artscapeレビュー
トーマス・ルフ 展
2016年09月15日号
会期:2016/08/30~2016/11/13
東京国立近代美術館[東京都]
トーマス・ルフはドイツの現代写真を代表する作家のひとり。展覧会はよく知られた「ポートレート」シリーズから始まる。人の顔を正面から撮った写真だが、みんな有名人ではないし(ルフの友人たち)、どれも無表情でつまらない。そんなどうでもいい人のポートレートを、縦2メートル以上の大きさに引き延ばして並べているからおもしろい。被写体の属性に関心が向かない分、写真そのものを意識してしまう。これらの写真は「これらは写真である」と語っているだけなのだ。だからおもしろい。初期の「室内」シリーズも「ハウス」シリーズも基本的に同じで、ごくありふれた室内や建物をまるで「見本」のように撮っている。これらが80年代の作品で、90年ごろから天体写真「星」シリーズが始まるが、これは自分で撮った写真ではなく、天文台が天体望遠鏡で撮影したネガを元にしたもの。つまり天体を撮っているのではなく、天体を撮った写真がモチーフなのだ。同様のことはその後の「ニュースペーパー・フォト」「ヌード」「jpeg」「カッシーニ」と続くシリーズにもいえそうだ。これらはそれぞれ新聞に掲載された写真、インターネットのポルノサイトから拾ったヌード画像、圧縮されモザイク状に変容したデジタル画像、人工衛星から送られた天体画像を元にした作品で、一見バラエティに富んでいるけれど、すべて写真(画像)自体をモチーフにしている点で共通している。そして見ていくうちに気づくのは、ゲルハルト・リヒターとの近似性だ。「ニュースペーパー・フォト」はリヒターの初期のフォトリアリズム絵画を思わせるし、ネット上の画像を処理して虹色の画面を創出した「基層」シリーズは、リヒターの「アブストラクト・ペインティング」シリーズを彷彿させるし、「ヌード」シリーズの《nudes yv16》などは、リヒターの《Ema》そっくりだ。これは偶然ではないはず。リヒターが絵画による「絵画」を目指し、絵画の探求から写真に接近したとするなら、ルフは写真による「写真」を目指して絵画の世界に近づいたからだ。
2016/08/29(月)(村田真)