2020年01月15日号
次回2月3日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

村田沙耶香×松井周 inseparable『変半身(かわりみ)』

会期:2019/11/29~2019/12/11

東京芸術劇場[東京都]

松井周と村田沙耶香が取材旅行を通じて、共作というかたちでつむがれた架空の島の物語が、同じタイトルを共有しながら、演劇と小説という2種類の形式で作品化された。2人は、外界と地理的に閉ざされた場所であるがゆえに成立する小さな社会のコスモロジーを創造するわけだが、もちろんそれは現在の日本の状況とも呼応している。

さて、演劇の方は、島の祭りで亡くなったはずの弟が突然蘇ることによって、海と山のコミュニティに波紋を起こす。そして国生みの神話を背景に、島で発掘されるレアゲノムによって異種交配する人類の進化と終焉といった、壮大な物語に展開していく。筆者もそうだったが、予備知識なしに鑑賞したら頭がくらくらするような終盤の展開は、ほとんど予想がつかないだろう。しかしながら、スケール感のでかい内容に対し、舞台美術は海が見える風景ではなく、基本的には室内である。すなわち、日が射して、大きなガラス窓のあるコンクリートの建物という小さな空間だ。だが、その外部の社会構造と変容を想像させながら、住民の会話は進行し、存在してはいけないはずの弟が出現すると、世界のタガが外れていく。祝祭と狂気、笑いと不道徳、そして悲哀。演劇という方法でしか享受できない体験を通じて、アンチ・ヒューマニズムの未来を目撃させる作品だ。

かたや小説版の『変半身』は、設定は同じだが、作品内に登場する奇祭を別の角度から解釈している。すなわち、若い登場人物が島を脱出し、生活の拠点を変え、大人になることによって、身も蓋もない外部からの視点も導入されるのだ。こちらはある意味メタ視点であり、都合がいい歴史修正主義に対する批評性をもつ。小説版は、演劇とはだいぶ違った切り口のまま終わるような印象を読み手に与えるが、ラストのぶっ飛び方は演劇とも共振している。

特に小説だけに、祭りによって「ニンゲン」が終わると、言語そのものが書き換えられていく。そして見開きのページが、「ポーポー」というオノマトペの群れで埋めつくされる。途中の経緯こそ異なれど、結論は同じなのだ。なるほど、演劇と小説の2作品は、セットで楽しむことができる。いや、プロジェクト名に掲げられていたように、両者は「inseparable」=切っても切れない関係なのだ。

公式サイト:
http://samplenet.info/inseparable/ [演劇版]
https://www.chikumashobo.co.jp/special/kawarimi/ [書籍版]


関連レビュー

村田沙耶香×松井周 inseparable『変半身(かわりみ)』|高嶋慈:artscapeレビュー(2020年1月15日号)

2019/12/06(金)(五十嵐太郎)

オープンしなけん2019 vol.2

会期:2019/11/30

東京都品川区内の各地、大崎第一区民集会所(クロージングトークのみ)[東京都]

和田菜穂子らの東京建築アクセスポイントの企画により、品川区の建物公開を1日限りで行なうオープンしなけんのイヴェントに参加した。2019年の3月に始まり、今回で2回目だという。

ひとつは早朝、住宅街にたつ土浦亀城邸(1935)を見学した。考えてみると、学生の時以来なので、四半世紀以上ぶりの再訪となる。同じ住宅をこれだけ間をおいて再び足を運んだのは初めてかもしれない。やはり、だいぶ痛んでいるが、垂直方向に旋回していく空間の展開は十分に堪能できる。ミース・ファン・デル・ローエによるブルノの豪邸トゥーゲンハット邸(1930)と比べると、全然小さい建築だが、複雑な立体構成では決して引けをとらない。すなわち、狭い敷地内で展開される洗練されたデザインに、日本モダニズムの真骨頂を感じる。

もうひとつは、御殿山トラストシティの背後にひっそりとたつ磯崎新の茶室「有時庵(うじあん)」である(壁で隔てられているが、原美術館のすぐ近く)。外観は円と方形を組み合わせた磯崎らしい観念的な形態操作が目立つが、内部の空間は官能的なデザインだった。磯崎の両極のような特徴が、小さい茶室ゆえに凝縮して共存しているのが興味深い。



磯崎新が設計した茶室「有時庵」の外観。円と方形を組み合わせた観念的なデザイン。


「有時庵」の内部。茶道具を納める水屋の様子。


「有時庵」の内部。チタニウムの壁面が醸し出す官能的な空間デザイン。


「有時庵」の内部。貴人口から床の間を見た景色。

夕方からは、クロージングトーク「建築をひらく」のゲストとして登壇した。磯達雄、倉方俊輔の両氏からは、見学した建築の振り返りと同時に、イケフェス大阪の状況が語られた。また若原一貴からは、品川区の建物を悉皆調査し、様々な発見があったことも付け加えられた。

こうした建物公開は、ロンドンやシカゴなど世界各地で行なわれているが、筆者のレクチャーでは、日本のアートイヴェントを通じた建物公開や「open! architecture(オープン・アーキテクチャー)」の試みを取り上げた。前者では、主に筆者が芸術監督をつとめたあいちトリエンナーレ2013において、出品する建築家の住宅を公開したり、愛知県の建築ガイドを作成したことなどを報告した。そして後者では、建築史家の斉藤理が2008年から開始した「open! architecture」が、ときには音楽鑑賞などのプログラムを組み合わせていたことを紹介した。現在、公式サイト(http://open-a.org/)を見る限り、「open! architecture」の活動は停止中のようだが、その意志を継いださまざまな建物公開のイヴェントが日本各地で増えているのは頼もしい。

公式サイト:https://shinaken.jp/

2019/11/30(土)(五十嵐太郎)

第一回「山田幸司賞」授賞式

会期:2019/11/23

大同大学[愛知県]

10年前の2009年11月に不慮の事故で亡くなった名古屋の建築家、山田幸司(1969-2009)の名前を冠した第一回「山田幸司賞」の授賞式を、彼が勤めていた大同大学において開催した。彼は地方都市に拠点を構え、流行に迎合せず、いち早くCADを用いたディテールへの探求と、師‏・石井和紘が得意とするポストモダンと、ハイテクをアレンジしたデザインを武器にした建築家である。そこで筆者を含む建築系ラジオのメンバーが彼の功績を記念し、作品ではなく、人間に対して付与する賞を創設した。応募の文章から引用するならば、「この賞は、幅広い学歴や多様な経歴から未来を切り拓く建築人を応援するための賞です。つまり「山田風」のデザインを取り上げたいのではなく、彼の生き様と響きあう建築家に出会い、顕彰したいのです」。彼の存在がきっかけで始めたインターネットを活用する建築系ラジオの広告収入が残っていたことから、それを原資として立ち上げた。残額から計算すると、2年に一度開催し、5回は継続できる計算だ。

さて、賞の審査では、履歴書に大学院に落ちたことや事務所をクビになったことなど、通常はわざわざ触れない情報も、むしろ積極的に記されていたことが、山田賞の独特な性格を示していたように思う。議論の結果、倉敷で民家的な現代住宅や民家の再生などの設計のほか、地域のアート活動を支援する山口晋作が、第一回の山田賞に選ばれた。彼は土木を学んだ後、豊橋技術科学大学の大学院で建築を専攻し、建築史を研究してから、地元に戻った建築家である。かつて建築系ラジオのリスナーだったという。



山口晋作、倉敷建築工房山口晋作設計室(2008再生)




山口晋作、瀬戸内の現代擬洋風(2013新築)




山口晋作、茅葺き屋根の記憶(2012新築)


また本賞に加えて、海外旅行での屋台経験から仮設建築の可能性を探求する大阪の今村謙人も、特別賞として選ばれることになった。彼は新婚旅行を兼ねた世界一周旅行の途中、メキシコで自ら屋台を出したことがきっかけで、地元や日本の各地域で実験的な屋台を展開し、街づくりにも取り組んでいる。授賞式の後に行なわれた2人のレクチャーでは、やはりともにユニークな建築人であることが確認された。また建築系ラジオが大同大で行なっていたスーパークリティックも開催され、受賞者が学生の作品講評に参加した。


今村謙人、mini屋台



今村謙人、momonoマルシェ@泉北ニュータウン(©︎堀越)



今村謙人、おとずれリバーフェスタ@山口県長門湯本温泉(©︎fantas)

五十嵐太郎研究室 関連ページ:https://igarashi-lab.tumblr.com/post/山田幸司賞の結果

2019/11/23(土)(五十嵐太郎)

JCD連続デザインシンポジウム 「内田繁のデザインを考える」

会期:2019/11/15

東京デザインセンターB2F ガレリアホール[東京都]

東京デザインセンターにおいて、2016年に亡くなったデザイナーの内田繁をめぐるシンポジウムに登壇した。飯島直樹は初期のエピソードのほか、内田がJCDのアワードを改革したことに触れ、長谷部匡は内田のデザインの変遷を紹介し、筆者は著作から読み解くことができる彼の考え方の展開を報告した。内田が構造主義や日本文化から影響を受けつつ、「関係の先行性」や時空間を巻き込む独自のデザイン論を展開し、ついには戦後インテリアデザインの通史まで自ら執筆したことが興味深い。

特に単著の『戦後日本デザイン史』(みすず書房、2011)と内田繁監修・鈴木紀慶・今村創平『日本インテリアデザイン史』(オーム社、2013)は、ほとんど初めて日本のインテリアデザインの歴史を執筆した本という意味で重要だろう。前者は、最初に3つの視点を挙げている。すなわち「ひとつは、すべて網羅しようとはしないこと。……後世のために重要だと思うものを取り上げた。……ふたつ目は、できるだけ多くのジャンルにまたいで記述すること。……時代ごとにできるだけ横のつながりが見えるような構成を心がけた。そして三つ目は自分の体験を踏まえること。……生の声が貴重だとしたならば、記録に留めることには意味があるであろう」。

もちろん、歴史研究者の著作ではない。むしろ、戦後デザインが大きく変動する現場に立ち会った人物が、どのように同時代を観察したのかという側面が強い。とはいえ、インテリアだけでなく、グラフィック、ファッション、建築、アートなど、異なる分野を自由に横断するデザイン史は読み物としても大変に刺激的だ。

以下にディケイドごとのあらすじを紹介しよう。1960年代は建築からインテリアが自立、1970年代は商業空間を中心にインテリアデザインがゲリラ的に展開、そして1980年代になると、「社会制度と個別性の関係」は色褪せ……「個人の固有性」が前面に出て、脱日常的な空間に重点が置かれた。さらに1990年代は日常性に回帰し、2000年代以降は環境の時代になったという。戦後の日本建築史と並行する部分も多く、今後の比較研究もできるのではないだろうか。



デザインシンポジウム 「内田繁のデザインを考える」より、飯島直樹の発表風景



デザインシンポジウム 「内田繁のデザインを考える」より、長谷部匡の発表風景


デザインシンポジウム 「内田繁のデザインを考える」より、筆者(五十嵐太郎)の発表風景



シンポジウム後半、内田繁について討議する3人の登壇者。

2019/11/15(金)(五十嵐太郎)

辰野金吾と日本銀行、辰野金吾と美術のはなし

日本銀行金融研究所貨幣博物館、東京ステーションギャラリー[東京都]

今年は辰野金吾(1854~1919)に関する展覧会が2つ開催された。今年が彼の没後100年にあたることが、その理由である。藤森照信の解説によれば、辰野はいずれも東京の顔となる国家的な建築、東京駅、日本銀行、国会議事堂を手がけたかったらしいが、よく知られているように最初の2つは実現しており、これらに関連した会場で展覧会が企画されたことになる。

ひとつは貨幣博物館の常設展示エリアにおける小企画「辰野金吾と日本銀行」展である。旅のスケッチ、トランク、手紙、竣工当時の図面、日本銀行が描かれた錦絵、彼が手がけた他の日本銀行(大阪、京都、小樽)の写真などが紹介されていた。ちなみに、日本銀行旧小樽支店金融資料館でも「辰野金吾と日本銀行建築」展が開催されている(2019年11月15日~2020年2月18日)。国内で同時に展示が行なわれるとは、さすがである。

ところで、貨幣博物館の向かいに、本物の日本銀行がたっているのだから、細部の見方を解説するハンドアウトを配布すれば、会場を出てから、それを手にしてじっくり建築を観察できるのに、そうした工夫がないのが惜しい。実物の立地を生かしきれていないのだ。また展示にあわせて新規のカタログを制作しているのに、全然それ(本物の日本銀行の所在)を見せないのももったいない。たぶん来場者はわからないだろう。

もうひとつが東京ステーションギャラリーの「辰野金吾と美術のはなし」である。ここは以前、大きな辰野展を開催していたので、どうするのかと思ったら、ワンフロアのみを使う小企画だった。洋行の資料や東京駅の図面を紹介するのはお約束だが、イギリスの留学先で出会った洋画家の松岡壽との関係から辰野を探る切り口を設定したことが、今回の新機軸だろう。また各部屋の内装計画や有名画家による室内画にも触れていた。そして筆者が東京大学の建築学科の学部生だったときにデッサンしたのと同じアリアス胸像が思いがけず展示されており、懐かしい気持ちになった。松岡が用いた石膏像で、その保存に辰野が尽力したらしい。

冒頭では、後藤慶二による辰野建築を集合させた絵画を紹介していたが、改めて見ると、おそらくネタ元であるジョン・ソーン/ジョセフ・マイケル・ガンディーの作品に比べて、表現が拙い感じがする。ちなみに、辰野の100種類以上のスケッチを自由に組み合わせて、オリジナルのトートバッグやTシャツを制作できるコラボレーション企画は良かった。

□ 辰野金吾と日本銀行
会期:2019/9/21〜2019/12/8
会場:日本銀行金融研究所貨幣博物館


□ 辰野金吾と美術のはなし
会期:2019/11/2〜2019/11/24
会場:東京ステーションギャラリー

2019/11/15(日)(五十嵐太郎)

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