artscapeレビュー

FERMENTATION TOURISM NIPPON

2019年05月15日号

会期:2019/04/26~2019/07/08

d47 MUSEUM[東京都]

「発酵デザイナー」という肩書きがインパクトある小倉ヒラクは、以前からずっと気になる人物だった。もともと、彼はグラフィックデザイナーとしてキャリアを始めたのにもかかわらず、あるときから東京農業大学で研究生として発酵学を学んだという異色の経歴の持ち主である。現在は「見えない発酵菌のはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちとともに、発酵や微生物をテーマにしたプロジェクトに数々携わっている。そんな小倉がキュレーターを務める展覧会と知り、私は開催前から大変楽しみにしていた。

いざ観てみて、彼の底力を改めて思い知った。d47 MUSEUMは、毎回あるひとつのテーマに基づいて、全国47都道府県の産品を画一的に展示するスタイルを通している。しかし、小倉はその展示スタイルすらも変えてしまった。彼が行なったカテゴライズは、「海の発酵」「山の発酵」「島の発酵」「街の発酵」という地理的要素に基づいていた。そのなかで全国47都道府県の産品を展示していくことには変わりはなかったが、さらに「種類が被らないこと」「ルーツに忠実なこと」「現場に行くこと」といったルールを自らに課し、非常にマニアックなローカル発酵食品を揃えるに至ったのである。正直、実際に私が口にしたことのある発酵食品は10点もあるかないか、か。聞いたことも見たこともない発酵食品が大半を占めた。小倉はこの日本全国の発酵食品を巡る旅を8カ月かけてこなしたという。彼が旅先で感じた言葉、訪ねた景色や人々の写真に会場はぐるりと囲まれ、まさに彼の旅を追体験するような展示構成となっていた。


展示風景 d47 MUSEUM[写真提供:D&DEPARTMENT PROJECT]

本展を何よりすごいと思ったのは、一部、発酵食品の匂いを嗅げるようになっていた点である。というのも、発酵食品に欠かせないのは匂いだからだ。この点を小倉はよくわかっている。しかも私が鑑賞したのは会期初日だったため、それほど感じなかったが、会期中、その匂いは日に日に増してくる。展覧会として、これは前代未聞の挑戦と言っていいだろう。一次産業と二次産業をまたぐ発酵食品は、日本の土着産業のひとつである。日本を俯瞰するのに、これほど相応しいものはないのかもしれない。芳しい発酵食品を通して、連綿と続いてきた日本人の暮らしの一端を垣間見ることができる。


展示風景 d47 MUSEUM[写真提供:D&DEPARTMENT PROJECT]

展示風景 d47 MUSEUM[写真提供:D&DEPARTMENT PROJECT]


公式サイト:http://www.hikarie8.com/d47museum/2018/11/fermentation-tourism-nippon.shtml

2019/04/26(金)(杉江あこ)

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