artscapeレビュー

杉江あこのレビュー/プレビュー

ミントデザインズ大百科:Mintpedia

会期:2022/06/08~2022/06/19

スパイラルガーデン[東京都]

ミントデザインズの展示を私が初めて観たのは、2009年のミラノサローネだったように思う。日本の合成繊維の未来を示唆する企画展で、メーカーやデザイナーらが大勢参加したなかにミントデザインズも名を連ねていた。彼らは熱可塑性の特徴を持った不織布を使い、理想的なバランスの美人顔やチンパンジーの顔に成形したマスクを発表していた。それは後に「to be someone」と名づけられ、彼らのコレクションとして製品化された。当時、この展示を観たときに私はいまひとつピンと来ていなかったのだが、コロナ禍になったいま、このユニークなマスクの先進性を改めて思い知った。皆の顔がどうせマスクで覆われるのなら、いっそのこと楽しく見える方が良い。「服には着る楽しみがありますが、それを見る人も楽しませるものであって欲しい」というのが、彼らが大切にしてきた視点だ。そんな遊び心がミントデザインズの作品には通底してある。


旭化成の不織布「スマッシュ」を使用しデザインしたマスク(2009)


本展は今年で20周年を迎えるミントデザインズの仕事を紹介した展覧会だ。彼らがブランド設立当初に掲げたコンセプトは「プロダクトデザインとしての衣服」。それはトレンド(流行)ではなく、日常生活を豊かにする息の長い製品という意味である。衣服のデザインをプロダクトデザインと捉えるファッションデザイナーはたまにおり、私はそんなデザイナーらに共感を覚える。


展示風景 スパイラルガーデン[撮影:神宮巨樹]


プロダクトデザインと言い切る彼ららしく、本展ではデザインが生まれる背景にもスポットを当てていて興味深かった。道具やモックアップ、デザインスケッチなどが標本のように並んでいたほか、彼らへのインタビューや制作風景の一部を映像で見ることができた。なかでももっとも見応えがあったのは、ミントデザインズの特徴であるグラフィカルなオリジナルプリント生地を生産する工場で、実際に使用されている捺染用のシルクスクリーンの版が展示されていたことだ。その向かいの壁にはプリントドレスが整然と吊るされており、「この版でプリントされた生地がこんなドレスに!」と両者を照合することができ楽しかった。こうした展覧会を通して、衣服をデザインすることや生産することに興味を持つ人が少しでも増えるといいなと思う。


展示風景 スパイラルガーデン[撮影:神宮巨樹]



公式サイト:https://www.spiral.co.jp/topics/spiral-garden/20-mintpedia

2022/06/16(木)(杉江あこ)

岩合光昭写真展 PANTANAL パンタナール 清流がつむぐ動物たちの大湿原

会期:2022/06/04~2022/07/10

東京都写真美術館 地下1階展示室[東京都]

NHK BSプレミアムの番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」を見ていると、私の飼い猫は「そこに仲間がいる!」と思うのか、テレビを食い入るように眺め、仕舞いには画面にパッと飛びついていく。猫の目から見ても、それだけ被写体の猫たちが自然な姿や振る舞いを見せているからではないかと推測する。最近の猫ブームも相まって、そんな“猫写真家”としてすっかり有名になった岩合光昭の写真展が始まった。しかし今回の題材は猫ではない。パンタナールの野生動物である。

正直、パンタナールがいったい何なのか、どこなのかを本展を観るまで知らなかった。それは南米大陸中央部に位置する世界最大級の大湿原である。正確に言うと「氾濫原」で、雨季に川が氾濫するため、1年の半分が水に浸かる地域なのだそう。浸水のため長らく開発ができず、雄大な自然が守られてきた幸運な場所で、約300種の哺乳類をはじめ、約1000種の鳥類、約480種の爬虫類、約400種の魚類が生息するという(しかし近年は開発や乱獲が横行し、生息数が激減)。


ジャガー ©Mitsuaki Iwago


世界中を飛び回り、野生動物を撮影してきた岩合にとって、パンタナールは魅惑的な地だったようだ。何より彼の心を捉えたのはジャガーの存在である。ジャガーは南米大陸における“百獣の王”だ。本展では、ジャガーが川に飛び込んでパラグアイカイマン(ワニ)を捕らえる瞬間の写真もあり、その迫力に圧倒された。ジャガーはパラグアイカイマンをひと噛みで仕留め、身の丈より大きい獲物を川から引きずり上げていく。一方で、別のパラグアイカイマンが魚を口にくわえているところや、サギが魚を見事に捕らえた一瞬、カピバラが草をゆっくりと食んでいる場面など、まさに自然界の食物連鎖を垣間見ることができた。しかし写真から受ける印象は弱肉強食の厳しさというより、坦々とした生きるための営みという感じだ。岩合の優しい語り口で書かれたキャプションを併せて読むと、野生動物それぞれに暮らしがあり、物語があるように思えてくる。それは動物の視線に合わせてカメラを構え、自分からではなく動物の方から近寄ってくるのを待つという彼独特の撮影スタイルによるのかもしれない。その撮影スタイルは、野生動物を撮るときでも猫を撮るときでも同じだという。豊かな生態系のなかで生きる野生動物たちの瑞々しい生命に触れたい。


展示風景 東京都写真美術館


展示風景 東京都写真美術館



公式サイト:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4319.html

2022/06/03(金)(杉江あこ)

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沖縄復帰50年記念 特別展「琉球」

会期:2022/05/03~2022/06/26

東京国立博物館 平成館[東京都]

今年は沖縄県が復帰50年を迎える節目の年である。本展はそれを記念した展覧会なのだが、「琉球」というタイトルのとおり、スポットを当てているのはそのルーツである「琉球王国」だ。琉球王国について詳しく知っている人はどのくらいいるだろうか。正直、私はほとんど何も知らなかったということを本展で知らされた。琉球王国は1429年から1879年まで存在した。日本では室町時代から江戸時代までにあたる。

本展の第1章で《東インド諸島とその周辺の地図(『世界の舞台』)》という16世紀の地図が展示されていたのだが(※5月29日に展示終了)、それを見て愕然とした。当時、世界の目から見ると、日本よりも琉球王国の方が存在感が大きかったことを示していたからだ。なぜなら琉球王国は中国をはじめ、日本、朝鮮半島、東南アジア諸国との貿易によって発展した海洋王国だったためだ。まさにアジアの架け橋として外交に長けていた一方、国内では高度な手業による種々さまざまな工芸品が発達した。絵画、木彫、石彫、漆芸、染織、陶芸、金工などがあるなか、私がもっとも目を奪われたのは漆芸だ。螺鈿や沈金、箔絵などで細やかに加飾された豪華絢爛な箱や盆、卓などが展示されており、かつての華やかなりし王家の暮らしを彷彿とさせた。当時、中国から最先端の工芸品類を輸入していた背景もあり、相当、目が肥えていたのだろう。王国内で豊かな文化が醸成されていたことを伝えていた。


首里城公園 首里城正殿(2014[平成26]年撮影)[画像提供:一般財団法人 沖縄美ら島財団]


そんな琉球王国の象徴とも言える首里城の再建や文化遺産の復元作品で本展は締められていたが、観覧後、なんだか夢から覚めたような気分になる。日本の明治政府によって琉球王国が沖縄県になってからというもの、ずっと困難や苦難の連続だったのではないか。我々はむしろ、そちらの現実の方を知っているからだ。琉球王国にかつて存在した高度な手業はいったいどこに消えたのか。日本はその貴重な文化や産業の多くを彼らから奪ってしまったことをもっと知るべきである。そんな複雑な思いに駆られた展覧会だった。


浦添市指定文化財 朱漆山水人物沈金足付盆(しゅうるしさんすいじんぶつちんきんあしつきぼん)
第二尚氏時代・16〜17世紀 沖縄・浦添市美術館蔵


公式サイト:https://tsumugu.yomiuri.co.jp/ryukyu2022/

2022/05/28(土)(杉江あこ)

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Nature Study: MIST

会期:2022/05/14~2022/05/22

nomena gallery Asakusa[東京都]

霧(きり)と霞(かすみ)、靄(もや)の違いをあなたは説明できるだろうか。霧は1km未満の距離で見通せる微小な水滴、靄は1km以上10km未満の距離で発生する微小な水滴のことで、霞はそもそも気象用語ではないという。その一方で、春に見えるものを霞、秋に見えるものを霧と呼び分ける文化が日本にはある。言われてみれば確かに「春霞」は春の現象だし、「霧雨」は秋の雨を指す。

そんな物事の根本を考えるきっかけを与えてくれたのが本展だ。最近、その名前と活躍をよく目にするコンテンポラリーデザインスタジオ、we+のリサーチプロジェクト「Nature Study」である。彼らは独自のリサーチ手法を「アーティスティックリサーチ」と呼び、ロジカルで多層的な思考に、フィールドワークや実験、感性的なアプローチを融合することを得意とする。今回、彼らがテーマにしたのが「ミスト」だ。驚いたのは、冒頭で触れたように「言葉と文学」からも丹念にミストとは何かのリサーチを試みていた点だ。言葉を大事にし、それをデザインの起点とするデザイナーを私はこれまであまり見たことがない。なんと感性豊かな人たちなのかと好感が持てた。


[Photo: Masayuki Hayashi]


またフィールドワークでは長野県中部にまたがる霧ヶ峰や、神奈川県箱根町にある大涌谷に赴いてミスト現象を自ら体験し、実験では噴霧器や湯沸かし器、ドライアイスなどで起こる現象を観察。これらが動画に収められ、公開されていた。ほかにインスピレーション源となった素材や装置、文献、さらに色水を使用したミストや、ファンで制御したミストなど実験的なプロトタイプを展示し、彼らの思考すべてを“見える化”するというユニークな発表が行なわれていた。


[Photo: Masayuki Hayashi]


そして奥のスペースへ進むと、インスタレーションが待ち構えていた。薄暗い空間の中に浮かび上がるミストはとても幻想的に映る。いくつもの彼らのリサーチを共有してもらった後だからだろうか、什器から沸くミストや壁越しに見るミストが格別に感じてしまった。彼らの目論見に見事にハマってしまったようだ。丁寧で複合的なリサーチは人々の共感を得やすい。デザイナーがデザインに向き合う姿勢として、今後、そうした姿勢が強く求められるように感じた。


[Photo: Masayuki Hayashi]



公式サイト:https://naturestudy.jp

2022/05/21(土)(杉江あこ)

佐藤卓 TSDO展〈 in LIFE 〉

会期:2022/05/16~2022/06/30

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

グラフィックデザイナーの佐藤卓は非常にバランス感覚の良い人だと、本展を観て改めて感じた。彼は世の中に広く流通する食品などの大量生産品のパッケージをデザインしたり、またアカデミックな展覧会のディレクションに携わったりする一方で、定期的に個展を開いて自らの作品を発表し、そのユーモラスな才能を発揮している。「公と私、外と内、客観と主観、他発と自発、デザインとアートのように対照的でありながら、それらに隔たりをつけるのではなく相互に関係させている」という解説はまさにそのとおりで、本展でもそれらを対比させるように1階に個展などで自発的に制作してきた作品を展示し、地下1階にデザインの仕事を展示していた。1階の会場に入ると、牛乳のパッケージを分解しアート化した作品や、歯磨き粉のようなチューブの口を巨大化した作品など、日常生活のどこかで見たことがあるような要素を織り交ぜた、キャッチーな大型作品が目に飛び込んできてワクワクさせる。佐藤卓ウォッチャーの私としてはどれも見覚えのある作品だったが、人々の心を即座につかむ能力にはやはり長けていると感心する。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー1階[写真:藤塚光政]


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー1階[写真:藤塚光政]


地下1階に降りると、これまでのデザインの仕事が整然と並んでいた。ある程度、佐藤卓およびTSDOのデザインの仕事を知っていると私は思っていたが、なかには「こんな商品まで!」と思う仕事も散見した。キャプションにはそんな気持ちを見透かしたような解説があり、参ったと思う。つまり佐藤卓の仕事としてよく語られる「ロッテ キシリトールガム」や「明治おいしい牛乳」などは、「デザインがデザインとして語られる仕事」と言えるが、実はそれに当てはまらない仕事もたくさんあることを知ったのだ。前者は往々にしてモダンデザインであることが多いが、かと言ってモダンデザインがデザインのすべてではないし、優劣を決める基準でもない。それを彼は熟知しているのだ。その点でプロフェッショナルに徹したデザイナーだと痛感する。また、別のキャプションでは地域で仕事をする際に心がけていることとして四つの事項が書かれており、そのひとつに「作品をつくらない」とあって腑に落ちた。自身の作風を第一にするデザイナーはある一定層いる。しかし佐藤卓は作品づくりへの欲求をデザインの仕事には持ち込まず、個展を自発的に開いて発表することで満たしてきたのだろう。そうしたバランスの取り方が、彼の健全さにつながっているように思えた。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリーB1階[写真:藤塚光政]



公式サイト:https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/jp/00000787

2022/05/18(水)(杉江あこ)

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