2021年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

ライトハウス

[東京都]

ロバート・エガース監督の『ライトハウス』は、美と醜をいずれも際立たせる白黒映画であり、「1.19:1」というほぼ正方形に近いアスペクト比のスクリーンによって閉塞感を味わわせる。作品の要素は以下の通り。名優二人が演じる灯台守、そして4週間で終わるはずだった管理というシンプルな設定に対し、不吉な海鳥(デビュー作の『ウィッチ』でも山羊が重要だった)、人魚の伝説、海の怪奇、人間の秘密が絡むスリラーである。灯台守が発狂した実際の事件やメルヴィルらの船乗り文学などに着想を得て構想されたという。あまりにもリアルな存在ゆえに、本物の灯台で撮影したものだと思っていたが、充実した内容のパンフレットによると、求めていた19世紀の灯台がアクセスが難しい離島にしかなかったため、すべてセットだった。すなわち、カナダの漁業コミュニティに建設された外観のショットのための高さが約21mの塔と、ハリファックス近くの屋内セットを組み合わせて、映画は制作されている。現地の住民は気に入り、残して欲しかったらしいが、恒久的な組積造ではなく木造のため、安全性を考慮して撮影後に解体された。

二人の男が極限まで対峙する灯台は、水平の海に対して垂直に起立し、男根の象徴とでもいうべきビルディングタイプである。興味深いのは、巨大なフレネルレンズによって、遠くへの光を放つ頂部のエリアを聖なる空間とし、老いた灯台守を幻惑し、秘教めいた儀式の場としていることだ(ここに若い灯台守が入ることは許されない)。なるほど、まわりに何も人工的な構築物がない環境において、夜に輝く灯台はロマンティックな風景である。そこに至る螺旋階段も、いくつかの出来事の場として活躍する。本来、灯台は船が迷わないよう、位置を知らせる役割を果たす。しかし、舞台が孤島ゆえに、激しい嵐によって、二人の男は外界から遮断され、食料が底をつき、生存の危機に陥る。すなわち、そこが灯台にもかかわらず、海上でさまよえる船のような極限状態になってしまう。だからこそ、船乗り文学のレファレンスが効いてくる。灯台という場の読み替えとしても、創意に富む作品だった。

映画『ライトハウス』公式サイト: https://transformer.co.jp/m/thelighthouse/

2021/07/11(日)(五十嵐太郎)

サーリネンとフィンランドの美しい建築展

会期:2021/07/03~2021/09/20(※)

パナソニック汐留美術館[東京都]

※日時指定予約を実施


「ルオー」「建築・住まい」「工芸・デザイン」という三本柱をもつパナソニック汐留美術館は、おおむね年に1回は建築の企画展を開催している。今年のテーマは「フィンランド」としながらも、日本に多くのファンがいて、何度も展覧会が行なわれたアルヴァ・アアルト(1898-1976)ではなく、彼よりも四半世紀早く生まれ、フィンランドのモダニズムの先駆けとなったエリエル・サーリネン(1873-1950)にスポットを当てたのが、特筆すべき点だろう。


「サーリネンとフィンランドの美しい建築展」展示風景


まず全体の「プロローグ」として、19世紀に編纂され、フィンランドのナショナリズムの起源となった民族叙事詩の『カレワラ』が紹介される。「第1章 フィンランド独立運動期」が、エリエルを含むGLS建築設計事務所が手がけた1900年のパリ万博の《フィンランド館》、《ポホヨラ保険会社ビルディング》(1901)、《フィンランド国立博物館》(1910)をとりあげるのだが、アール・ヌーヴォー的な意匠に対し、『カレワラ』に由来するクマやフクロウなど、ヨーロッパの辺境ならではの異色の装飾が付加されているからだ。また諏佐遥也が制作した模型や、アアルト大学によるCGが、《フィンランド館》の立体造形も詳細に伝える。


《ポホヨラ保険会社ビルディング》


「第2章 ヴィトレスクでの共同制作」は、GLSの3人、すなわちゲセリウス、リンドグレン、サーリネンがスタッフとともに築いた理想の芸術家コミュニティを紹介し、《ヴィトレスク》(1903)のダイニングルームの実物大の再現展示がハイライトになる。またカラフルな図面も美しい。なお、学芸員の大村理恵子によれば、コロナ禍のため、海外からクーリエを担当する学芸員が来日できないため、時間をかけて、オンラインの画面を通じ、開梱した作品の状態を詳細に確認してから、設営したという。

「第3章 住宅建築」は、GLSが得意とした居住の空間を選び、装飾に彩られた《ヴオリオ邸》(1898)や《エオル集合住宅・商業ビルディング》(1903)などを紹介する。「第4章 大規模公共プロジェクト」は、重厚な《ヘルシンキ中央駅》(1914)、ロシアから建設の許可が出なかった実現されなかった「国会議事堂計画案」(1908)、住宅開発計画などだ。そして「エピローグ」は、シカゴ・トリビューン本社ビルのコンペ2等案(1922)を契機に、政情不安の祖国を離れ、アメリカに移住し、新天地での仕事や息子エーロによる家具などがとりあげられる。


《ヘルシンキ中央駅》


《ヘルシンキ中央駅》



息子のエーロ・サーリネンによって設計された《クレスゲ・オーディトリアム》(1955)



息子のエーロ・サーリネンによって設計されたNY・JFK国際空港《旧TWAターミナル》(1962)


本展は、装飾を排除したモダニズムが登場する前の、建築の豊かさを感じさせる内容だった。また久保都島建築設計事務所による小部屋を設けた会場構成、シンプルな動線、光の効果も効いている。

公式サイト: https://panasonic.co.jp/ls/museum/exhibition/21/210703/

2021/07/08(木)(五十嵐太郎)

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TRASHMASTERS vol.34『黄色い叫び』

エル・パーク仙台 スタジオホール[宮城県]

同じ作品を東京でも見ることはできたのだが、東日本大震災を受けて、2011年4月に発表された作品の再演ということもあり、せっかくなので、仙台にいるタイミングで観劇した。同市では、チェルフィッチュでさえなかなか満席にならないので、観覧者を増やす意味もある。

さて物語は、台風が近づくなか、地方の公民館において青年団の会議が紛糾したあと、土砂崩れの発生によって事態が激変するという展開だ。当初、TRASHMASTERSでは3.11から10周年として、別の作品の上演も検討していたらしいが、セットが大がかりなため、『黄色い叫び』を選んだ。結果的に2021年の7月の出来事を予見したかのようだ。

まず、前半における青年団の会議では、災害の根本的な対策を主張する一部の意見を顧みず、町長の意向を受けながら、祭りを強行する決議がなされる。これはもともと復興のあり方をめぐる議論を踏まえたものなのだが、2021年という新しい特殊な状況下で、コロナ禍にもかかわらず、オリンピックという巨大な祭りに突進していく日本政府とぴったりと重なりあう。本来、意図しなかったことにもつなげて解釈できることは、演劇を含む表現の醍醐味であり、作品がもつ普遍性の証だろう。また7月は日本各地で集中豪雨が発生し、熱海が土石流災害に襲われたが、『黄色い叫び』の後半の展開を思い出した。なお、今回、長野県でも上演されたのは、2019年の千曲川氾濫という自然災害の地でもあるからだ。

『黄色い叫び』はポスト3.11の演劇だが、人の嫌らしさも込めた通常と違う角度からの視点が新鮮だった。特に後半において重症者が運びこまれたあとの、生と性がせめぎあう一連の展開は見所である。それはアフタートークでも述べていたように、災害のあと、作・演出の中津留章仁が石巻へボランティアにいった経験が大きいのだろう。メディアが切り取って見せたい被災地のステレオタイプのイメージと、それを凌駕する出来事が続出する現場。そこでは欲望が渦巻き、キレイゴトだけではないだろう。本作では、さまざまな矛盾を抱えたわれわれの姿が描き出されている。

TRASHMASTERS vol.34『黄色い叫び』:http://lcp.jp/trash/next.html

2021/06/30(水)(五十嵐太郎)

糸魚川市の建築をまわる

[新潟県]

北陸に出かけたのは、2016年に147棟が焼損するという大火事が発生した糸魚川が、現在どうなったのかを自分の目で確認することが目的だった。約4haに及ぶ被災地は、基本的に復興の整備期を終えたことや、前に歩いたことがないエリアだったせいもあるが、ほとんど火災の痕跡をとどめていない。もっとも、よく観察すると、新しい建築ばかりであることや、公園や広場に転用された空き地があちこちにあることに気づく。


大町親水市民公園
糸魚川にはこうした空き地を整備した公園が何カ所も生まれている


注目すべきプロジェクトとしては、西村浩が住民とのワークショップによって設計した糸魚川市駅北広場《キターレ》(2020)と、八木敦司+久原裕/スタジオ・クハラ・ヤギによる《糸魚川市駅北大火復興住宅》(2019)である。前者は、シンプルな屋根をもつホールとダイニング・スペースであり(エントランスでは大火の記録が展示されている)、屋内外でイベントなどを行なう場だ。また後者は、耐火構造の木造によって細い小路や雁木などの空間的な記憶を継承する。同じ建築家が手がけた《矢吹町中町第一災害公営住宅》(2016)の経験を生かしつつ、地域性に配慮し、住戸の入口はナカニワ側、物干しはインナーバルコニーとするなどの工夫を行なった。


糸魚川市駅北広場《キターレ》外観



《キターレ》のエントランスでは大火の記録が展示されている



《糸魚川市駅北大火復興住宅》外観


せっかく糸魚川に来たので、20年以上ぶりになるが、村野藤吾が設計した《谷村美術館》(1983)と玉翠園を再訪した。学生の卒業設計で、ときどき特定のアーティストの作品だけを決め打ちで展示する美術館を見かけるが、これはまさにそれを巨匠がやってのけた空間である。木彫芸術家の澤田政廣の仏像に対し、村野がそれぞれのための展示空間を構想した(ゆえに、展示の入れ替えはないはずである)。

胎内か洞窟をほうふつさせる特殊な空間は、ほとんど直線や直角がなく、施主が地元の建設会社だからこそ、完成に導くことができたと思わせるような複雑かつ有機的な建築である。それ自体が小さい彫刻のような各展示室の模型や、断図面を見ると、自然光の入れ方にかなり力を入れたことがうかがえる。ただし、実際の展示空間は、人工照明によって、心なしか明る過ぎるようにも思われた。実際、もう少し暗い方が洞窟的な雰囲気はさらに強調できる(しかし、作品は見えにくくなる)。昔に撮影された展示室の写真を確認すると、やはりいまよりは明るくないように思えたので、気になった。


《谷村美術館》外観



《谷村美術館》自然光を下から取り入れる採光装置



《谷村美術館》各展示室の模型


2021/06/21(月)(五十嵐太郎)

《飯山市文化交流館なちゅら》、《道の駅ファームス木島平》

[長野県]

東京国立近代美術館の「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」を見に行って、翌日訪れる北陸の少し前で途中下車すると、彼の作品があることに気づき、訪れたのが《飯山市文化交流館なちゅら》(2015)である。いまではどこでも隈建築に出会える、つまり、それだけ数多く日本各地に彼の作品が建設されているということだ。

飯山駅から歩いて5分、神社のある丘の横に《なちゅら》は建つ。外観は隈が得意とする木板に覆われた多面的なヴォリュームであり、ここはカッコよさを主張する。が、室内において、大小のホールや多目的ルームのあいだは、ナカミチと呼ぶ空間が十字に入り、建物を貫通する。ここでは、中高校生が勉強などをして過ごしていたが、ゆるさを許容する空間が効いていた。すなわち、張り詰めた緊張感を強いないデザインである。宮沢洋の『隈研吾建築図鑑』(日経BP、2021)でも、《なちゅら》は「ふんわり系」の作品として分類されていた。実際、《那須芦野・石の美術館》の前庭や《アオーレ長岡》の広場など、こういう隈の空間は、日本の地方の街に相性がいいと思う。


《飯山市文化交流館なちゅら》外観



《飯山市文化交流館なちゅら》館内を貫通するナカミチ



ナカミチと隣接する多目的ルーム



《飯山市文化交流館なちゅら》のサインデザイン


さて、飯山駅で気づいたのは、《道の駅ファームス木島平》までシャトルバスが出ていることだった。これは三浦丈典/スターパイロッツが設計し、2015年のグッドデザイン賞の金賞に選ばれており、以前から見てみたと思っていた建築である。ただ、バスの本数が少ないため、タクシーで現地に向かった(往復で3500円ほど)。

もともとはトマトの加工工場だった建築をリノベーションしたものであり、その黒い躯体に小さい家型の白いヴォリュームをいくつか挿入し、大きなスケール感を巧みに分節している。プログラムとしては、それぞれの家型にレストラン、カフェ、キッチンスタジオ、インキュベーターオフィス、加工場などの機能を与え、農業の六次産業化をめざした。グッドデザイン賞では、建築家が設計して終わりではなく、施設の出資者のひとりになって運営に関与していくことも高く評価された。もっとも、訪問時はあいにくのコロナ禍と、交通量が多い大きな国道沿いではないこともあり、あまり人がいない状況だった。イベントなどが開催されているときに再訪してみたい建築である。


《道の駅ファームス木島平》外観



《道の駅ファームス木島平》



《道の駅ファームス木島平》


2021/06/20(日)(五十嵐太郎)

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