artscapeレビュー
五十嵐太郎のレビュー/プレビュー
石巻の震災遺構
[宮城県]
1年半ぶりに石巻を回り、昨年オープンした《石巻市震災遺構》門脇小学校を訪れた。背後が崖になっており、手前の校庭はおそらくその領域と広さがわかりにくくなったため、道路側に門柱を復元している。門脇小学校は津波に襲われただけでなく、火災も発生し、焼けただれた跡が痛々しい建築だった。それゆえ、一時は解体の声が上がっていたが、震災遺構として保存することになり、維持管理のコストを抑えるために、両ウィングの部分をカットし、全体のボリュームを減らしている。プロポーションはおかしくなるが、こうした手法は近代建築の保存でもたまに行なわれており、前例がないわけではない。
学校、チューブ、屋内運動場(門脇小学校)
さて、ここでは被災した建築を部屋の外から覗く観察棟をつくる一方、被害が少なかった特別教室棟と屋内運動場は展示空間として再生されている。また校舎の右脇に海とかつての住宅地(現在は津波復興祈念公園)を望む、チューブ状の空間が張り出す。1階は津波被害によりモノが散乱し、天井が壊れているが、2階と3階はむしろ火で焼かれた現場のために、黒焦げになった机や椅子の位置はそのままだった。改めて考えると、火災が起きた建築をそのまま保存する事例は珍しい(なお、在校していた児童に死者はいなかった)。また屋内運動場に仮設住宅の実物を設置しているが、意外にこうした展示はこれまでの伝承館になかった。特別教室棟の展示も、ポエム的なパートを除くと、とても充実した内容である。
津波が直撃した1階(門脇小学校)
焼けた3階(門脇小学校)
仮設住宅の展示(門脇小学校)
みやぎ東日本大震災津波伝承館がある石巻南浜津波復興祈念公園は、一部、破壊された建築の基礎を残したり、住宅街のときの道路割を踏まえたランドスケープを展開している。ただ、座るベンチはわずかで、子供が遊ぶ雰囲気もあまりない。メモリアルの場所とはいえ、せっかくの広大な空間がもったいないように思われた。「がんばろう石巻」の看板を置く市民活動のエリアのみ、異空間として飲食などの居場所が存在する。
今回は、被災状況の展示があるかを確認すべく、再開した《石ノ森萬画館》にも立ち寄った。展示エリアにはまったくないため、もうないのかと思ったら、最上階のカフェの横にわずかながら当時の状況を説明する写真が貼られていた。津波到達点を示すマークを見ると、1階の物販エリアの柱の上の方まで届いている。ゆえに、上階の展示や貴重な資料は被害を受けなかったが、機器が損傷し、しばらく空調管理ができなかったため、資料はすべて石森プロダクションに返却したという。
当時の被災状況の説明写真(石ノ森萬画館)
1階ショップのガラスに津波遡上高が示されている(石ノ森萬画館)
また隣にある《旧石巻ハリストス正教会教会堂》を再訪した。これも311で被災した明治時代の木造の教会だが、流されず、修復を終えている。そもそも別の場所に建っていた教会だが、1978年の宮城県沖地震で被災し、現在の場所に移築・復元されたものだった。すなわち、震災と津波によって、2回も被害を受けた建築である。
説明パネル(旧石巻ハリストス正教会教会堂)
石巻市震災遺構:https://www.ishinomakiikou.net/
石巻南浜津波復興祈念公園:https://ishinomakiminamihama-park.jp/about/
石ノ森萬画館:https://www.mangattan.jp/manga/
旧石巻ハリストス正教会教会堂:https://www.city.ishinomaki.lg.jp/cont/20102500/1482/1482.html
2023/09/29(金)(五十嵐太郎)
ほそくて、ふくらんだ柱の群れ ─空間、絵画、テキスタイルを再結合する
会期:2023/09/19~2023/09/29
オカムラ ガーデンコートショールーム[東京都]
昨年までオカムラ・デザインスペースRで展示を企画していた建築史家の川向正人の役割を、今年から筆者が担当することになり、会場も原っぱをイメージした「OPEN FIELD」という名前に刷新した。そして建築家の中村竜治、テキスタイル・デザイナーの安東陽子、アーティストの花房紗也香の3名に声がけし、異なる分野のコラボレーションによって新しい空間をつくることを依頼した。
「ほそくて、ふくらんだ柱の群れ」展示風景
花房は画家なので、当初は壁やカーテンが入る、ピクチャレスクなインテリア・ランドスケープが出現することを想定していたが、中村は三者を密接に結びつける柱の形式を提案し、予想を超えるチャレンジングな企画となった。すなわち、天井と柱身をつないで構造を安定させるテキスタイル製の柱頭と、自律性が強い絵画の平面性を解体するように柱身に巻き付いた絵は、それぞれ安東と花房にとって、初めて試みる表現である。通常、建築にとってテキスタイルは装飾的な役割を果たすが、ここでは摩擦力によって柱が倒れないように作用し、構造の要となる柱頭に変容した。
テキスタイル製の柱頭
また花房は、個人的な出産体験を踏まえ、半透明な筒状の絵画を構想した。今回は2枚の絵を描き、それぞれを5分割して筒にプリントしている。ゆえに、具象的なイメージではなく、抽象的な作品にしたという。もともと花房の作品は、絵の中に複数のレイヤーを重ねた室内が描かれることが多いが、今回は彼女の絵が断片化しながら室内に散りばめられ、柱の森をさまよううちにイメージが統合されるような鑑賞体験がもたらされた。
トークの準備中
ところで、中村によるエンタシスのある多柱の空間は、ギリシアや法隆寺など、古代の建築にも認められる。高さに対する柱間のプロポーションだけでいえばエジプトの神殿に近いが(神殿の柱は異様に太い)、一方で細い柱の整然としたグリッドの配置は、近代のユニバーサル・スペースとも似ていよう。だが、モダニズムに柱頭やエンタシスは存在しない。絵画が統合された建築は、前近代的でもある。そして手づくりのかわいらしい(おいしそうでもある)テキスタイルの柱頭は、職人が制作したロマネスクの柱頭を思い出させる。かくして「ほそくて、ふくらんだ柱の群れ」は、これまでになかった現代的なデザインと、クラシックな感覚を併せもつインスタレーションとなった。
中村による什器と、安東・花房の作品集
手前はオカムラの社内コンペで選ばれた麻生菜摘による什器。柱を切断し、積み木のように組み立てる
廊下からの風景
ほそくて、ふくらんだ柱の群れ ─空間、絵画、テキスタイルを再結合する:https://www.okamura.co.jp/corporate/special_site/event/openfield23/
2023/09/19(火)(五十嵐太郎)
Made in Takarazuka vol.4 入るかな? はみ出ちゃった。~宮本佳明 建築団地
会期:2023/09/16~2023/10/22
宝塚市立文化芸術センター[兵庫県]
宝塚市立文化芸術センターでは、市にゆかりのあるアーティストを紹介するシリーズを企画しており、その第4弾として宮本佳明の建築展が開催された。「入るかな? はみ出ちゃった。」という不思議なタイトルは、彼の実作についていずれも原寸大の模型を並べているからで、住宅《SHIP》(2006)、《澄心寺庫裏》(2009)の屋根、《香林寺ファサード改修》(2015)などの一部が展示室に貫入したかたちになっている。またそれほど大きくない《クローバーハウス》(2006)や《elastico》(2010)は、内壁の輪郭をなぞり、展示室内に収まっている。
「入るかな? はみ出ちゃった。~宮本佳明 建築団地」展示風景。《SHIP》(奥左)、《「ゼンカイ」ハウス》(奥右)の部分ボリューム
右は《澄心寺庫裏》の屋根ライン
会場からはみ出る各建築のボリュームを示す概念模型
以前、筆者はKPOキリンプラザ大阪の展示コミッティとして、「宮本佳明展 巨大建築模型ミュージアム ─環境ノイズエレメントを解読し、都市を設計せよ─」(2005)を企画したが、このときも大きな模型を用いていた。また芸術監督を務めたあいちトリエンナーレ2013では、愛知芸術文化センターの吹き抜けにおいて、宮本は1/1のスケールで福島の原発の図面をなぞっている。今回は10作品のボリュームを再現しているが、会場からはみ出る部分を想像させて興味深い。
(奥から)《香林寺ファサード改修》、《クローバーハウス》の平面
筆者は5作品を訪れたことがあり、それぞれの空間体験も思い出した。アートと違い、実物を展示できないのは建築展の特徴だが、これはきちんと大きさを伝える試みだろう。大きな模型という意味では、「第5回ヒロシマ賞受賞記念 ダニエル・リベスキンド」展(広島市現代美術館、2002)が各部屋にちょうどぎりぎりで入るサイズで、さまざまなプロジェクトの巨大模型を挿入していた(ゆえに、縮尺はばらばら)。なお、宮本の最新の仕事となる、村野藤吾の《八幡市民会館》(1958)をリノベーションする《北九州市立埋蔵文化財センター》のセクションでは、完成前ということで、通常の模型と建築への介入を料理法的に説明するパネルを並べている。
リノベーション進行中の《北九州市立埋蔵文化財センター》模型
宮本展と連動し、会場から歩いてすぐの《「ゼンカイ」ハウス》(1997)が公開中ということで、20年ぶりくらいに再訪した。これは阪神淡路大震災によって全壊判定を受けた宮本の実家を解体せず、事務所にリノベーションした彼の代表作である。ちなみに、東日本大震災の後は、ここまで衝撃的かつ批評的な作品は登場しなかった。当初は鉄骨を木造家屋に突き刺した異形の外観だったが、いまや街に溶け込み、思わず通り過ぎてしまう。内部はあまり変わっていないが、右隣の空き地は消え、左隣の建物も事務所化し、そこに大量の資料を入れている。
《「ゼンカイ」ハウス》外観
《「ゼンカイ」ハウス》内部
入るかな? はみ出ちゃった。~宮本佳明 建築団地:https://takarazuka-arts-center.jp/post-exhibition/post-exhibition-3692/
2023/09/18(月)(五十嵐太郎)
建築学生ワークショップ仁和寺2023
会期:2023/09/17
仁和寺[京都府]
毎年恒例の建築学生ワークショップは、これまで伊勢神宮や出雲大社など、日本各地の聖地で開催されてきた。そこに全国から集まった学生のチームが、1日だけの仮設構築物をつくるプログラムである。その魅力は以下の通り。普段は絶対に建てられない歴史建築のそばで作品をつくれること。模型や提案に終わらず、実寸のスケールで建てることで、リアルな空間体験ができること。セルフビルドで材料の重さや強度を体感できること。異なる学校や学年から構成されるグループを通じて、共同作業を学べること。そして多様な分野のプロフェッショナルが講評に参加するため、意匠、歴史、構造、美術、デザインなどさまざまな視点から批評を受けられることである。さて、今年は仁和寺が舞台となり、ついに初の京都開催となった。もっとも、二王門の北側が公開プレゼンテーションの会場だったため、炎天下のもと9時間、世界でもっとも過酷な講評会が行なわれた。
仁和寺の五重塔
最後は10作品に対し、投票で点数が入り順位が付けられたが、個人的に気になった4作品について触れたい。まず2位に入賞したgroup 3は、五重塔に対峙しつつ、歩くと、音が鳴る仕掛けを導入していたが、歴史建築への読解は表面的だった。仁和寺の五重塔は、逓減率が低いという造形的な特徴をもつことに加え、17世紀にあえて和様でつくっており、意図的に復古的なデザインを選んでいる。こうした固有性を無視すると、五重塔=シンボリックという記号的な捉え方になってしまい、醍醐寺、東寺、法隆寺など、どこの五重塔でも同じ案が成立してしまう。
group 3の作品《さとる》
今回、興味をもったのは、イメージの喚起力が強い、キャラクター性をもった作品である。ヘリウムを使って、数多くの小さい箱型のボリュームを浮かせたgroup 6の作品は、風によって動き、途中から、門の真ん中を通る龍のように見えた(3位)。また綿と倒木を用いてアクロバティックに構造を成立させたgroup 5は、毛を刈り取らないまま放置された羊が大変なことになった状態を想起させて、ユーモラスだった(1位)。一方、ワークショップでよく用いられる竹ではなく、苔や鉋屑(かんなくず)などユニークな素材を使った班はほかにもあったが、ちぐはぐな導入だったため、うまく全体的なイメージの喚起力を獲得できなかった点でで、ヘリウムや綿の作品と命運が分かれた。
二王門とgroup 6の作品《こゆるり》
group 5の作品《わ》
縄を活用したgroup 4はあまり評価されず、入賞しなかったが、まず遠くから眺めたとき、経堂に対して程よいボリュームで斜めから対峙している、大きな蜘蛛のように感じられた。しかも長い脚が出ている鬼=モンスター。ただ、近付いて説明を聞くと、その内部に上空を見上げる求心的な空間があることが重要だった。講評では「それが目的ならば、乖離したような外観は何なんだ」と批判されていたが、筆者はそのギャップを興味深く感じた。例えば、ゴシック建築は内部に聖なる空間を実現するために、外部に構造をむき出しにすることで結果的にグロテスクな風貌になっている。それと同じことが起きているのではないか。ただし、本作品に内外を隔てる壁はない。つまり、group 4の作品には、スパイダー・ゴシックという強いキャラクター性がある。
group 4の作品《鏡心》を遠くから
《鏡心》内部からの眺め
建築学生ワークショップ:https://ws.aaf.ac/
2023/09/17(日)(五十嵐太郎)
アニメーション美術の創造者 新・山本二三展 ~天空の城ラピュタ、火垂るの墓、もののけ姫、時をかける少女~
会期:2023/07/08~2023/09/10
浜松市美術館[静岡県]
浜松市美術館を訪れ、今年の8月に亡くなったアニメ背景美術の巨匠の展覧会、「新・山本二三」展の最終日に駆け込みで入った。1969年以降、彼は『サザエさん』(1969-)、『一休さん』(1975-82)、『未来少年コナン』(1978)から、『天空の城ラピュタ』(1986)、『火垂るの墓』(1988)、『天気の子』(2019)まで、数多くの作品を手がけ、ゲームの美術や絵本の挿絵も描いている。ジブリの宮崎駿のような有名性はないが、おそらく、ほとんどの日本人は知らない間に山本の絵に慣れ親しんでいるはずだ。また実際、会場では親子連れが目立ったが、親も子も楽しめる内容だろう。今回のタイトルに「新」と付いているのは、2011年に神戸市立博物館で始まった「日本のアニメーション美術の創造者 山本二三」展がその後も全国で巡回していたからだ。2014年に筆者は静岡市美術館で鑑賞し、映画館で大きく伸ばしても耐えられるよう、小さな絵に細部を緻密に描く手技に感心させられた。新旧両方の展示のカタログを比較すると、131ページから231ページに増えており、単純にボリュームからも内容が充実したことが確認できる。なお、前回の展示では、最初の会場であった神戸を舞台とすることから『火垂るの墓』を詳しく取り上げており、担当学芸員の岡泰正の論考は今回のカタログに再録された。
山本はもともとカメラマンに憧れ、絵を描くことが好きだったが、それでは食っていけないということで、夜学の大垣工業高校定時制建築科を卒業後、働きながら、アニメーションの専門学校に入ったという。彼が図面やパースの技術を学んだ経験は、キャラではなく空間を表現する背景美術の仕事に生かされており、今回の展示では高校時代の設計課題も紹介されていた。なるほど、しっかりと建築の室内外を描いている理由として納得が行く。展示全体を通していくつかのテーマが設定されており、第1章「冒険の舞台」(『ルパン三世 PART2』[1977-80]など)、第2章「そこにある暮らし」(『じゃりん子チエ』[1981-83]など)と続く。第3章「雲の記憶」(『時をかける少女』[2006]など)と第4章「森の生命」(『もののけ姫』[1997]など)では、「二三雲」と呼ばれる独特な雲の表情や、作品の世界観を決定する森や自然に注目する。そして第5章「忘れがたき故郷」では、2010年から2021年にかけて全100点を完成させたライフワークである、生まれ育った五島列島の風景画シリーズを取り上げる。なお、浜松市美術館では、特別に浜松城を描いたドローイングも出品されていた。
アニメーション美術の創造者 新・山本二三展 ~天空の城ラピュタ、火垂るの墓、もののけ姫、時をかける少女~:https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/artmuse/tenrankai/nizou.html
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「架空の都市の創りかた」(「アニメ背景美術に描かれた都市」展オープニングフォーラム)|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2023年07月01日号)
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2023/09/08(金)(五十嵐太郎)