artscapeレビュー
久松知子「ホワイトキューブの向こう側」
2022年10月01日号
会期:2022/08/26~2022/09/25
NADiff Gallery[東京都]
使い古しの黄色いテープの入った業務用ゴミ袋、足先にクッションをつけた脚立、梱包された平たい箱を無造作に並べた台車、木箱が積まれた工場のような室内風景……。どこかの工事現場でも描いているのかと思ったら、アートフェア終了後の撤収風景だという。なるほど、平たい箱にはおそらく絵画が梱包され、積まれた木箱は美術品運搬用のクレートってわけか。
これは、日本画、近代美術史、美術館といった美術を支える諸制度をモチーフにしてきた久松の、アートマーケットに切り込んだシリーズのひとつ。アートフェアそのものではなく、搬出時のどうでもいいような風景をスナップショット的に描くのは、華やかに着飾った紳士淑女がきれいに並んだ作品を品定めする会場の舞台裏にこそ、アートマーケットの本質が隠され、アーティストにとってのイマジネーションの源泉が潜んでいることを暴露しているのかもしれない。タイトルどおり「ホワイトキューブの向こう側」だ。
おもしろいのは、このうちの1点の絵が別の絵のなかに画中画として描かれていること。具体的には、先述の「平たい箱を積んだ台車の絵」が透明シートに梱包され、壁に立てかけられているところを描いた絵があるのだ。れれれ? 搬出時の台車を描いた絵が別の絵に描かれているということは、すでに搬出時に「その搬出を描いた絵」が存在していたことになる。これはありえない話。このようにさりげなく虚実を織り交ぜるのも久松の得意とする芸当だ。
2022/08/13(土)(村田真)