artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

未来へつなぐ陶芸─伝統工芸のチカラ 展

会期:2022/01/15~2022/03/21

パナソニック汐留美術館[東京都]

数年前より私は有田焼の仕事に携わり、産地に何度も足を運んで、窯元や作家の方々と交流を持ち続けてきた。彼らの制作活動の背景に共通してあるもののひとつに、日本工芸会の存在がある。同会の会員になるには推薦人を立てる方法もあるが、準会員以上になるには「日本伝統工芸展」に入選することが条件となる。なかでも日本工芸会新人賞を受賞してこそ、陶芸作家として初めて認められるといった風潮もあるようだ。そうして彼らは毎年、「日本伝統工芸展」に大作を出品し、腕試しをすることが作家人生のサイクルとなる。日本工芸会は陶芸作家にとっての拠り所であり、自らを証明するアイデンティティでもあるのだろう。


展示風景 パナソニック汐留美術館


本展は、そんな日本工芸会の中心的存在である陶芸部会50周年を記念した展覧会だ。私も「日本伝統工芸展」を何度か訪れたことがあるが、これまでの百貨店の催事場で行なわれる展示とは異なり、美術館での展示はなかなか新鮮だった。しかも日本工芸会発足当時の1950年代からの作品を一望できたことは大変興味深く、第I章で初の重要無形文化財保持者となった陶芸作家4人の作品が観られたことも貴重だった(富本憲吉、濱田庄司といった民藝運動の作家らがその4人のうちに入っていたことは驚きだった)。あえて言うなら、第II章の「産地と表現」として括った展示コーナーで産地の特徴についてもう少し深掘りしてほしかったとも思う。なぜなら、陶芸は産地により土、焼成方法、技法、様式などがまったく異なるからだ。それが日本の陶芸の複雑さであり、面白さにつながっているからである。


展示風景 パナソニック汐留美術館


最後の第Ⅲ章では「未来へつなぐ伝統工芸」として現代作家の作品が一挙に紹介されていた。私も陶芸作家の方々と交流していて感じるが、彼らは伝統工芸の産地で伝統技術を継承して作品づくりに挑んでいながらも、決して過去を向いているわけではない。未来に向かって、新しい表現やスタイルを生み出すことにつねに一所懸命である。「伝統とは革新の連続である」とよく言われるように、新しいことに挑まなければ伝統工芸を継ぐことはできないからだ。そんな彼らの後ろ盾となっているのが、日本工芸会という存在なのだろう。


公式サイト:https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/22/220115/

2022/01/14(金)(杉江あこ)

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ソール・スタインバーグ シニカルな現実世界の変換の試み

会期:2021/12/10~2022/03/12

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

「身から出た錆」とか、「自分で蒔いた種」といったことわざが浮かんだ。ひとりの男の手が持つペン先から1本の線が放たれ、その線はぐるぐると円状に伸び、男の足元へとつながる。一方では、同様にペン先から放たれた1本の線が男の顔の前で大きく「×」印を描く。まるで一筆書きで描かれたようなシンプルで明快なドローイングに心を打たれた。1本の細い線だけでこんなにも人や物事をユーモラスかつアイロニカルに表現できるのかと感心する。本展はアメリカで活躍した芸術家、ソール・スタインバーグの回顧展だ。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー[撮影:藤塚光政]


彼のドローイングは風刺画と言えばそうなのだが、風刺する対象が政治や社会というよりもっと身近で素朴な現象へと向いている。例えば二人の男が机を挟んで向かい合い、片方の男が朗々と何かを話している。しかしその口から出てきた大きな吹き出しの輪郭は「NO」の文字。これは面接か何かの交渉の場面なのか。相手に口当たりの良いことを言われるが、結局、答えはNOである。こんな残念な場面は誰しも心当たりがあるだろう。また大量の「?」記号を花束のように抱えて歩く男。その作品タイトルは《抱えきれないほどの疑問符》だ。人はまさにたくさんの疑問符を抱えて生きていかなければならないのかもしれない。こんな風に人の滑稽さや無情さ、不条理な現実などをドローイングでサラッと描き切る。誰にも何にも媚びていないところが潔い。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー[撮影:藤塚光政]


本展を監修した矢萩喜從郎の解説によると、スタインバーグの作品は「地球上に存在する事物、あるいは言語、概念、数字、メタ・メッセージ等、目に見えないに関わらず、人間世界の中で暗黙に認識、了解しているものの、意味変換、概念変換に挑戦し、あらためて原初となる意味を確認し、世界に対してどの様に眼差しを注ぎ再考すべきかを、我々、見る側に迫ったもの」という。確かに世の中は暗黙の了解やしきたりに溢れている。それゆえ社会に歪みやアンバランスが生まれ、ある一定の人々が不幸やストレスを抱えてしまう。コロナ禍であぶり出された不公平な実態もその通りで、巡り巡って、それは我が身に跳ね返ってくる始末だ。スタインバーグの天からのメッセージを心して受け止めたい。


公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/jp/00000785

2021/12/27(月)(杉江あこ)

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藍染の解剖展 BUAISOUの仕事

会期:2021/12/27~2022/02/21

松屋銀座7階・デザインギャラリー1953[東京都]

2021年のNHK大河ドラマ「晴天を衝け」で渋沢栄一の生家が藍農家として登場したことで、藍染に注目した人も多いのではないか。そう、藍染は日本の伝統的な染色方法のひとつで、日本人の暮らしに古くから寄り添い親しまれてきた。大河ドラマでも描かれたとおり、藍の栽培、蒅(すくも/藍の葉を発酵させた染料)づくり、染色といった工程は、もともと、分業で行なわれてきた。しかし近年、藍農家や蒅師がめっきりと減り、藍染作家自らが藍の栽培から行なわざるを得なくなった例は多い。一次産業と二次産業の融合が進んでいるのだ。

「阿波藍」の名で知られる、藍の一大産地である徳島県でもそれは顕著だ。その徳島県で2015年に設立されたBUAISOUは、藍の栽培、蒅づくり、染色、商品デザイン、製作までを一貫して行なう藍染作家・職人ユニットだ。一次産業と二次産業のみならず、オンラインストアやワークショップ、展覧会などへの展開も含めれば、三次産業にまで手を広げていると言える。産業の先細りを嘆くのではなく、彼らはむしろその状況をチャンスと積極的に捉えているようにも映る。


展示風景 松屋銀座7階・デザインギャラリー1953[撮影:ナカサアンドパートナーズ]


さて、本展はBUAISOUの仕事を通して見る「藍染の解剖展」だ。展覧会担当はグラフィックデザイナーの佐藤卓。佐藤が長年取り組んできたプロジェクト「デザインの解剖」と同様の考え方で、1枚の藍染ポスターを解剖する。外側から内側に向かって細かく分析するという手法は同じで、本展では1から16までの項目で紹介されていた。それは「色」に始まり、「質感」「グラフィック」「ぼかし・滲み」……と続く。私も藍染作家や職人らとの交流が多少あるので、ある程度、藍染について知っているつもりでいたが、確かに専門的で詳細な情報は興味深かった。


展示風景 松屋銀座7階・デザインギャラリー1953[撮影:ナカサアンドパートナーズ]


藍染に限らず、日本の伝統工芸は全般的に先細りが続いている。昔ながらの分業制がいまだ残るのは大きな産地に限られ、全工程を一軒で担わざるを得ない産地は多い。こうなったら、さまざまな伝統工芸の「解剖展」をぜひやってほしい。これほど明確に、キャッチーに、全貌を伝えられる手段はないのだから。


公式サイト:https://designcommittee.jp/gallery/2021/12/dg776.html


関連レビュー

佐藤卓展 MASS|杉江あこ:artscapeレビュー(2018年06月01日号)
デザインの解剖展 身近なものから世界を見る方法|SYNK:artscapeレビュー(2017年02月01日号)

2021/12/27(月)(杉江あこ)

「2121年 Futures In-Sight」展

会期:2021/12/21~2022/05/08

21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2[東京都]

2021年が過ぎ去り、2022年が幕を開けた。2021年の終わりに始まった本展は、2121年、つまり100年後に思いを巡らせることがテーマである。未来に目を向けることは、同時に過去にも目を向けることへとつながる。特に圧巻だったのは、最初のインスタレーション《宇宙138億年の歴史を歩く》だ。21_21 DESIGN SIGHTのいつもの企画展とは逆コースを辿り、脇の通路から展示が始まるのだが、これには理由があった。その細長い通路には、宇宙の誕生から現在までの138億年の歴史を1年(365日)の長さに置き換えたスケールが表示されていたのである。来場者は歩きながらそれを自分の足で測り、体験する。そもそも138億年という時間感覚がピンと来ないが、1年の長さに喩えられると非常にしっくりくる。こうすると人類の誕生も、古代文明の起こりも、近代社会も、ほんのわずかな分数や秒数でしかなかったことに気づかされるからだ。この壮大なズームアウトの視点を植え付けられて、いよいよメイン会場へと入る。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTロビー[撮影:吉村昌也]


本展の軸となるのは、未来への羅針盤として企画者側が独自に編み出したツール「Future Compass」である。これは3層から成る円盤で、1層目に5W1Hの疑問詞、2層目にPresent、Past、Futureなどの時間帯を表わす名詞、3層目にChange、Want、Createなどの動詞が並んでいる。それぞれの層からひとつずつ言葉を選んで組み合わせ、それに伴った独自の問いと、それに対する視座や洞察を導き出す仕組みだ。本展ではデザインやアートをはじめ、建築、音楽、農業、科学などさまざまな分野で活躍する72人が、この「Future Compass」を使って未来を想像することを試みた。メイン会場には、そんな彼らの言葉や作品が所狭しと並ぶ。つまりこれは「未来を考える行為」を観る展覧会なのだ。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー2[撮影:吉村昌也]


さまざまな専門領域からの視座や洞察は刺激的で、自分の世界観まで豊かになるような感覚を覚えた。来場者もスマホを使って「Future Compass」を試すことができるため、私ならどの三つの言葉を選ぶだろうかと思うが、しかしそう簡単には思い至らない。悲しいかな、私が現在に強く縛られているからだろう。頭をもっと柔軟に、視野をさらに広く、現在、過去、未来へと時間を自在に行き来できるズームアウト力を養わなければならないと痛感する。たぶんこの気づきが、より良い未来を想像し創造する一歩になるのだろう。


展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー2[撮影:吉村昌也]



公式サイト:http://www.2121designsight.jp/program/2121/

2021/12/20(月)(杉江あこ)

ミヤケマイ×華雪 ことばのかたち かたちのことば

会期:2021/12/20~2022/01/29

神奈川県民ホールギャラリー[神奈川県]

「ことば」が先か、「かたち」が先か。本展を観た後、まるで「卵が先か、鶏が先か」のような呪文を唱えてしまった。本展のタイトルのひとつ「ことばのかたち」は言葉そのものの形を意味するので、おそらく文字を指す。あるいは発語の印象か。いずれにしても言葉が生まれた後にできたものだ。では、タイトルのもうひとつ「かたちのことば」は何だろう。ある形をどんな言葉で呼ぶか、どう言い表わすかということか。もしくは言葉にはできない形を指しているのか。

「ことばのかたち かたちのことば」は、美術家のミヤケマイと書家の華雪による二人展のタイトルである。どちらがどれとはっきり断言されているわけではないが、「ことばのかたち」を模索し表現するのは書家の華雪、そして「かたちのことば」をすくい上げ豊かに表現するのは美術家のミヤケマイだ。華雪は幼い頃に漢文学者・白川静の字書に触れたことが、書の作品づくりに取り組むきっかけになったと言う。象形文字である漢字は、まさに自然物などを象った形そのものであり、その点で「かたちのことば」とも言える。本展では東日本大震災後に被災地で行なったワークショップ「『木』を書いて、『森』をつくる」を採用し、自身のインスタレーションとして発表した。「木」と一文字だけ力強く書かれた書が天井近くから床まで垂れ下がる、これら作品群が奥へ奥へと連なる空間は、本当に森を見るようで圧巻だった。


華雪《木》(2021)[Photo: KABO]


一方、ミヤケマイは1階から地下1階へと連なる吹き抜けの会場をダイナミックに使い、港町の立地にちなんで海に見立て、水や舟をモチーフにした作品などを発表。なかでもインスタレーション《呉越同舟》は見ものだった。舟には来場者が乗ることができるのだが、大きな帆で真ん中が仕切られており、両端に座った者同士は自然と姿が隠れて、互いに顔を合わせることがない。帆にはつぶやきのような断片的な言葉の数々がプロジェクションマッピングによって映し出され、さらに互いの耳には異なる水辺の音が聞こえてくる。「呉越同舟」とはよく言ったもので、同じ舟(家庭や職場、学校などの比喩)に乗り合わせても、互いに別々の方向を向いていたり、見聞きし解釈する言葉が違っていたりする。そんな人間模様をミヤケマイはアイロニカルに表現する。形や現象に言葉を与え、その現象をさらに言葉によって際立たせた点が面白い。彼女ら二人の瑞々しい感性によって、言葉に静かに向き合えた時間だった。


ミヤケマイ《呉越同舟》(2021)[Photo: Kenryou Gu]


ミヤケマイ《天の配剤》(2020)[Photo: JUN YAMAMOTO]



公式サイト:https://www.kanagawa-kenminhall.com/kotobanokatachi/index.html

2021/12/19(日)(杉江あこ)