artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

「憧憬の地 ブルターニュ ─モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷」展と「マティス」展

会期:2023/03/18~2023/06/11
国立西洋美術館[東京都]

会期:2023/04/27~2023/08/20
東京都美術館[東京都]


上野にて、会場デザインを手がけた磯崎アトリエ出身の建築家、吉野弘から説明を受けながら、二つの展覧会を鑑賞した。

憧憬の地 ブルターニュ ─モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷」展(国立西洋美術館)は、エキゾチックな場とみなされたブルターニュ地方を描いた絵画を、主に国内のコレクションで構成しつつ、日本での受容も辿る。コロナ禍に企画されたことも影響したようだが、各地の美術館のコレクションを活用する試みは重要だろう。19世紀の鉄道/観光事情も関係することから、導入部では当時のガイド本やポスターも紹介しており、フランスの近代を従来と異なる角度から捉える。

吉野によれば、当時の芸術家がブルターニュに足を踏み入れたことを追体験しながら鑑賞する、抒情的な展示構成が本展では意識されたという。すなわち、1章は駅のイメージ、モネの《ポール=ドモアの洞窟》(1886)があるエリアは彼を魅了した海を連想させる壁面色、2章の内陸の素朴さに注目したゴーガンの絵のまわりは森のような壁面色、そして3章の人々の風俗を描くシャルル・コッテらの絵に対しては精神性を表現する深い色を使う。ただし、すぐに何色かと分類しづらい微妙な色彩が選ばれた。また屏風に仕立てた日本人の作品に合わせて、屈曲する展示ケースもつくられている。



「憧憬の地 ブルターニュ」展の導入部。サンクンからの光が透過する




第1章「ブルターニュへの旅」(「憧憬の地 ブルターニュ」展より)




モネ《ポール=ドモアの洞窟》(1886/「憧憬の地 ブルターニュ」展より)




ゴーガンのエリアの壁の色(「憧憬の地 ブルターニュ」展より)


マティス展(東京都美術館)は、ポンピドゥー・センターのコレクションを活用した、日本では久しぶりの大きな回顧展である。絵画だけでなく、彫刻や切り絵などを交えながら、時系列で作品の変遷を辿り、最後はヴァンスのロザリオ礼拝堂を紹介する。吉野は、会場をコンテンポラリーな美術空間とすべく、既存の壁の前に白い壁を増設し、自然光に近い色温度の照明を当てたという。また各フロアは、マティスの絵がもつ幾何学的な構成を意識したプランとしたり、廊下ではなく、空間の中心に大きな年表を提案している。なるほど、いつもより白い壁を背景に、マティスの作品が映えていた。また絵の額縁がもともとシンプルなデザインだったことも印象的である。礼拝堂の展示エリアでは、部分的に空間のスケールを意識させていた。なお、一部の資料展示はポンピドゥ・センターの仕様に従ったものである。



白い壁(マティス展より)




シンプルな額装。室内プランのヒントになった絵の構成(マティス展より)




大型年表(マティス展より)



憧憬の地 ブルターニュ ─モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷:https://bretagne2023.jp/
マティス展:https://www.tobikan.jp/exhibition/2023_matisse.html



関連レビュー

マティス展|村田真:artscapeレビュー(2023年06月01日号)

2023/06/03(土)(五十嵐太郎)

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「ホーム・ストーリーズ:100年、20の先駆的なインテリア」展

会期:2023/04/06~2023/10/01

ヒョンデモータースタジオ釜山[韓国、釜山]

15年以上ぶりに釜山を訪れた。高速鉄道の駅のまわりに、2030年の万博招致の看板が掲げられ、目の前ではスノヘッタによるオペラハウスが建設中である。また新市街では、コープ・ヒンメルブラウによる国際映画祭の基幹施設となる巨大な《映画の殿堂》(2011)やダニエル・リベスキンドが参加した再開発、《海雲台アイパーク》(2011)など、ランドマーク的な建築が増えていた。また郊外では、チョ・ビョンスが設計したケーブルメーカーの展示場、《キスワイヤ・センター》(2014)と、その工場を複合文化施設にリノベーションした《F1963》(2016)に足を運んだ。



《映画の殿堂》(2011)




F1963で開催されていたジュリアン・オピー展


これらに隣接するヒョンデ・モータースタジオ釜山には、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムで2020年から21年にかけて開催された「ホーム・ストーリーズ:100年、20の先駆的なインテリア」展が巡回してきていた。これは20世紀のインテリアの歴史を振り返るものだが、特に20のトピックを重視している。なお、驚くべきことに、入場は無料だった。展示が始まる手前のスペースに、ヒョンデが独特のインテリアを提案する新車「セブン」を設置し、ブランド・イメージを向上させるプロモーションを兼ねていたからだろう。



ヒョンデの新車「セブン」


興味深い展覧会だったので、その内容を紹介しよう。全体の構成は、以下の通り。最初のパートは、2000年から今日までの「リソースとしての居住空間」(アッセンブルやイケアなど)であり、過去に遡っていく。次は1960年代から80年代のラディカルな変化を扱う「インテリアの分裂」(マイケル・グレイヴス、メタボリズム、ヴェルナー・パントンなど)、そしてミッドセンチュリーの「自然と技術」(リナ・ボ・バルディ、フィン・ユールなど)、最後は1920年代から40年までの「モダン・インテリアの誕生」(アドルフ・ロース、ミースのトゥーゲンハット邸、フランクフルト・キッチンなど)だ。もっとも、機能主義や標準化をめぐる教科書的なラインナップだけでなく、冷戦下のモスクワで展示されたアメリカのインテリア、「斜めの機能」で知られるクロード・パラン、著述家のバーナード・ルドフスキーが手がけたハウス・ガーデンなど、ひねったセレクションが楽しめる。さらにアンディ・ウォーホールのシルバー・ファクトリー、ジャック・タチの映画『ぼくの伯父さん』の劇中のモダン住宅、写真家のセシル・ビートンが自ら装飾した部屋など、異分野の事例も含む。またおそらく韓国バージョンとして、展示の後にスタジオ・スワインによる実験的な空間インスタレーションが加えられていた。

「ホーム・ストーリーズ」展は、コンパクトだが、多視点からインテリア・デザインの変化を読み解く試みである。




1960〜80年代ポストモダンを紹介するパート(「ホーム・ストーリーズ」展より)



フランクフルト・キッチン(「ホーム・ストーリーズ」展より)




映画『ぼくの叔父さん』の劇中のモダン住宅(「ホーム・ストーリーズ」展より)




資源としての居住空間(「ホーム・ストーリーズ」展より)



ホーム・ストーリーズ:100年、20の先駆的なインテリア:https://motorstudio.hyundai.com/busan/cotn/exhb/homeStories.do

2023/05/06(土)(五十嵐太郎)

ソウル都市建築展示館

[韓国、ソウル]

シェルター・デザインの展覧会に参加したり、オープニングのイベントでレクチャーも行なったソウル都市建築展示館を4年ぶりに再訪した。これは景福宮から南に伸びるメインストリートの世宗大路に面する施設であり、向かいが市庁舎だから、ロケーションは抜群である。それだけソウル市が建築に力を入れているということだろう。ただし、すべての展示空間は地下に展開し、全体の高さを抑えることで、背後のソウル主教座大聖堂が通りからよく見えるように、デザインが工夫されている。また日本統治時代に建設された以前のビルの一部も、遺跡のように残されており、今回はこの建築がどのように計画されたかを振り返る展示もあった。さて、メインの企画展「プロジェクト・ソウル:ソウル・スタイルの公共建築の誕生」では、公共建築の選定プロセス、さまざまなコンペとその実現作、これからの建設される作品などを紹介していた。建築を市民に理解してもらうのに必要な内容であり、こうした市の施設は日本にも欲しい。



ソウル都市建築展示館を横から見る/右が教会




背後の教会、右は旧ビルの柱の痕跡




「プロジェクト・ソウル展」展示風景



「プロジェクト・ソウル展」展示風景


ほかにもいくつかの展示を同時開催していた。例えば、都市建築展示館にどう介入するかというコンペで選ばれたプロジェクトの記録である。これまでこのコンペは二度行なわれており、初回に実現したSTUDIO HEECHのデザインは秀逸だった。地上の斜面となった低い屋根をピンボールに見立てるインスタレーションであり、この建築の特徴を見事に生かしている。そして何より楽しそうだ。また「建築家たちのパースペクティブ」展(META BOXなどの作品紹介)、ソウル建築賞の歴代受賞作を紹介する企画、MVRDVによる都市への野心的な提案(彼らが手がけたソウル路7017の周辺エリア)、都市建築を提案する子供向けのインタラクティブな展示などもあり、盛りだくさんだった。また今年の秋に開催する第4回ソウル都市建築ビエンナーレの予告とテーマ「ランド・アーキテクチャー、ランド・アーバニズム」のパネルが、ライブラリーの横に掲げられていた。なお、2021年にオープンしたアーカイブ室が素晴らしいソウル工芸博物館の近くでも、野外の大型インスタレーションによって都市建築ビエンナーレを告知している。



ソウル都市建築展示館のコンペ関連展示。STUDIO HEECHによるピンボールのインスタレーション




ソウル建築賞の歴代受賞作を紹介する企画




子供向け企画。都市建築を提案するインタラクティブな展示



関連レビュー

《ソウル都市建築展示館》|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2019年04月15日号)

2023/05/05(金)(五十嵐太郎)

光州デザイン・ビエンナーレのフォリー

[韓国、光州]

光州ビエンナーレはアジアでいち早く始まった現代アートの国際展として有名だが、同市では「光州デザイン・ビエンナーレ」も開催されており、2011年の第4回からアーバン・フォリー・プロジェクトを推進していることはあまり知られていない。公式ホームページによれば、韓国の建築家、承孝相とアイ・ウェイウェイのディレクションのもと、国内外の建築家やアーティストが参加し、2020年まで、4期にわたって街中に小さなフォリーが数多くつくられている。これらはてっきりイベントに合わせた仮設構築物だと思っていたが、筆者が街の中心部を歩いてまわった15カ所については、2023年のいまもすべて現存していた。したがってこれらは、期間限定のインスタレーションではなく、耐久性をもつパブリックアート、もしくはまさに建築だと考えた方がいいだろう。ただし、トイレなどの機能はなく、基本的に実用性は求められていないようだ。日本でも越後妻有アートトリエンナーレや瀬戸内国際芸術祭に関連して、田園風景の中に小規模な建築がつくられているが、繁華街を含む、都市の中心部にこうしたフォリー群が出現しているのは興味深い。

さて、5・18光州民主化運動の舞台となった錦南路の周辺に集中するフォリーを見学したが、ドミニク・ペローアレハンドロ・ザエラポロピーター・アイゼンマンMVRDV塚本由晴レム・コールハースなど、有名な建築家が参加している。これらは壁、階段、屋根、ゲートなど、建築の全体というよりは、その部位をモチーフにしたものが多く、うっかり見過ごしそうなケースもあった(作品に近づくと、コンセプトを説明するプレートは設置されている)。


ドミニク・ペロー《The Open Box》


アレハンドロ・ザエラポロ《Flow Control》


ピーター・アイゼンマン《99 KAN》


ウィニー・マース、MVRDV《THE I LOVE STREET》


フランシスコ・サニン《Public Room》


個人的に気に入ったのは、奥の細長いカフェとの相乗効果を生み出す、スペインの建築家ファン・ヘレロスによる小さな広場、《コミュニケーション・ハット》である。また韓国の建築家、キム・チャンジュンらの《光のパサージュ》は、商店街のビルとビルの間のわずかな隙間に挿入され、驚かされた。今回は交通アクセスが良くなかったのと、時間の都合で外したが、ロンドンのデザイン・ミュージアムの展示で見たデヴィッド・アジャイによる読書室のフォリーは、次回ぜひ訪れたい。


ファン・ヘレロス《Communication Hut》


キム・チャンジュン、ジン・シヨン《LIGHT PASSAGE》


デヴィッド・アジャイ《Gwangju River Reading Room》模型(ロンドンのデザイン・ミュージアムでの展示「David Adjaye: Making Memory」[2019]より)



Gwangju Folly:https://gwangjufolly.org/

2023/05/03(水)、04(木)(五十嵐太郎)

第14回 光州ビエンナーレ

会期:2023/04/07~2023/07/09

光州ビエンナーレホール、ホランガシナム・アートポリゴン、無覚寺、アートスペース・ハウス、光州博物館[韓国、光州]

「soft and weak like water(天下水より柔弱なるは莫し)」をテーマに掲げた、第14回 光州ビエンナーレの主な会場をまわった。メインとなる光州ビエンナーレホールは、日本の国際展と比べると、これだけデカい空間を毎回確実に使えるのは本当に有利だと感じさせられる。また学校の団体がひっきりなしに訪れていたことが印象的だった。

展示はまず序章「遭遇」として、1階をまるごと使うブシュレベジェ・シワニの美しい映像と水のインスタレーションから始まり、各フロアごとに、抵抗と連帯、先祖の声、コロニアリズムなどのテーマが繰り広げられる。正確に数えていないが、女性、あるいはアジアやアフリカなどの非西洋圏(出身地を見て、すぐに国名がわからないところも多い)の作家が多いように思われた。逆にわかりやすい目玉となる西洋男性の有名アーティストはほとんどいない。なお、日本からは小泉明郎、アイヌのマユンキキが出品している。


ブシュレベジェ・シワニの作品(光州ビエンナーレホール)


小泉明郎の作品(光州ビエンナーレホール)


続いて公園を抜け、伝統的な建築の外観をもつ《国立光州博物館》に移動した。ここでは6名が展示しており、ロビーにおけるキラ・キムの博物館批評的なインスタレーションとブックレットが興味深い。「あいち2022」で鑑賞したユキ・キハラも参加している。ところで、博物館本体の常設展示が良かった(入場無料)。什器やディスプレイのデザインも秀逸である。

カフェでタクシーを呼び、無覚寺の会場に向かう。ここでは触ることをテーマにしながら、異なるアプローチ(石仏の表面を詳細に記述する/岩肌の接写と音)を提示したホンイ・ヒョンスクの二つの映像作品が素晴らしい。寺の奥の新築部分は現代的なデザインであり、コンクリートが、えらいつるつるに仕上がっていた。


キラ・キムの作品(国立光州博物館)


無覚寺


ほかの街中会場は別の日に訪れた。芸術通りを抜けて、古建築を利用した「アートスペース・ハウス」では、ナイーム・モハイエメンによる廃棄された病院を舞台にした詩的かつ哲学的な映像美の世界に感心し、フルで1時間鑑賞した。そしておしゃれなリノベーション・カフェがいっぱいある楊林歴史文化村やペンギン村を抜け、丘を登った「ホランガシナム・アートポリゴン」へ。このエリアの作品は、毛利悠子による光州の歴史、小説に着想を得た大型のインスタレーションや、ヴィヴィアン・ズーターの吊り下げられた絵画、漂流物に注目するチョン・チェチョルなどである。

光州ビエンナーレでは、国別のパビリオンも存在するが、残りの時間がなく、8名の写真家を紹介する近くのスイスパビリオンのみ立ち寄った。ツヴィ・ヘッカーのイスラエルの幾何学的な集合住宅を題材にした作品など、建築的な作品が多い。


アートスペース・ハウス


毛利悠子の作品(ホランガシナム・アートポリゴン)


スイスパビリオン



第14回 光州ビエンナーレ:https://14gwangjubiennale.com/



関連レビュー

第14回 光州ビエンナーレ(フランスパビリオンでの展示、ジネブ・セディラ《꿈은 제목이 없다 Dreams Have No Titles》)|きりとりめでる:artscapeレビュー(2023年06月01日号)
第14回 光州ビエンナーレ(Horanggasy Artpolygonでの展示)|きりとりめでる:artscapeレビュー(2023年05月15日号)

2023/05/02(火)、03(水)(五十嵐太郎)