artscapeレビュー

オペラ『エウゲニ・オネーギン』

2024年03月01日号

会期:2024/01/24~2024/02/03

新国立劇場[東京都]

新国立劇場にて、オペラ『エウゲニ・オネーギン』を観劇した。19世紀のロシアにおいて、かつて田舎屋敷で恋心を寄せられた女性タチアーナと、数年後にペテルブルクの舞踏会で再会し、今度はオネーギンが心を奪われるのだが、すでに人妻となっており、さよならを告げられるというシンプルなあらすじである。しかし、プーシキン原作の詩とメロディ・メーカーとしてのチャイコフスキーの楽曲が深みを与える作品だ。

さて、3幕から構成されたオペラの舞台美術は、短い転換の時間にもかかわらず、神殿モチーフを効果的に用いながら、さまざまな場面を表現していた。基本のパターンは、ペディメントがのったイオニア式オーダーによる4本の柱であり、これは全編を通して必ず登場する。そして奥の壁に三つのアーチの開口部がつく。おそらく、フランスのボザール経由で、ロシアの建築に古典主義のデザインがもたらされたことを踏まえている。



新国立劇場『エウゲニ・オネーギン』より 第1幕第1場 [撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場]


冒頭の第1幕第1場では、基本パターンの手前の両側に手すりを加え、壁のアーチの向こうに部屋をのぞかせることで、貴族ラーリン家の田舎屋敷の玄関として用いられた。第1幕第2場になると、白いカーテン、ベッド、机などが配されることで、同じモチーフながら内外が反転し、タチアーナの個室に変化する。第1幕第3場は、神殿モチーフから壁をなくしつつ、中心にバラストレードを追加し、背景画を樹林とすることで、庭にたつ東屋として使われた。



新国立劇場『エウゲニ・オネーギン』より 左:第1幕第2場 右:第1幕第3場 [撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場]


第2幕第1場は、長いテーブルを手前に、アーチの開口部の奥に肖像画のある壁を配し、ラーリン家における宴会場となる。そして第2幕第2場は、再び壁がないシンプルな状態に変え、背景画を暗い雪原とし、友人を殺してしまう早朝の決闘シーンだ。



新国立劇場『エウゲニ・オネーギン』より 左:第2幕第1場 右:第2幕第2場 [撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場]


第3幕第1場は、列柱が両側に開きつつ、背後にも大きなアーチを支える4本の列柱が加わり、上からはシャンデリアが吊られ、もっとも壮麗な舞踏会の場面となる。列柱が二重化して奥行きが演出されるだけでなく、アーチの向こうに背景画は、赤いカーペットを敷いたバロック的な大階段とその上部の列柱が描かれ、高さの感覚が加わる。最後の第3幕第2場は、基本パターンを室内化させ、公爵邸の居室とするが、赤いカーテンが印象的だ。

建築だけでなく、衣装の色彩も、性格や感情を表わす。第1幕のタチアーナは垢抜けない青っぽい服であり、部屋で恋の手紙を書くときは白い室内着だった。第2幕の宴会と第3幕の舞踏会はいずれも賑やかな場面だが、前者はやや質素な衣服であり、後者はタチアーナ以外の女性が全員黒服という異様な雰囲気だ。友人を死なせたことによる放浪の旅から戻ったオネーギンには、華やかな舞踏会もそう見えるという表現だろう。だが、タチアーナだけは紅一点の赤いドレスとして目立ち、女性としての成熟を示す。赤いカーペット、赤いカーテンなども、これに呼応するだろう。目で見て楽しむこともできるドミトリー・ベルトマンの演出とイゴール・ネジニーの美術だった。


新国立劇場『エウゲニ・オネーギン』より 第3幕第1場 [撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場]


新国立劇場『エウゲニ・オネーギン』:https://www.nntt.jac.go.jp/opera/eugeneonegin/

2024/01/27(土)(五十嵐太郎)

2024年03月01日号の
artscapeレビュー