2023年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

きりとりめでるのレビュー/プレビュー

山形一生《Blanketed Cubes》

会期:2022/02/09~公開中

オンライン・アーティスト・イン・レジデンス(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC])

19世紀半ばのある日、花嫁はロンドンにいて花婿はニューヨークにいた。二人は同じ時刻に示し合わせて、モールス符号を送り合い、判事のもとで結婚した。これは法的に認められ、花嫁は父親に無理やり決められた相手ではなく、自身が望む相手との結婚を見事成就させた。

このエピソードは、電信による同期と人間の愛をめぐる物語の始まりの瞬間を記述している。指先での操作ひとつが即時にどんな顛末を招くかは誰にもわからないという世界がスパイのものだけではなくなった証だ。いまも無数の人が自分のオンラインにおけるほんのひとつの操作の意味や影響を理解しながらも、おびただしくさまざまな行為を「実行」し続けている。山形一生はその指先の重さをじっと見つめる作品をつくり上げた。電信以来の世界における、不可逆かと思いきや可逆的で、緩慢かと思えば急転直下の選択にまつわる作品だ。


山形一生《Blanketed Cubes》(2022)
ゲームをプレイして現われる最初のシーン[筆者撮影]


《Blanketed Cubes》はインターネットブラウザでプレイできるスクリーンゲームで、キーボードのあるPCでの操作が推奨されている。これはゲームだけど、ゲームじゃない。何をされてしまうかわからない予感が漂う。プレイ画面の黒いブランクは、しきりにブラウン管をシミュレートするかのようにチラチラと揺れていた。

プレイヤーがゲームの主人公を使役してできることは、矢印キーで限られた空間を移動することと、エンターキーで主人公の手から丸い玉を発射させることだけだ。およその仕組みはたったこれだけだが、プレイヤーは多くのことを選択することになる。もちろん、制限されていることの方が格段に多く、プレイヤーの選択をよそに物語は言葉や音での断りもなく進み、終わりを迎える。セーブもなければ、ゲームプレイのログが残る機能もない。しかし、PCの通常機能を使えばスクリーンショットで記録できる。むしろ、その自発的な記録行為はこのゲームが許した自由といってもいいだろう。人生は突然始まり、いつか終わることは変えられないが、その過程の逡巡は尊いとでも言いたげなほどに。

世界初のオンライン結婚というべき冒頭の出来事は、その新規性によって歴史に残ることになったし、これを「オンライン」という言葉でインターネットとの連続性を串刺しにすることは、歴史を記述し、過去と未来を想像するうえで有用だ。飛躍するが、翻って、本作の射程は、このプレイは何かに見られているのだろうかという気味悪さの感覚にある。あらゆるオンライン接続のデバイスがあなたの情報を収集し続けていることに慣れ切っている半面、だれかひとりに見つめられている可能性には耐えられない?

たったひとり、起きては眠るあの人に何を届けよう。そんな眠りの君に向けた愛情。この顛末、ましてはそこに至るまでの逡巡を誰かに共有するなんて馬鹿げている。そう思わせる物語の陳腐さと、プレイのプロセスで得られる情動の稀有な確かさの同居が本作にはある。

2022/05/08(日)(きりとりめでる)

竹久直樹「スーサイドシート」

会期:2022/04/29~2022/05/22

デカメロン[東京都]

アーティ・ヴィアカントの《イメージ・オブジェクト》は、物理展示よりウェブサイトに掲載された作品写真の価値を高めるという転倒を起こした作品であり、ほとんどの人は記録写真しか目にすることがないなら、記録写真を作品にする方がいいという2010年代前半のイメージ論でもある。このとき、記録写真にとどまらないイメージはもうひとつのオブジェクトとして鑑賞者に提示されるのである。

展覧会「スーサイドシート」は、運転ができない作者の竹久直樹がロケでいつも車の助手席に乗るところに由来する。事故で真っ先に死ぬ席に乗るにつけてマクドナルドに寄り、帰ってはマクドナルドに寄ることが写真で、モニターではスマートフォンで写真のログを見直す様子の録画が流れる。モニターには、積み込み報告の写真、行き先のGoogleマップ、メモ用の写真。さまざまな用途の写真が流れる。たまにピンチインされる写真は、映り込んだものに対する撮影者の驚きや記憶を手繰り寄せたい様子を示す。マウスと同じサイズのミニカーは、ミニカーであると同時に「アエラスプレミアムらしきもの」であるがゆえに、あなたの背後にあるアエラスプレミアムのフロントの写真のようなものでもある。写真は死と指標性と偶発性によって語られてきたわけだが、車も竹久を死に近づける。その車の写真も実物も竹久にはいま同じに見えているのかもしれない。自作の前提となることを展示するにつけて、車を見ていたら写真は見えないし、写真をじっと見ていたらモニターも車も見えないインストール。それぞれは視界で交わることがないが、等質のものとして設置される。


「スーサイドシート」展示風景[撮影:竹久直樹]


「スーサイドシート」展示風景[撮影:竹久直樹]


《イメージ・オブジェクト》がオブジェクトよりもイメージにアウラを見出しうる時代の宣言だったなら、竹久はイメージもオブジェクトもシミュラークルも等価だ、あるいはすべては事故が起こる写真なのだと発したといえるだろう。もっと被写体と事故が選定された時代を語り得るものも今後見たい。写真の実在論としてのメメントモリ、indexの指示性と指標性、プンクトゥムとストゥディウムの往還、使用における身振り。これらとイメージ・オブジェクトを物差しにすることで、現在的な個人の写真のリアリティをさらりと示した展覧会で、面白かったです。


「スーサイドシート」展示風景[撮影:竹久直樹]



デカメロン/TOH「新宿流転芸術祭」:https://www.shinjukurutengeijutsusai.com/

2022/05/04(水・祝)(きりとりめでる)

COLLABORATION─TRANS BOOKS×GINZA TSUTAYA BOOKS

会期:2022/04/04~2022/05/08

銀座 蔦屋書店[東京都]

TRANS BOOKS」は2017年の11月3日の開催を皮切りに、過去にイベントスペースで3回開催され、2020年からはインターネット上で「TRANS BOOKS DOWNLOADs」を開催し続けているブックイベントだ。2022年4月から5月にかけては「銀座 蔦屋書店」とのコラボレーションフェアが開催された。


「COLLABORATION─TRANS BOOKS×GINZA TSUTAYA BOOKS 銀座 蔦屋書店」(2022)


中心的な企画者はアーティスト/ディレクターの飯沢未央、ウェブデザイナーの萩原俊矢、グラフィックデザイナーの畑ユリエであり、彼らの領域が混在することで、短期的なイベントながらひとつの生態系を育んできた。それは雑駁に「2010年代後半から現在にかかる日本語圏のメディアアウェアなプレイヤーたちの祝祭」とまとめることができるだろう。企画者のオファーで集うことになった、「本」だからできることを模索してきたものたちの出版物と、ある媒体固有の表現に注力してきた者たちによる「本」の新作が、一斉に陳列される。こういったきっかけ、舞台としてTRANS BOOKSは出展者も読者も魅了してきたのである。

即売会の醍醐味のひとつにつくり手との対話があるが、TRANS BOOKSに商品個別の売り子は存在しない。開けた空間に整然と本が並ぶさまは、Village Vanguardとは真逆ともいえるし似ているともいえる。「本」の傍らには同じフォーマットのキャプションが添えられていて、内容はGoogle formで企画者から投げかけられた問いに出展者が書き送ったものだ。キャプションは同時にすべてハンドアウトに掲載されていて、「本」を手に取らず買わずとも、展覧会のように本をブラックボックスのごとく鑑賞することができる。ただし、欲しいものがあれば店員さんに会計を頼む。これがTRANS BOOKSだ。


「COLLABORATION─TRANS BOOKS×GINZA TSUTAYA BOOKS 銀座 蔦屋書店」(2022)


今回、「本」のブラックボックス化は極に達した。フラッグで「形式」を問いながら、同じデザインの箱に作家名と作品名と短い説明が書かれた本がぽつんと置かれている。箱のサイズは展示台の大きさから逆算されたかと思わしきフィット感。「箱」をいざレジカウンターに持っていくと、店員さんが名刺サイズのハンドアウトのような紙をくれ、箱はもらえない。もちろん、この強固なフォーマットは情報にだけ施され、出品作自体を抑圧するものではない。差異を顕在化させるための規格化と斉一の問い。いままでのイベントと比べれば小規模だが、TRANS BOOKSが貫いてきた姿勢が凝縮された出店だったといえる。TRANS BOOKSは問いに徹してきた。ただし、問いへの多様な答えがどこでも展開できるほどに、問いのフォーマットを洗練させてきたブックイベントなのである。


「COLLABORATION─TRANS BOOKS×GINZA TSUTAYA BOOKS 銀座 蔦屋書店」(2022)



公式サイト:https://store.tsite.jp/ginza/event/architectural-design/25208-1546330303.html

2022/05/04(水・祝)(きりとりめでる)

新・今日の作家展2021 日常の輪郭/百瀬文

会期:2021/09/18~2021/10/10

横浜市民ギャラリー[神奈川県]

「わたしはあなたの個人的な魔女になる」。

百瀬文の映像作品《Flos Pavonis》(2021)で、遠く離れた地の知人に堕胎効果のある花を持って行こうとしたときに発せられたこの言葉を聞いたとき、自分自身のかつての経験について、まったく折り合いをつけられていなかったことがわかった。私と彼女が何を求めていたのか、そのとき、何に脅かされていたのかがわかっていなかったのだ。私が処置を提案した子が産まれ、祝福されるさまを見ていて、自己愛の強要でしかなかったかと思うと同時に、そのときに実は選択肢がなかったことを思い出す。「魔女になる」の一言がどれほどの具体的な救いであるか。船の上で堕胎手術を行なう団体の実際的な救済とはまた別に、この思想の伝播もまた救済である。

《Flos Pavonis》で女が強姦者の身体を反転させ馬乗りになり、自らの唾液でぬらした指を相手の口に押し込み、逃げる強姦者を目にした鑑賞者にとって、例えば「手籠め」という曖昧な言葉はどのような意味になりうるか。他者を圧倒的にあるいはうやむやに制したうえでの行為である。相手の自由を奪い、自己決定を無視することができる上で達するのだと提起される。そして、この地平から堕胎罪の存在を考えなくてはならないと。

本展で同時に展示された過去作《山羊を抱く/貧しき文法》(2016)。ヤギの空腹を待てば、百瀬は食紅で描いた絵をいつかヤギに食べさせることができるが、ヤギは顔をそむけ食べようとせず、百瀬との攻防が続く。百瀬がヤギを手籠めにせんとするときと、その紙を自分で食べると決めたとき。その二つの挙動が収められた作品の隣で、身体の自由を示そうとする百瀬。5年を経て、主題そのものでなく、その露悪性の経路が大きく変化したようだ。


公式サイト:https://ycag.yafjp.org/exhibition/new-artists-today-2021/

2022/05/01(日)(きりとりめでる)

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NITO10

会期:2022/04/08~2022/05/05

アート/空家 二人[東京都]

京急蒲田駅の近くの住宅街に、「ここ」と黒テープがべりべり貼られた一軒家、スペース「アート/空家 二人」がある。このスペースは勝ち抜き戦のような展示「NITO」を続けていて、今回で10回目。スペースの代表でアーティストの三木仙太郎が作家に声をかけて、初回展示の作家は1万円の作品を出展する。2回目の展示では2万円の作品を出展。その作品が購入されたら3回目があり、そこでは4万円の作品を出展することができるが、2回続けて売れなかったら卒業。良作が並ぶ。

iPhone13のカメラに搭載された「シネマティックモード」の浅い被写界深度のビデオ撮影を用いて、appleがアプリの達成として謳う、事後的に付与可能な「芸術的なフォーカス」で映像への陶酔や没入を疎外しつづける迫鉄平の映像作品《シネマティックモードノート》。


迫鉄平《シネマティックモードノート》(2022)シングルチャンネル・ヴィデオ 18分22秒


水質汚染に外来生物の増加に温暖化。環境問題の縮図ともいえる琵琶湖をめぐる市民活動や、固有種の魦(いさざ)の大量死とその環境の改善を、(市民運動を象徴し訴求力たりうる)リトグラフ、クロモカード(19世紀後半から、無料で配られていた版画広告カードを模した「いさざ」のふれこみ)と映像(Youtuberによる投稿動画の平均的な長さ、全編で不可能性のスリルを煽る)で扱う松元悠のシリーズ。3種の媒体で与えられる情報の質感の差は巧みだ。


左から順に
松元悠《せっけんと深呼吸(マキノ町)》(2020)リトグラフ、BFK紙
松元悠《湖魚とクロモカードセット その弐【魦】》(2022)リトグラフ、映像 漁師、駒井健也との共同開発[写真提供:滋賀県琵琶湖環境科学研究センター]
松元悠《3年ぶりに琵琶湖が深呼吸したお祝いに「いさざのなれ鮨」をつくる》(2022)映像、10分


松元悠《3年ぶりに琵琶湖が深呼吸したお祝いに「いさざのなれ鮨」をつくる》(2022)映像、10分


松元悠《3年ぶりに琵琶湖が深呼吸したお祝いに「いさざのなれ鮨」をつくる》(2022)映像、10分


このスペースの展示条件は多重に制作上過酷であるが、作家たちの適度な実験場として機能していることを願う。制作者側からしたら作品の商品化に向き合うスペースであり、来場者からしたら現代美術作品は商品であると自分の家を想いながら作品を観られるスペースであることは間違いない。


公式サイト:https://nito20.com/#about

2022/04/23(土)(きりとりめでる)

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