2020年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

インポッシブル・アーキテクチャー展、その後

昨年から今年にかけて国内を 4館巡回した「インポッシブル・アーキテクチャー」展に使われた、東北大学五十嵐研が制作した川喜田煉七郎によるウクライナ劇場国際コンペの入賞案模型(監修・菊地尊也)とマレーヴィチのアルヒテクトンの模型が返却された。大学も用事がない学生を登校させないという、すでに閉鎖に近い状態だったため、事前に承認を得て、模型の受け取りを行なったが(数日後、緊急事態宣言の拡大を受けて、教職員も原則、在宅という強い警戒体制に移行)、企画を担当した埼玉県立近代美術館の学芸員・平野到氏から、新型コロナウィルスの影響で、現在美術館で起きている状況について、いろいろなお話をうかがうことができた。自動車で直接運んでいける国内はともかく、海外から借りたところへのドローイングや資料の返却が、ややこしくなっているらしい。具体的には、カナダ建築センター(CCA)やダニエル・リベスキンドの事務所などだが、館がクローズしていたり、担当者が出勤していないため、受け取りの体制が整わず、スムーズにいかないという。



展示前に撮影した、ウクライナ劇場国際コンペ入賞案模型。右下に舞台変化のパターンが示されている


新潟市美術館における、ウクライナ劇場国際コンペ入賞案模型の展示風景


ウクライナ劇場国際コンペ入選案の断面模型スタディ


マレーヴィチのアルヒテクトンの模型

返却が以上の状況ならば、これから企画する展覧会のために国外を調査したり、美術館から作品を借りたりするのにも、当然支障をきたすはずだ。ということは、海外から作品を借用する直近の展覧会は、なんらかの変更が必要となるかもしれない。準備するための期間を考えると、問題が収束しなければ、1年後や2年後にも影響を及ぼすだろう。人の移動が制限されるコロナの時代においては、アート作品も場所を変えることが困難になっているのだ。確実に企画を実行できるのは、各館のコレクションを活用したものしかない。もちろん、こうした機会だからこそ、大量の来場者数を稼ぐイヴェント的なブロックバスターの企画展(しかも会場と行列は、三密!)ばかりが注目される日本において、ソーシャル・ディスタンスが十分に確保できる来場者数でもいいから、積極的にコレクションの魅力を再発見できるような工夫が推進されていくとよいだろう。それこそが、本来の美術館の力でもある。

2020/04/14(火)(五十嵐太郎)

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京都市京セラ美術館

京都市京セラ美術館[京都府]

美術館オープンの延期が続いている、青木淳+西澤徹夫による《京都市京セラ美術館》を取材ということで訪問した。1933年に開館した元の《京都市美術館本館》をリスペクトし、外観はほとんど変更がない。地下を掘り下げ、スロープ状の広場を下っていくと、カーブを描く「ガラスリボン」の壁が見え、新しいエントランスが旧玄関の下にある。ここを抜けて階段を上がると、2015年のパラソフィアでは蔡國強のインスタレーションが設置されていた中央ホールの大空間だ。ここで新しく加えられたのは、螺旋階段、エレベータ、バルコニーなど、わずかな移動装置である。



《京セラ美術館》の外観。カーテンがかかったガラスリボンが見える


中央ホールの螺旋階段

また中央ホールからは、南北の展示室、あるいは東側の日本庭園に向かうことができる。現在、「杉本博司 瑠璃の浄土」展に合わせ、彼が手がけたガラスの茶室が庭に設置されているが、日本庭園へのアクセスが格段によくなった。また非公開だった2つの中庭は、それぞれガラスの屋根をかけた北側の「光の広間」と、屋外空間のままとした南側の「天の中庭」として生まれ変わった。完全に新しく付加されたのは、奥の大きな東山キューブと、左手前のザ・トライアングルである。なお、東山キューブの屋上は、東山や庭を望むテラスとなっている。将来、ツーリストが京都に戻れば、大いに賑わう場所になるだろう。



「杉本博司 瑠璃の浄土」展の様子


ガラスの茶室


光の広間


ザ・トライアングル


屋上テラス

さて、建築を見学すると、どうしてもすでに設営された展覧会も目に入るのだが、なんともやりきれないのが、一般に公開されず、来場者を迎えることなく終わる企画だった。現在、日本だけでなく、世界中でこうした扉が開かれなかった展覧会が存在するだろう。だが、とりわけ、それが開館という大きなイヴェントに重なると、館の思いを伝える重要な機会が喪失されてしまう。


筆者が訪れた時点では、オープニングに合わせて企画されていた「最初の一歩:コレクションの原点」展が、これに当たる。同企画は、1935年の「本館所蔵品陳列」を再現したものだが、建築的に注目すべきは、1930年のコンペ時の図面も紹介されていたこと。また南回廊2階の大空間では、「STEAM THINKING―未来を創るアート 京都からの挑戦」展(八木良太、林勇気らが参加)を撤去している最中だった。光を精密にコントロールした杉本博司展の会期が終わる前に、なんとかここが開館を迎えることを期待したい。



「最初の一歩:コレクションの原点」展、展示風景


「STEAM THINKING 」展、展示風景

2020/04/05(日)(五十嵐太郎)

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日本建築設計学会大賞

会期:2020/04/04

ASJ UMEDA CELL[大阪府]

がらがらの新幹線で大阪に向かった。午後から梅田のASJ UMEDA CELLで開催された第3回日本建築設計学会賞の審査に出席するためである。本来ならば、来場者を前にしながら、6名の建築家によるプレゼンテーションと質疑を通じて、公開で大賞を決めるものである。しかし、会場における気合の入った模型、映像、パネルを用いた作品の展示が、4月5日までだったため、無観客の状態とし、審査員のみ(竹山聖、古谷誠章、倉方俊輔、筆者)で議論することになった。

まず現地で作品を見学した担当の審査員が説明しながら、会場をひとまわりした。超ローコスト・セルフビルドによって過疎地域の祭を復活させた渡辺菊眞の《金峯神社》、強い建築の形式を生みだしつつリノベーションの感覚を注入した古澤大輔の自邸、引き剥がされた二重の皮膜によって独特の居住空間を提案した青木弘司による《伊達の家》、美しいフォルマリズムによる桑田豪の《サンカクヤネノイエ》。



渡辺菊眞《金峯神社》


古澤大輔《古澤邸》


青木弘司《伊達の家》


桑田豪《サンカクヤネノイエ》

以上の4作品は、それぞれに優れた特徴をもつことを確認しつつ、各審査員が推挙する作品を総合していくと、最後は2作品に絞られた。山田紗子の《daita2019》と、垣田博之の《UTSUROI TSUCHIYA ANNEX》である。前者は野性味あふれる東京の自邸、後者は地方都市のリノベーションによる宿泊施設だ。



山田紗子《daita2019》


垣田博之《UTSUROI TSUCHIYA ANNEX》

個人的に、これまで2回あった日本建築設計学会賞の審査では、現地審査に行けなかった作品から、大賞を推すことはなかったのだが、今回は展示を見たときから、実物に訪れていない《daita2019》が気になっていた。キメの写真に絞らず、むしろランダムなジャングル・ジムの様々な場面を切りとったたくさんの小さな写真を散りばめたプレゼンテーションも、デザインの方向性と合致しており、魅力をよく伝えていたように思う。



山田紗子《daita2019》のプレゼンテーション光景。模型の脇に小さな写真が並べられている

が、この作品に惹かれたのは、ある程度、既存の枠組から解釈し、位置づけができた他の候補に比べて、まだうまく言語化できない空間だと感じたことが大きい。いまだまだ見ぬ新しいデザインが、東京に出現していること。藤本壮介の事務所から、さらにプリミティヴ・フューチャー的な建築家が登場したのである。どうしても見たいと思った建築である。討議を経て、最終的に《daita2019》が大賞に選ばれた。なお、新型コロナウィルスのこともあり、本来は予定されていた懇親会は開催されなかった。

参考サイト:第3回日本建築設計学会賞審査結果 http://www.adan.or.jp/news/topics/2908

2020/04/04(土)(五十嵐太郎)

岩崎育英文化財団 岩崎美術館

鹿児島中央駅から1時間半、指宿駅に到着し、そこからタクシーで約5分。いわさきホテルの敷地内に槇文彦が設計した《岩崎美術館》がある。筆者が大学三年生のとき、槇先生が設計演習を担当していたことから、この美術館の存在は30年以上前から知っていた。このたび、ようやく初めて現地を訪問することができた。結論から言うと、個人的に槇の建築の中でもベスト級の空間だと思うくらい、素晴らしい。さすがに打ち放しコンクリートの外観は汚れが目立つようになったが、その奥に展開する内部の空間と細部のデザインがきわめて洗練されている。



《岩崎美術館》の外観

美術館(1978)と対面させず、少し離しながら、角度を振って配置された工芸館(1987)は、地下の通路からアクセスするシークエンスとなっている。増築によるヴォリューム増大でプロポーションが崩れることを避け、田園のヴィラという原イメージに従った、もうひとつの独立した建築としての工芸館をつくったのだ。いずれもモダニズムをベースとした形態言語を用いているが、設計した時期の違いも反映されているのが興味深い。



工芸館の外観

《岩崎美術館》の内部に入ってまず感じたのは、いわゆるホワイトキューブの空間ではなく、超豪邸の室内に作品を展示したかのような雰囲気だった。もっとも、古典主義のヴィラではなく、モダニズムによる邸宅のイメージである。洋画や郷土の作家のコレクションもなかなか充実しており、建築家の椅子もあちこちに展示されていた。美術館の空間は、奥に進むに従い、段々とレヴェルが上がり、さらに途中から横に空間が広がっていく。



美術館内部の階段


美術館の展示風景

一方、工芸館は、地下から登って入ることもあるが、縦に伸びる空間になっており、現代アートのインスタレーションに近いサイズをもつ大型の民族美術の展示に合わせている。また旋回する階段を通じて、二階の展示室に入ると、西洋から里帰りした古薩摩や有田の陶磁器などがあり、最後は展望を楽しむことができる。興味深いのは、工芸館はカルロ・スカルパ風の繊細なディテールが入り、濃密で複雑な空間が生まれていること。なお、滞在中はたまに宿泊客が訪れていたが、ほとんどの時間は貸切状態で、同館の創設者である岩崎與八郎のプライヴェート・コレクションを鑑賞していた。



工芸館内部の階段


工芸館の展示風景

公式サイト:岩崎育英文化財団 岩崎美術館 http://www.iwm.org.uk/north/

2020/03/31(火)(五十嵐太郎)

鹿児島市内、歴史と文化の道

鹿児島市内で、鶴丸城跡の堀沿に続く歴史と文化の道を歩くと、周辺に《鹿児島市中央公民館》(旧公会堂、1927)や《鹿児島市庁舎本館》(1937)など、近代の様式建築がよく残されているのに気づく。また美術館、文学館、図書館など、現代の文化施設も付近に集中している。ザ・シンメトリーというべき構成をもち、クラシックなテイストの《鹿児島市美術館》(1985)は、やや硬いポストモダンの建築だった。企画展は延期されていたものの、常設展は鑑賞することができた。



《鹿児島市中央公民館》(旧公会堂)の外観


《鹿児島市立美術館》の外観

谷口吉郎が手がけた《鹿児島県立図書館》(1979)と、そのデザインを踏まえた隣の《鹿児島県歴史資料センター黎明館》(1983)は、隈研吾に先駆けて、切妻屋根、ルーバー、中庭などのヴォキャブラリーを効果的に使った、落ち着いた和モダニズムの建築である。前の週に訪れた宮崎とは違い、訪問時の鹿児島にはほとんど感染者がいなかったためか、いずれの施設も新型コロナウィルスによる閉館はされておらず、入館することができた。《黎明館》では1階が歴史、2階が民俗、3階が美術、屋外で民家が展示されており、想像以上に大きく、しかも充実した内容である。なお、来場者はまばらで超低密度の空間だった。



手前が《鹿児島県立図書館》、奥に見えるのが《鹿児島県歴史資料センター黎明館》


《黎明館》の全景

曽禰中條建築事務所による《旧・鹿児島県庁本館》(1925)は、おかしなプロポーションの外観だと思ったら、やはり大部分を切除し、中心だけを保存したからだと判明した。室内で歴代県庁の建築史がちゃんと展示されていたからである。その斜向かいには、日本設計による巨大な《かごしま県民交流センター》(2003)が建っており、驚かされた。おそらく様式建築を意識したクラシック調の外壁だが、大階段、空中のブリッジ、円形にくり抜かれたフロアなど、ダイナミックな構成の建築である。ただし内部空間には、それほどのインパクトはない。


《旧・鹿児島県庁本館》の外観


《かごしま県民交流センター》の外観

《かごしま近代文学館・メルヘン館》(1998)では、入館時に感染対策として住所の記載を求められたが、やはりどちらも開館はしていた。《文学館》では、鹿児島ゆかりの文筆家が紹介されているのだが、建築の構成上、二階のブリッジを渡ると見えてくる、向田邦子に捧げられた神殿のような展示空間が印象的だった。また円錐状のヴォリュームをもつ《メルヘン館》は、螺旋状に降りていく空間構成による、アリスなどをモチーフにした子供向けのテーマパーク的な空間である。もっとも、これを公共建築でやるべきかという疑問もなくはない。


《かごしま近代文学館・メルヘン館》の外観

2020/03/29(日) (五十嵐太郎)

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