧会はとても楽しめる」と述べていたので、まだ展示を見ていなかったぼくは首を傾げた。鷲見に限らずポストもの派の作品は重厚でストイックなものが多く、少なくとも「楽しめる」類のものではないだろうと。だが実際に見てみると、それはぼくの思い込みに過ぎなかった。ワックスのインスタレーションだけでなく、彫刻作品も形態や色彩やマチエールが多様で、1点だけならまだしも、これだけ集めると十分に楽しめるのだ。
でも個人的にいちばん楽しめたのは、会場奥に置かれた数点のマケットだ。鷲見にはワックス・インスタレーションをはじめ、その場でつくって終われば壊してしまうサイトスペシフィックな作品が少なくないので、後に残らない。そんな消失した作品を会場ごと縮小模型として見せているのだ。通常こうしたマケットはインスタレーションの前に試作としてつくるものだが、これらはコロナ禍で引きこもった2年ほどのあいだに制作したのだという。会場は秋山画廊、島田画廊、東京国立近代美術館、府中市美術館など見覚えのある場所が多い。サイズがわかるように紙を切り抜いた人型も置いてあり、後2者の人型は鷲見の展示を担当した故本江邦夫氏だった。ああ久しぶり。
2022/08/26(金)(村田真)