2021年03月01日号
次回3月15日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

建築学生ワークショップ東大寺2020

東大寺 大仏殿 北側[奈良県]

毎年秋の恒例となっている、NPO法人アートアンドアーキテクトフェスタが主催する建築学生ワークショップだが、今年はコロナ禍によって筆者がレクチャーを行なう予定だった説明会がキャンセルされるなど、スケジュールの遅れはあったものの、無事、奈良の東大寺で行なわれた。

これまで伊勢神宮、出雲大社、比叡山の延暦寺、明日香村のキトラ古墳など、名だたる古建築を舞台に開催されてきたが、いよいよ東大寺である。重源が手がけたダイナミックな構造の南大門が残っており、とりわけ建築家にも人気の古建築である。公開の最終講評会に訪れたら、なんと大仏殿の背後に椅子や机が並べられていた(感染予防にも良いだろう)。いつもの講評会は関連施設の会館などが使われていたが、今回は会場が屋外であり、幸い雨も降らず、朝から夕方まで、ずっと目の前の大仏殿を眺めながら、学生の発表を聴くという至福の体験だった。これは忘れがたい講評会になるだろう。実際、このエリアがイヴェントで使われることはほとんどなく、プリツカー賞の授賞式など、特別な機会に限られる。


大仏殿背後の会場


大仏殿前の作品

ワークショップでは、全国から集まった学生が8チームに再編され、東大寺の境内のあちこちに作品がつくられた。大仏殿や鐘楼の正面、宝庫や二月堂の近く、講堂跡などがサイトになっていたが、ぐるっとひとまわり歩くだけでもかなり広範囲である。明らかに例年よりも広く、東大寺のスケールの大きさを感じさせる。


南大門前の木の皮を使った作品


宝庫前の石を用いた作品


二月堂の階段に続く作品

このワークショップは、ただ絵を描いて終わりではなく、学生がプロの協力を得て、実際にリアルな構築物をつくることが醍醐味だ。しかも佐藤淳や腰原幹雄らが講評に参加し、構造や構法のレベルで細かいコメントがなされるのが、ほかのワークショップにはない最大の特徴である。筆者も歴史建築の再訪だけでなく、それを楽しみに毎年参加している。

さて、今年の作品は、東大寺からパワーをもらったせいか、例年より作品の水準が高かった。また石、鹿せんべい、木の皮など、作品に使われた素材もユニークである。めずらしく、音をテーマにした作品もあった。惜しむらくは、重源が採用した大仏様に対する解釈を組み込んだ作品がなかったことだろうか。


鹿せんべいを練りこんだ作品


鐘堂前の音をテーマにした作品


公式サイト:https://ws.aaf.ac/

関連レビュー

建築学生ワークショップ伊勢2018 提案作品講評会|五十嵐太郎:キュレーターズノート(2018年09月15日号)

2020/09/20(日) (五十嵐太郎)

熊本城見学通路、熊本市現代美術館、熊本草葉町教会、オモケンパーク

[熊本県]

熊本に日帰りで出かけ、日本設計が手がけた《熊本城見学通路》を「見学」した。2016年の震災で熊本城が被害を受けたことから、現在、内部に入ることができない。そこで修復中の城を外から見学するための通路である。建築のメディアなどでは、カッコいい俯瞰や見上げの写真が紹介されているが、実際、現地を訪れると、当然ながら、そのような見え方を追体験することはできない。だから、ダメというわけではない。なにしろ、これは城を見るための構築物であり、それ自体が目立ってはまずいだろう。あくまでも脇役に徹しなければいけない。


日本設計が手がけた《熊本城見学通路》


2016年の震災で崩れた熊本城の石垣

もっとも、思いがけず楽しめたのは、空中を散歩するような体験だった。熊本城自体は、すでに明治時代に焼失しており、再建されたものである。むしろ、文化財として重要なのは、城壁やまだ地面の下に眠っているかもしれない遺構だ。したがって、杭を打つなどの工事はできず、コンクリートの置き基礎としたり、通路がカーブする部分ではリングガーダー構造を採用するなど、通路を支えるデザインも工夫されている。


空中を散歩するような《熊本城見学通路》


通路のカーブにはリングガーダー構造が採用されている

商業施設の上部に入る《熊本市現代美術館》は、企画展が開催されていないタイミングに加え、コロナ禍ということもあり、内部はとても静かだった。初めて訪れた木島安史による《日本基督教団 熊本草葉町教会》はコンクリートの箱に対し、正面のファサードに巨大な金色の十字架が立つ。内部に入ることはできなかったが、独特の色使いやオブジェ的なディテールは、プレチニックを想起させた。


《熊本市現代美術館》


木島安史《日本基督教団 熊本草葉町教会》

その後、震災で空き地になった商店街の一角に挿入された、矢橋徹による《オモケンパーク》に立ち寄り、カフェで過ごした。アーケード街に面し、両側は目一杯までビルが立っているのに対し、ここはぽっかりと穴が開きつつも、存在感のある小さな構築物をぽつんと置く。店舗の背後の庭やルーフバルコニーなど、屋外の空間も楽しむことができる。こうした開放的かつ余裕のある空間の使い方は、東京の都心では不可能であり、地方都市ならではかもしれない。ここでは、マルシェや坂口恭平らのイヴェントなども行なわれるという。


矢橋徹《オモケンパーク》

2020/09/17(木)(五十嵐太郎)

式場隆三郎:脳室反射鏡

会期:2020/08/08~2020/09/27

新潟市美術館[新潟県]

もう現存しないが、奇妙な住宅について記録した式場隆三郎の著作『二笑亭綺譚』(1937)の新装版(2020)に筆者は寄稿したので、どこかの巡回先で行こうと思っていたのが、この「式場隆三郎:脳室反射鏡」展である。それが実現したのは新潟市美術館だったが、精神科医の式場はもともと新潟出身で、イントロダクションとなる展示においても医学関係の資料は、地元の新潟大学から借用していた。彼が医学を学びながら、一方で早くから文芸や芸術に関心をもっていたことが、よくわかる。式場が多くの著作を刊行していたことは知っていたが、それ以外の様々な領域におよぶ、八面六臂の活躍ぶりに改めて驚かされた。なるほど、アーティストではない彼をめぐる美術展が成立するわけである。

具体的にいうと、彼は専門の領域に閉じない、一般層にも訴えるプロデューサーとして、大きな影響力をもっていた。例えば、現在ならばアール・ブリュットと呼ばれるであろう「特異児童画」への注目、ゴッホの国内紹介、山下清の発掘、草間彌生のデビューに関わったこと、民芸や三島由紀夫との関係、そして病院はもちろん、伊豆のホテル経営などである。ちなみに、ようやく二笑亭が登場するのは、展示の最後のパートだ。ここでは新装版に収録された木村荘八の挿絵や、この建築に触発されたインスタレーションなどが展示されていた。

全体を観ていくと、無垢なる天才というようなステレオタイプの芸術家像を一般に流通させたのも、彼だったのかもしれないと思ったが、専門の美術史家でもなく、美術批評家でもない精神科医が、これだけの活動をしたことは率直に驚かされる。

個人的に一番、関心を抱いたのは、1950年代に国内の各地を巡回し、大きな反響を呼んだゴッホ展だった。これはオリジナルの作品ではなく複製画によって構成されていたが、それゆえに様々な場所での開催も可能となり、多くの日本人が初めて観るゴッホとなったのである。展覧会では、そのときの複製画や当時使われたキャプションが一堂に会し、さらに写真資料などを使い、当時の会場の雰囲気まで再現されていた。現在、ホワイトキューブでオリジナルの名画を鑑賞するのが当たり前になったが、敗戦から10年の日本人がこのように美術を受容していたことを知る貴重な内容である。


巡回会場である、新潟市美術館の外観

関連レビュー

式場隆三郎:脳室反射鏡|村田真:artscapeレビュー(2020年07月01日号)

2020/09/12(土)(五十嵐太郎)

ウポポイ(民族共生象徴空間)、国立アイヌ民族博物館

ウポポイ(民族共生象徴空間)、国立アイヌ民族博物館[北海道]

札幌を電車で出発し、途中で久しぶりに苫小牧に寄って、《苫小牧市美術博物館》の「生誕100年|ロボットと芸術~越境するヒューマノイド」展(カレル・チャペックが戯曲『R.U.R』で「ロボット」という言葉を初めて使ったのが1920年だった)を見てから、白老駅で降り、ウポポイ(民族共生象徴空間)を報恩した。ダイレクトに特急で行けば、札幌から1時間ちょっとの距離感である。


《苫小牧市美術博物館》外観

寄り道をしたため、昼過ぎに到着したが、午前中からいるべきだった。なぜなら、屈曲したいざないの回廊を経てから入るエリア内の公園には、体験交流ホール、体験学習館、チセ(家屋)を再現した伝統的コタン(ただし、一部の棟の大きさは、誤解を招くのでは? と疑問に思った)など、いくつかの施設があり、上演や実演など、様々なイヴェントを行なっているからだ。そして笑顔の親切なスタッフもあちこちにいて、テーマパーク的な空間でもある。


ウポポイの体験交流ホール


伝統的コタン

ポロト湖のほとりにある建築とランドスケープは気持ちがいい。久米設計による《国立アイヌ民族博物館》は、風景にあわせて少しうねっており、1階はショップや展示に導入するシアターとし、2階に常設と企画の展示空間を持ち上げている。また2階のパノラミックロビーからは、見事に切りとられた湖と公園の眺めが得られる。


《国立アイヌ民族博物館》


《国立アイヌ民族博物館》からポロト湖を望む

さて、常設の基本展示室は、中心部は円にそってガラスケースの什器を並べ、大きなテーマ群を紹介し、外周はさらに細かい内容を紹介する、こなれた展示のデザインだった。もっとも、この博物館の最大の特徴でもある「アイヌの視点」から紹介する切り口、すなわち「私たち」を主語とする語り口で説明している部分は、目新しさを感じつつも、やはり美術家の小田原のどかが指摘したような疑問を抱かないわけにはいかなかった。


基本展示室の展示風景


チセの建設展示

例えば、アイヌが受けた苦難の歴史は一体誰が行なったものなのか、という点がぼかされている。むろん、こうした問題は、日本における戦争関係の展示施設にも通じるものだ。まるで自然災害のように悲惨な記憶が語られる一方、なぜ戦争が起き、どうしてこのように事態が悪化したのかという責任の主体がいつも曖昧である。また企画の特別展示室は、途中から、ただ書籍を並べたり、映像と団体の紹介だけになっており、オープニングとしてはやや寂しい内容だった。


公式サイト:https://ainu-upopoy.jp/

関連記事

国立アイヌ民族博物館 2020 ──開館を目前に控えて|立石信一:キュレーターズノート(2020年04月15日号)

2020/09/06(日)(五十嵐太郎)

装飾をひもとく~日本橋の建築・再発見~

会期:2020/09/02~2021/02/21

高島屋史料館TOKYO 4階展示室[東京都]

本来、ここはレビューを書く場なのだが、例外的に筆者が監修した展覧会について記したい。コロナ禍のため、高島屋での関連レクチャーが中止となり、展示の意図を説明する機会がないからだ。

もともとは4月末にスタートの予定であり、実は監修を依頼されたのが2月初めだったことから、ほとんど準備期間がなかった。そこで資料を収集するタイプの展示ではなく、すでにあるものを活用できるものは何かと考え、高島屋の建築と日本橋の環境を徹底的に利用することを考えた。そして以前から、高島屋の細部装飾がおもしろいと思っていたので、打ち合わせの際、じっくりと外観と館内を見てまわり、これならいけそうだと確信し、狭い会場だけど、立地を最大限生かすことにした。すなわち、会場の外に出るとオリジナルの建築群がいっぱいあるわけで、それを観察するための展示と位置づけたのである。


「装飾をひもとく」展、会場風景

ここから必然的に「日本橋建築MAP」を配布することをすぐに決め、エリアはシンプルに中央通り沿いとし、表面に位置関係と近現代建築の概要を(グラフィックは菊池奈々が担当)、裏面に装飾の解説(イラストの作画は周エイキ)を入れることにした。なお、会場の建築模型は、すでに解体され、街には存在しない《旧帝国製麻ビル》だけであり、それ以外の写真で紹介された建築はすべて、街を歩けば実物を見ることができる。建築展は、美術展と違い、実物を展示できないというジレンマを抱えているが、この形式ならば、鑑賞者のストレスにならないだろう。


会場で配布した「日本橋建築MAP」のスタディ(表裏)


《旧帝国製麻ビル》模型

イントロダクションでは、日本橋の界隈は古典主義系の近代建築がよく保存されていることから、東京オリンピック2020(延期になってしまったが)にひっかけて、いずれもギリシャから始まり、日本にもたらされたものという説明を加えた。展示の全体構成は、以下の通り。第1章「様式の受容」は、《日本銀行》と《三井本館》を軸に、古典主義とは何かを細部から紹介する(菅野裕子担当)。ちなみにこのパートでは、《日本銀行》とダブリンの《アイルランド国立図書館》の類似が初めて指摘されたという意味でも興味深い。第2章「和風の融合」と第3章「現代への継承」では、前者で《高島屋》、《三越》、《日本橋》、後者で《高島屋新館》、《スターツ日本橋ビル》、《日本橋御幸ビル》、《コレド室町》の開発などを分析する(五十嵐担当)。そして第4章は、時間軸をさかのぼり、百貨店内の仮設建築として、1950年代に高島屋で開催された建築・生活系の展覧会(当時、丹下健三や清家清も会場設計をした)を紹介し、 坂倉準三がデザインした「巴里1955年:芸術の綜合への提案─ル・コルビュジエ、レジェ、ペリアン三人展」(1955)の会場模型を東北大の五十嵐研で制作した(百貨店の展覧会を研究している菊地尊也担当)。


第1章「様式の受容」より


奥の壁は第3章「現代への継承」。手前は第4章の過去の展覧会の冊子


高島屋の過去の展覧会会場デザイン


かつて高島屋で開催された「巴里1955年:芸術の綜合への提案─ル・コルビュジエ、レジェ、ペリアン三人展」の会場模型

さて、これが本当の狙いなのだが、以前から筆者は、近代建築の展覧会やガイドブックが、しばしば「~様式」という説明で終わり、むしろ建築家の人間的エピソードが多めだったので、そうではない見せ方ができるのでは、と考えていた。つまり、モノそのものに語らせる展示ができるのではないか、と。実際、様式のラベルをはることで思考停止してしまうというか、世間に流通している説明も誤用が多く認められる。そこで十分な数の写真を使いながら、様式の向こう側にある細部を、本場の建築と比較しながら、高い解像度で観察し、装飾から考えること。美術史ならば、「ディスクリプション」という作品記述にあたるものだが、近代建築ではあまりそれが十分になされていないと思ったのが、本展を企画した意図である。

とはいえ、ここまで極端に細部と装飾にフォーカスしてどうなるかと思っていたのだが、フタを開けてみると、むしろそれを面白がる人が多いことが判明した。来場者は想像以上に多く、受付で図録を販売していないのかと質問する人も少なくない。昨年、筆者が監修した「インポッシブル・アーキテクチャー」展も当初、こんなマニアックな企画は一部の建築ファンしか見ないと思っていたら、SFやアニメ、ユートピア文学なども好む、意外に幅広い受容層があったことと共通する現象なのかもしれない。


公式サイト:https://www.takashimaya.co.jp/shiryokan/tokyo/

2020/09/02(水)(五十嵐太郎)

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