2021年09月15日号
次回10月1日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

浜松市の建築をまわる

[静岡県]

久しぶりに浜松市の建築をまわった。ここを拠点に活動する403 architecture[dajiba]のリノベーションやインテリアを再訪した後、彼らの新作《鍵屋の中庇》(2018)を見学する。わずかに跳ね上がった中庇を付加し、その上部から光をとり入れると同時に、陳列棚では下から自然光を導くというシンプルな操作によって、築50年以上のビルの一室において、魅力的な空間が実現されていた。


403 architecture[dajiba]《鍵屋の中庇》


また近くの駐車場の7階の空きスペースでは、+ticの設計によって、可動の2.3m角の立方体による《CUBESCAPE》が設置されている。東京と違い、ある意味で開発の圧がないこと、またぎゅうぎゅうに商業施設を詰め込む必要がないことによって、浜松は味わい深い古いビルが市街地に多く存在しており、こうした余裕をもった空間を、今後いかにうまくリノベーションしていくかが期待される。


+tic《CUBESCAPE》


近代建築も興味深い。中村與資平による《静岡銀行本店》(旧三十五銀行本店、1931)は、4本のイオニア式のジャイアント・オーダーが並ぶ。古典主義の建築だが、玄関の両側にある2つのアーチは、やや鈍重で、ロマネスク風にも見える。同じ建築家が手がけた《木下惠介記念館》(旧浜松銀行協会、1930)は、サロンということもあり、スパニッシュ風のもう少しくだけたデザインだ。浜松出身の映画監督、木下惠介の記念館として使われているおかげで、室内も見学できるが、装飾付きの円窓やステンドグラスなどのインテリア・デザインが残る。同市出身の中村に関する資料展示室もあり、銀行協会の当初の図面などが陳列されていた。


中村與資平《静岡銀行本店》



中村與資平《木下惠介記念館》外観



《木下惠介記念館》室内にある、装飾付きの円窓


ちなみに《浜松市立中央図書館》のデジタルアーカイブは「中村與資平コレクション」を含み、彼の作品の図面や写真が閲覧できるのは素晴らしい。ぜひ、日本の各地方都市でも、こうした建築アーカイブの整備にとりくんでほしい。

道路を挟んで《木下惠介記念館》の向かいにたつのが、《鴨江アートセンター》(旧浜松警察署、1928)である。正面は柱頭がない5本の列柱、室内は幾何学的に処理された独特の柱頭をもち、様式建築が解体されていく過程のデザインだ。本来は左右対称を崩す位置に望楼がついていたが、現在は撤去されたために、かえって硬い表情になっている。


《鴨江アートセンター》正面入口付近




《鴨江アートセンター》室内、幾何学的に処理された柱頭


2021/05/01(土)(五十嵐太郎)

静岡市の建築をまわる

[静岡県]

静岡市の《ふじのくに地球環境史ミュージアム》(2016)は、丹青社が手がけたリノベーションの方法論による展示が高く評価され、日本空間デザイン大賞2016を受賞していたこともあって、一度訪れたいと思っていた博物館である。山道を車で登って現地に到着すると、知ってはいたが、本当に普通の高校の校舎が目に入る。廃校になったとはいえ、駐車場横のグラウンドでは野球を練習する若者もいて、現役の学校のようだ。実際、1983年に完成した3階建の鉄筋コンクリート造だから、昔懐かしい木造校舎ではない。これは環境史をテーマに掲げた日本初の博物館である。だが、新築にはしないで、廃校を利用しており、廊下沿に並ぶ、かつての教室が展示室に生まれ変わった。もちろん、一部の部屋は窓をふさいだり、おそらく天井を外すなどして、展示のための空間に改造している。逆にあえて教室の雰囲気を残して、黒板を活用したり、作業を見せたりする講座室もあった。そして2階には、駿河湾や南アルプスを一望する図鑑カフェや、キッズルーム(ただし、コロナ禍のため閉鎖中)を備えている。


《ふじのくに地球環境史ミュージアム》外観。廃校になった高校校舎を博物館にリノベートした



図鑑カフェからは駿河湾や南アルプスが一望できる


なんといってもユニークなのは、学校の机や椅子などを様々なやり方で組み合わせた展示のための什器だろう。例えば、上下逆さに机を積んで、それらを並べた展示室3「ふじのくにの海」や、脊椎動物の骨格をのせた机を教室風に配置した展示室8「生命のかたち」などである。基本的に空間デザインによって直感的にテーマが理解できるよう設計されているが、部屋ごとに異なるインスタレーションが展開され、それらを見るだけでも楽しい。また企画展示室2の「ミュージアムキャラバン」展は、各地に出張展示する小さいモバイル・ミュージアムのセットごと紹介しており、ここでも什器の工夫が認められる。


展示室3「ふじのくにの海」より。展示什器は学習机を積んで並べたもの



展示室8「生命のかたち」より。骨格模型をのせた机が展示什器



企画展示室2「ミュージアムキャラバン」より。ここに展示されているセットは、モバイル・ミュージアムとして各地に出張展示される


さて、ここからすぐに立ち寄れるのが、隈研吾による《日本平夢テラス》(2018)である。既存の電波塔を囲む八角形の空中回廊の鉄骨は、木によって覆われ、それに付随するメインの構築物も法隆寺の夢殿を意識し、八角形のプランだ。これも県産材をふんだんに用い、最上部は木造の小屋組となっている。木を使いながら、鉄骨の存在感を減らす手法は、《新国立競技場》(2019)と共通するだろう。


隈研吾《日本平夢テラス》外観



《日本平夢テラス》の空中回廊、鉄骨が県産の木材で覆われているのがわかる


2021/04/30(金)(五十嵐太郎)

ノマドランド

リーマンショックによって工場が閉鎖し、カンパニータウンのエンパイアがまるごと消滅し、家を失った主人公のファーンが、アマゾンの配送センターなどで期間限定の仕事をしながら、自動車でアメリカを転々とし、様々な人と交流する物語である。驚くような映画的な大事件が起きるわけではない。基本的に地味な作品だが、定住生活とは異なる、個人の生き方と思想を描いたものだ。ファーンは自分が「ホームレスではなく、ハウスレスだ」という。かつてアメリカのトレーラーハウスなどに影響を受けて、黒川紀章は、人々が移動する未来社会を提唱する『ホモ・モーベンス』(1969)を刊行し、カプセル宣言を表明した。現在、取り壊しが懸念される《中銀カプセルタワー》(1972)も、その延長に位置づけられる。

しかし、21世紀のノマドは、そうした若々しいイメージではない。圧倒的に高齢者が多い現状を伝えている(カウンターカルチャーの時代に若者だった世代ではある)。だが、彼らは貧しさゆえに追いやられた存在だとみなすのも正確ではない。それぞれの事情からノマドになり、土地に縛られない尊厳を抱く移動者たちは、一方でアメリカのフロンティア・スピリットを継承したかのようだ。本作の態度も、面白半分でホームレスに近づくような日本の表現とはまったく違う。

ファーンも、実姉や親しくなったデヴィッドから、一緒に住まないかという誘いを受けるが、あえて放浪の旅を続ける。彼女がノマド生活を始める前は、むしろ先立たれた夫との思い出が残るエンパイアにこだわって、ずっと暮らしていたことが判明すると、これが初めて自由になったノマド生活であり、新しい出発への区切りとなる旅だったことがわかる。またこの映画を魅力的にしているのは、ファーンが旅先で出会い、別れ、そして再会する人たちだ。こうした登場人物の実在感は強烈であり、まるでドキュメンタリー映画のようなのだが、最後のエンディングロールで役名と本名が一致しているように、俳優ではなく、実際の車上生活者が多数出演したからだ。

それにしても、韓国人移民の家族を描いた『ミナリ』(アカデミー賞の主要6部門にノミネートされ、ユン・ヨジョンが助演女優賞を受賞)や、『ノマドランド』(中国出身の女性監督クロエ・ジャオがアカデミー賞の監督賞を受賞)など、映画界におけるアジア系女性の活躍が目覚ましい。


公式サイト:https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html

2021/04/16(金)(五十嵐太郎)

日立市の妹島和世建築群をまわる

茨城県日立市は妹島和世の地元ということもあり、いくつかの作品を現地で見学できる。例えば、独立して間もない1990年代の前半から、同市に拠点をおく金馬車という会社のパチンコ店のほか、その《旧・金馬車本社社屋》(1997)も手がけた。いずれも彼女らしい、ガラス張りの建築である。もっともその後、金馬車は倒産し、別の会社による合併を受け、本社が移転したせいか、建築は残っているものの、今年訪れた段階では《本社社屋》は使われていないように見えた。


《旧・金馬車本社社屋》


近年、公共的な空間として、妹島は《JR日立駅》(2011)のデザイン監修を担当し、SANAAの名義によって《日立市新庁舎》(2019)を設計している。前者は彼女が学生時代に使っていた交通施設でもあり、せっかく海が近いのに、それがまったく感じられなかったことから、車道を跨ぎながら自由通路を延長し、宙に浮いたガラス張りのカフェがつくられた。実際にここを使ってみたが、確かに見晴らしがよく、順番待ちが必要な人気の店舗になっている。また駅舎としてはめずらしく、妹島が設計したことをわざわざ明示するプレートが通路に掲げられていた。


《JR日立駅》の自由通路を延長してつくられたガラス張りのカフェ



《JR日立駅》構内のカフェからの眺望


《日立市新庁舎》が発表された際、同年に竣工した《日本女子大図書館》に付属する「青蘭館」や「警備員室」と同様、デザインの新機軸として、かまぼこ型のヴォールト屋根を使っているのが印象的だった。同キャンパスでは、続く「百二十年館」(2021)と「新学生棟」(2021)も、ヴォールトを共通のシンボルにしている。しかも、《新庁舎》は手前の広場において、そのモチーフをひたすら反復し、本体の建物よりも目立つ。雑誌の写真では、かたちが強すぎるのではという感じも抱いていたが、現地を訪れると、なるほど、周辺環境との関係がよく練られている。例えば、ヴォールトのフレームによって、隣接する家屋の風景を魅力的に切りとっていた。


連続するヴォールト屋根が印象的な《日立市新庁舎》広場



ヴォールト屋根の向こう側に位置するのが《日立市新庁舎》執務棟


ヴォールトという建築のヴォキャブラリーは、それこそ古代建築の重厚な組積造から登場しているが、これは地上からは見えにくい屋上面に補強材としてリブを設けることによって、見た目の薄さを探求している。ヴォールトをくり抜き、空が見えるパターンも興味深い。ヴォールト天井を反復した現代建築では、ルイス・カーンの《キンベル美術館》(1972)が有名だが、これはシンボリックな形態であると同時に、トップライトから光の拡散を意図していた。一方、妹島のヴォールトは、軽やかで開かれた広場をおおう屋根として、この形態に新しい解釈を与えている。


《日本女子大図書館》から青蘭館のヴォールト屋根を見る



ルイス・カーン《キンベル美術館》


2021/04/11(日)(五十嵐太郎)

いわき市の建築と被災の記憶

「Next World―夢みるチカラ タグチ・アートコレクション×いわき市立美術館」展は、佐藤総合計画が手がけた《いわき市立美術館》(1984)の展示室だけでなく、吹き抜けに面した2階のホールやエレベータの横(マウリツィオ・カテランによるミニ・エレベーターを展示)、1階奥のロビーも活用する意欲的な企画だった。室内も、塩田千春やハンス・オプ・デ・ビークなど、国内外の勢いのある現代美術をとりそろえ、楽しめる内容である。特に印象に残ったのは、リチャード・モスによる凄まじい難民キャンプの風景や、ひたすら階段を使って上下、もしくは部屋を横切り水平方向に歩く映像をつなげたセバスチャン・ディアズ・モラレスの作品《通路》だった。


「Next World―夢みるチカラ」展、展示風景


続いて海岸沿いに向かい、《いわき震災伝承みらい館》を訪れたが、普通の公民館のように見えたので、津波で被災した建物の再活用かと思いきや、完全な新築である。最後は階段をのぼって上階から海が見えるというセオリー通りの空間構成だが、あれだけの災害を記憶する施設なのだから、もう少し建築のデザインにも力を入れてほしい。もちろん展示の内容や手法も、である。


《いわき震災伝承みらい館》外観



《いわき震災伝承みらい館》上階からの眺望


その後、南下して小名浜に移動し、市場や水産物の飲食店が入る複合施設の《いわき・ら・ら・ミュウ》を訪れた。2階の「ライブいわきミュウじあむ」が、311を伝える展示として紹介されていたからである。正直、キラキラネームのような施設名はどうかと思うし、展示のデザインはごちゃごちゃしていて素人っぽいのだが、それでもまさにこの建物がかつて被災し、それが復活して使われているという事実が重みを与えていた。気仙沼の《シャークミュージアム》における震災の記憶ゾーンと似たような位置づけの展示と言えるだろう。


《いわき・ら・ら・ミュウ》外観



「ライブいわきミュウじあむ」展示風景

すぐ近くにあるのが、やはり津波の被害によって、多くの生物が犠牲になった《アクアマリンふくしま》(2000)だ。日本設計が手がけ、湾曲する巨大なガラスに包まれた建築である。現在、被災の痕跡はまったくわからず、館の歩みを紹介する展示のみが伝えられていた。ともあれ、水族館は屋上から歩く開放的な空間において、環境展示を工夫しており、なかなかの力作である(ただし、大きな水槽を眺めながら寿司を食べられるというのは微妙かもしれない)。最後に別棟の《金魚館》に立ち寄ると、様々な自然の生物を見てきただけに、改めて金魚という存在がいかに人工的につくられた生物なのかを痛感させられ、それも興味深い。


《アクアマリンふくしま》外観



《アクアマリンふくしま》館内


「Next World―夢みるチカラ タグチ・アートコレクション×いわき市立美術館」展

会期:2021/04/03〜 2021/05/16(*5月16日まで臨時休館につき、会期延長を検討中)
会場:いわき市立美術館


2021/04/11(日)(五十嵐太郎)

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