artscapeレビュー
アンコール遺跡群
2024年03月01日号
[カンボジア]
東南アジアはあらかた訪れ、ベトナム、タイ、インドネシアなど、すでに3回という国もあるが、今回はクメール建築を見るべく、初めてカンボジアを回った。中国系の資本で建設されたという新しいシェムリアップ空港に到着し、市の中心部まで約1時間である。とにかく平らな大地が続く農業の国だ。市内も坂道が全然見当たらない。遠くに見える山も尖っておらず、平らな稜線が印象的である。かつてジャングルに埋もれ、忘れられていたアンコールの遺跡群は、おおむね10世紀から12世紀にかけてつくられたものだ。ヨーロッパだと、ロマネスクやゴシックの創成期など、キリスト教の建築が興隆をきわめた時代である。
アンコール・トムは、巨大な寺院建築というよりも、堀に囲まれた3km四方の都であり、そこに75万人も住んだという高密度な数字はにわかに信じがたい。なお、「アンコール」という言葉は、「王の都」という意味をもつ。いわば平城京や平安京に近いかもしれない。隣国との戦争のあと、凱旋のルートと死者の道がパラレルに東西の軸として用意され、それぞれの出迎えの施設が基本的な骨格をなす。それゆえ、壁には戦争の場面を具体的に描いたレリーフが多い。続いて、大樹が徹底的に侵食し、あちこちが崩れていることで有名な寺院、タ・プロームを訪れた。タイのアユタヤでも切断された仏像の頭がガジュマルの根に包まれていたが、はるかに大きいスケールで廃墟化している。樹をとり除くと、かえって崩壊が進みそうなくらい、建築と植物が融合していた。ここは映画『トゥームレイダー』のロケ地としても知られる。廃墟として放置されたことで長い時間をかけて大樹に侵食された風景としては、タ・ソムの東塔門が忘れがたい。徐々に石の位置がずれていく、わずかな幅をチェックする装置も取りつけられていた。
アンコール・ワットは、ボロブドゥールが外部のみの巨大な彫刻であるのに対し、屋根がある内部空間、列柱廊、沐浴の中庭、シンメトリカルに配置された経蔵などがあり、立体的な建築として構成されている。滑落したら、怪我か、死亡しそうな第3回廊への急階段では、投入堂の体験を思いだす。大きなアンコール・トムやアンコール・ワットのほか、こうした小さな遺跡群は、じつは近郊に無数に存在しており、すべてまわるには1週間は必要だろう。東洋のモナリザと呼ばれるデバター像など、精緻かつ優雅につくられた赤砂岩のレリーフを備え、10世紀まで遡るバンテアイ・スレイ、貯水池の小さい島の中に入れ子状に池をつくり、絡みあう2匹の大蛇が印象的な円形基壇があるニャック・ポアン、塔が林立する段々のピラミッド状の構成をもち、ほとんど平坦な地において山のような存在だったプレ・ループなど、今回は計10カ所を見学した。
それにしても、壮大な寺院群を建立した当時の王たちは、これらが密林の中の再発見を経て、まさか1000年後も地域の住民の食いぶちになるとは夢にも思わなかっただろう。世界遺産になった建築群が存在するおかげで、近くに空港がつくられ、半永久的にシェムリアップの街に外貨が落とされている。
2024/02/20(火)、21(水)(五十嵐太郎)