artscapeレビュー

みんなの建築大賞 2024

2024年03月01日号

[東京都]

国立近現代建築資料館において、建築系の編集者、研究者らが、新しく創設したみんなの建築大賞の授賞式が行なわれた。これは従来の建築の賞が、業界内で閉じてしまい、社会にほとんど発信されていないことを踏まえ、建築を伝えるプロが推したい建築を顕彰する企画であり、イメージとしては本屋大賞が近い。もっとも、約30名から構成される推薦委員会が10の候補作を選んだあと、X(旧Twitter)を用いて、一般参加による「いいね」の投票の総数で決定することが違う。つまり、推薦委員会はどれが選ばれても大賞にふさわしい10作品までを決め、最終的な結果は一般の判断に委ねるというわけだ。なお、筆者は推薦委員会の委員長をつとめた。2023年に完成、もしくは雑誌に掲載された10の候補作は、以下の通り。


  1. 大西麻貴+百田有希/o+h・産紘設計《熊本地震 震災ミュージアム KIOKU》
  2. 山﨑健太郎デザインワークショップ《52間の縁側》
  3. 後藤武+後藤千恵/後藤武建築設計事務所《後藤邸》
  4. 坂茂建築設計《SIMOSE》
  5. 藤本壮介建築設計事務所《太宰府天満宮 仮殿》
  6. 中村拓志&NAP建築設計事務所《地中図書館》
  7. 伊藤博之建築設計事務所《天神町place》
  8. 武井誠+鍋島千恵/TNA《庭の床 福武トレスFギャラリー》
  9. MARU。architecture《花重リノベーション》
  10. VUILD《学ぶ、学び舎》



「みんなの建築大賞2024」授賞式 (左から)秋吉浩気氏(VUILD)と伊藤博之氏


さて、最多の得票を獲得したのが、秋吉浩気(VUILD)による東京学芸大学内の「学ぶ、学び舎」である。3D木材加工機によって製作した1000以上のパーツを組み合わせた複雑な造形をもち、それが型枠となって、さらにコンクリートで覆われる。すなわち、デジタル・ファブリケーションを駆使した実験的なデザインであり、SNS時代のアワードにふさわしい作品が大賞に選ばれたと言えるだろう。実際、秋吉は一般の投票をうながす活動を明快に行ない、大学も積極的に応援していた。



秋吉浩気氏(VUILD)


また委員会の推薦の数がもっとも多かった伊藤博之による「天神町place」は、大賞とは別枠として推薦委員会ベスト1に選定されている。じつは一般投票でも、「学ぶ、学び舎」と「天神町place」がデッドヒートを繰り広げていたが、誰もが訪れることができる公共建築ではなく、民間の集合住宅が多くの得票を集めたことは個人的に意外だった。この建築は湯島にたっており、授賞式の会場から歩いて10分もかからないことから、授賞式の前後に見学する機会が設けられた。

天神町placeは、激しく湾曲するかたちと、非流通材を活用した型枠によって不ぞろいなテクスチャーをもつコンクリートの壁が印象的であり、おそらくSNS上の小さい写真でも十分なインパクトを与える。が、実際にいくつかの賃貸の部屋を案内してもらい、建築的な工夫にあふれた作品であることがよくわかった。ただでさえ、マンションの中庭は存在するものの見なかったことにするような暗い空間になりがちだが、幅が狭い敷地という厳しい条件下において、天神町placeは中庭の意義を再定義している。例えば、薄いヴォリュームを打ち抜く各戸のバルコニーによって穴を開けたり、一部は中庭に張りだす通路をめぐらせた。また高さや方位が異なるそれぞれの場所を活かしながら、立体パズルのように各戸を巧みに構成している(一部はメゾネット)。かといって、積極的に住民のコミュニティをつくることを意図したわけでなく、なんとなく互いを感じながら、それぞれの居場所を生みだす。

みんなの建築大賞の授賞式では、秋吉と伊藤の2名が参加し、建築家から直接にメディアに語ってもらい、主要な新聞の各社を集めることに成功した。しかし、テレビ局の取材はなく、来年以降の課題だろう。



伊藤博之建築設計事務所《天神町place》(2023)



伊藤博之建築設計事務所《天神町place》



伊藤博之建築設計事務所《天神町place》



伊藤博之建築設計事務所《天神町place》室内



伊藤博之建築設計事務所《天神町place》中庭 右は伊藤博之氏


「みんなの建築大賞」事務局BUNGA NET:https://bunganet.tokyo/award01/

2024/02/15(木)(五十嵐太郎)

2024年03月01日号の
artscapeレビュー