artscapeレビュー
村田真のレビュー/プレビュー
燃える東京・多摩 画家・新海覚雄の軌跡
会期:2016/07/16~2016/09/11
府中市美術館[東京都]
府中来訪の目的はこれ。1904年生まれの新海覚雄は、30年代の不況時から労働者を描き、戦後は日本美術会の創設に参加、砂川闘争をはじめとする平和運動や労働争議をモチーフに「ルポルタージュ絵画」を制作した画家。その後もメーデーのポスターや原水禁の版画を手がけるなど、バリバリの社会派でならした。ただし戦時中、いわゆる作戦記録画は描かなかったけれど、広い意味での戦争画は手がけた。銀行にお金を預ける人々を描いた《貯蓄報国》がそれだが、戦闘図ではなく銃後の生活を描いた穏やかなもの(本展には出ていない)。とはいえ貯蓄を奨励し、軍事費増強のプロパガンダを担った面は否めない。だから悪いというのではなく、もしこれも戦争画と呼ぶなら、社会派絵画とは紙一重かもしれないということだ。例えば1955年の国労の闘争を描いた《構内デモ》は、《貯蓄報国》などよりはるかに戦争画っぽい。いろいろ考えさせられる展覧会だ。しかし同展は「府中市平和都市宣言30周年記念事業」の位置づけで、出品作品約70点と半端でなく、しかもその大半を他館から借りているのに、なぜか常設展示室で行なわれている。また開催前には上から中止を含む再検討を指示されたという。どういうこと? それこそ戦争画の時代が近づいているんじゃないか?
2016/09/02(金)(村田真)
とことん!夏のびじゅつ(じ)かん
会期:2016/07/16~2016/09/11
府中市美術館[東京都]
夏休みの子供向け企画。「美術館で美術の時間を」ということで「びじゅつ(じ)かん」になった模様。幕末生まれの中村不折から山本麻友香までコレクションを使って、クイズや体験装置を通して楽しもうという趣向だ。清水登之のパリで描いた《チャイルド洋食店》、高松次郎の「影」、三田村光土里のサウンド・インスタレーション、富田有紀子の大きな花の絵など、テーマ展では一堂に会すことのない多彩な作品が並んでいた。山田正亮のストライプ絵画などは「いろのじゅんばんをかえてみよう」なんてやられて立つ瀬がない。奥の展示室には、まるでミニチュア模型みたいに航空写真を撮る本城直季と、その写真から本当にミニチュア模型をつくった寺田尚樹の「スモール・ワールド」があって、大人でも楽しめる。
2016/09/02(金)(村田真)
日伊国交樹立150周年特別展 アカデミア美術館所蔵 ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち
会期:2016/07/13~2016/10/10
国立新美術館[東京都]
ヴェネツィアのアカデミア美術館所蔵作品を中心とする展示。アカデミア美術館にはビエンナーレに行くたびに訪れるが、ウフィツィやヴァチカンに比べれば質量ともにかなり見劣りする。ヴェネツィア絵画を代表するティツィアーノはプラドをはじめ各国に分散してるからもともと少ないし、ティントレットはあるけど代表作はサンロッコ同信会館に集中してるし、自慢できるのはジョヴァンニ・ベッリーニ、カルパッチョ、それにジョルジョーネの《嵐》とヴェロネーゼの《レヴィ家の饗宴》くらい。もちろん今回は《嵐》も《レヴィ家の饗宴》も来てないけど、ベッリーニとカルパッチョは小ぶりながら特徴を備えた佳品が1点ずつ出品されている。ティツィアーノは2点あるけど、大作《受胎告知》は美術館ではなくサン・サルヴァドール聖堂から拝借して来たもの。でもこれ借りちゃったら祭壇は空っぽ? 出品点数は計57点と控えめで、なんだかヴェネツィア的な華やぎに欠けるなあ。
2016/08/31(水)(村田真)
「KOGEI かなざわ2016」記者発表
会期:2016/08/31
dining gallery 銀座の金沢[東京都]
金沢21世紀美術館の「工芸とデザインの境目」を中心に、秋に金沢市内で展開されるイベント「KOGEI かなざわ」の記者発表。冒頭で最新ニュースとして、東京国立近代美術館附属の工芸館が2020年までに金沢に移転することが決定したと発表。グッドタイミングですね。続いて、「KOGEI かなざわ」の核となる「工芸とデザインの境目」(2016年10月8日~2017年3月20日)について、同展監修のデザイナー、深澤直人から説明がある。工芸とデザインの違いはなにか? 工芸は職人が手でつくるけど、デザインは機械が大量生産するとか、工芸は古ければ古いほど価値が増すけど、デザインは新しければ新しいほど価値が高いとか。そんな両者の境目を提示していくという。これはおもしろそう。そのオープニングから3日間、金沢市内の工芸店やギャラリーを中心に「かなざわKOGEIフェスタ!」を開催。街全体で工芸に触れてもらおうという趣向だ。そのほか、「金沢21世紀工芸祭」(2016年10月13日~2017年2月26日)、「第3回金沢・世界工芸トリエンナーレ」(2017年1月21日~2017年2月11日)など、秋から来春にかけて工芸イベントが目白押し。こんなに工芸一色に染まっていいの?
2016/08/31(水)(村田真)
トーマス・ルフ 展
会期:2016/08/30~2016/11/13
東京国立近代美術館[東京都]
トーマス・ルフはドイツの現代写真を代表する作家のひとり。展覧会はよく知られた「ポートレート」シリーズから始まる。人の顔を正面から撮った写真だが、みんな有名人ではないし(ルフの友人たち)、どれも無表情でつまらない。そんなどうでもいい人のポートレートを、縦2メートル以上の大きさに引き延ばして並べているからおもしろい。被写体の属性に関心が向かない分、写真そのものを意識してしまう。これらの写真は「これらは写真である」と語っているだけなのだ。だからおもしろい。初期の「室内」シリーズも「ハウス」シリーズも基本的に同じで、ごくありふれた室内や建物をまるで「見本」のように撮っている。これらが80年代の作品で、90年ごろから天体写真「星」シリーズが始まるが、これは自分で撮った写真ではなく、天文台が天体望遠鏡で撮影したネガを元にしたもの。つまり天体を撮っているのではなく、天体を撮った写真がモチーフなのだ。同様のことはその後の「ニュースペーパー・フォト」「ヌード」「jpeg」「カッシーニ」と続くシリーズにもいえそうだ。これらはそれぞれ新聞に掲載された写真、インターネットのポルノサイトから拾ったヌード画像、圧縮されモザイク状に変容したデジタル画像、人工衛星から送られた天体画像を元にした作品で、一見バラエティに富んでいるけれど、すべて写真(画像)自体をモチーフにしている点で共通している。そして見ていくうちに気づくのは、ゲルハルト・リヒターとの近似性だ。「ニュースペーパー・フォト」はリヒターの初期のフォトリアリズム絵画を思わせるし、ネット上の画像を処理して虹色の画面を創出した「基層」シリーズは、リヒターの「アブストラクト・ペインティング」シリーズを彷彿させるし、「ヌード」シリーズの《nudes yv16》などは、リヒターの《Ema》そっくりだ。これは偶然ではないはず。リヒターが絵画による「絵画」を目指し、絵画の探求から写真に接近したとするなら、ルフは写真による「写真」を目指して絵画の世界に近づいたからだ。
2016/08/29(月)(村田真)