artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

PMQと大館

[香港]

香港には、警察関係の施設をうまくリノベーションしたプロジェクトが二つある。ひとつは前にも訪問したが、中環エリアの警察官舎を改造し、2014年にオープンした《PMQ(Police Married Quarters)》だ。かつての居室は、カフェや店舗、あるいはギャラリーやデザイン系の事務所などに転用され、おしゃれな文化スポットに生まれ変わった。もともと美しいプロポーションのモダニズムの建築であり、その良さが継承されている。また中央のイベントに使う広場の地下には、19世紀に学校だったときの遺構が保存されていた。もうひとつは、2018年に誕生した《大館(Tai Kwun/タイ・クゥン)》であり、PMQの近隣に建つ。これは旧中央警察、中央裁判所、ビクトリア監獄など、16棟の歴史的な建築群を飲食店や展示施設に改造したものだが、ヘルツォーク&ド・ムーロンが設計した《JCコンテンポラリー(現代美術館)》(2018)と《JCキューブ》(2018)は、とりわけ大胆なデザインで目を引く。再生された鋳造アルミニムブロックを反復するクセの強い外皮に覆われた異形のヴォリュームが宙に浮き、遠くから眺めても、新旧の対比によって緊張感を与える。



PMQ



PMQの地下に保存された19世紀の遺構



大館



JCコンテンポラリー(大館の現代美術館)


大館では、二つの展覧会が開催されていた。現代美術館のパトリシア・ピッチニーニ「ホープ」展は、異種混淆のポスト・ヒューマン的な作風は変わらないが、まとまった個展を見るのは初めてだったので興味深い。独特の透明なパーティション、家具を転用した什器、展示室内における部屋そのものの構築、天上の空間インスタレーションなど、単体で作品を見るよりも、館全体で提示された世界観、文脈があることによって強度を増す。ヘルツォークらによる垂直に貫通する彫刻のような螺旋階段は力強い。



パトリシア・ピッチニーニ「ホープ」展 展示風景



パトリシア・ピッチニーニ「ホープ」展 展示風景



JCコンテンポラリー内の螺旋階段


もうひとつの「ヴァイタル・サインズ」展は、香港風景のアイデンティティというべきネオン看板を取り上げ、その科学、製作法、実物を紹介する。近年、街から袖看板やネオンが撤去されているらしいが、皮肉なことに重要なデザインとして再評価もされているようだ。ヘルツォークらのヴォリュームの下にある屋外の大階段でも、ネオンサインによるインスタグラム向けのインスタレーションを設置している。なお、M+の向かいの建物でも、こうしたネオンの看板を修復していた。



「ヴァイタル・サインズ」展 展示風景



「ヴァイタル・サインズ」展 展示風景



HOPE—Patricia Piccinini(「ホープ」展):https://www.taikwun.hk/en/programme/detail/hope-patricia-piccinini/1206
Vital Signs(「ヴァイタル・サインズ」展):https://www.taikwun.hk/en/programme/detail/vital-signs/1222


関連レビュー

王大閎の自邸と台北市立美術館|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2023年06月01日号)

2023/07/08(土)(五十嵐太郎)

「東洋一」の夢 帝国図書館展

会期:2023/03/28~2023/07/16

国立国会図書館国際子ども図書館[東京都]

上野にはよく足を運んでいるが、久しぶりに《国際子ども図書館》を訪れた。安藤忠雄と日建設計が手がけた、ガラス・ボックスが歴史的な様式建築に貫入するリノベーションが行なわれ、2002年に全面開館して以来だろう。おかげで既存のレンガ棟に対し、中庭を挟んで弧を描くアーチ棟(書庫、資料室、研修室、事務室などが入る)が2015年に増築されていたことを初めて知った。さて、今回の目的は、この建築そのものの歴史を振り返る 「『東洋一』の夢 帝国図書館」展である。



アーチ棟(国際子ども図書館)



ガラスが貫入するレンガ棟(国際子ども図書館)



レンガ棟からアーチ棟を見る


図書館は、美術館と同様、コレクションが増えることから、増改築を繰り返すことが多いビルディングタイプだが、この建築もまさにそうした変遷を辿った。最初は久留正道や真水英夫の設計による帝国図書館の全体計画の1/4を実現したところで、1906年に開館する。その後、蔵書の増加や、関東大震災によって東京の図書館が罹災し、利用者が増えたことを受け、増築工事が1929年に竣工した。明治期の建築は鉄骨で補強されたレンガ造だったのに対し、昭和の増築は鉄筋コンクリート造である。



《国際子ども図書館》模型(「『東洋一』の夢 帝国図書館展」より)




増築記念に制作された平面図、ポストカード(「『東洋一』の夢 帝国図書館展」より)


敗戦後は国会図書館の支部として使われ、平成に増改築されたことにより、国際子ども図書館として生まれ変わった。その際、閲覧室、大階段、廊下の室内装飾が、創建当時の状態に復元されている。展示は当時の図面や写真を陳列しており、見上げると、実際のデザインをすぐに確認できる好企画だった。



展示風景(「『東洋一』の夢 帝国図書館展」より)



3階展示室の前(国際子ども図書館)



復元された旧閲覧室の天井(国際子ども図書館)


一方で、古典主義の細部に対する説明が気になる。例えば、柱頭について「古代ギリシャ建築のコリント式」と記していたこと。アカンサスの葉に覆われたコリント式の特徴は認められるが、同時にイオニア式の渦巻きを備えており、むしろ両者を複合したコンポジット式ではないか。なるほど、葉の上部先端が小さな渦巻きになり、判別しにくいケースもある。もっとも、渦のサイズが大きいことに加え、コリント式にはないオヴォロ(卵形装飾)と鏃形が並ぶエキヌスが存在していることから、コンポジット式というべきだろう。なお、コリント式もギリシア時代にはあまり多くないが、コンポジット式はローマ時代以降のデザインだ。こうした説明は、当時の設計者による記述を根拠にすることもあるが、建築史の精度はいまの水準とは違い、形のディスクリプションとしては修正するのが望ましい。


柱頭(国際子ども図書館)



説明パネル(「『東洋一』の夢 帝国図書館展」より)



公式サイト:https://www.kodomo.go.jp/event/exhibition/tenji2023-01.html

2023/06/24(土)(五十嵐太郎)

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「架空の都市の創りかた」(「アニメ背景美術に描かれた都市」展オープニングフォーラム)

会期:2023/06/16

谷口吉郎・吉生記念金沢建築館[石川県]

筆者が監修で関わった「アニメ背景美術に描かれた都市」展は、1980年代末から2000年代初頭まで、すなわち手描きしかなかった頃からCGが導入される黎明期までのSF系アニメの6作品における建築や都市の表現に注目した企画である。内覧会の後に開催されたオープニングフォーラム「架空の都市の創りかた」では、ゲストに2名の美術監督を招き、本展を企画したシュテファン・リーケレスと明貫紘子の両氏がコーディネイターを務めた。通常、こうしたイベントは登壇者が喋った後、ほとんど質問が出ないのだが、早々と質問の時間に切り換えたところ、参加者からの挙手が絶えない神回となり、まさに公開討論会としての「フォーラム」というべき場が出現した。同世代の木村真二(1962年生まれ。『鉄コン筋クリート』[2006]や『スチームボーイ』[2004]の美術監督。『AKIRA』[1988]ではスタッフとして背景を担当)と草森秀一(1961年生まれ。『メトロポリス』[2001]や『イノセンス』[2004]の美術監督。『機動警察パトレイバー2 the Movie』[1993]や『GHOST IN THE SHELL』[1995]ではスタッフとして背景を担当)の2人が喋るのは貴重な機会であり、県外から来た参加者もいつもより多く、熱心に的確な質問を投げかけていた。



内覧会の様子。シュテファン(右)、明貫さん(左)。背景は草森による『メトロポリス』の展示




木村真二による『鉄コン筋クリート』背景




『AKIRA』の冒頭シーンの背景。右は美術監督の本棚




『パトレイバー2』のパート。小倉宏昌による背景、都市攻略マップ


二人はともに東京デザイナー学院で学んだが、互いの存在を知るのは仕事を始めてからだという。木村は小林プロダクションに入社し(今回の展覧会の作画者では、ここの出身者が多い)、草森は『エイリアン』(1979)や『ブレードランナー』(1982)を見て、H・R・ギーガーやシド・ミードの影響を受けた。そして「背景美術は原作者が喜ぶものとすべき」といった話、あるいは背景が目立つべきかどうか、画面に出ない部分も描くのか、CGの時代に背景画はどうなるか、などの議論や質疑が続く。

個人的に印象に残ったのは、写真ではわからないが、オリジナルの背景画を見ると、どのような手順で描かれたかが想像できると木村が述べたこと、また草森がザハ・ハディドの競技場は建設すべきだったとコメントしたことである。ちなみに、彼は電線地中化にも疑義を唱えていた。草森は、オットー・ワグナーやフランク・ロイド・ライトにも触れたことからも、今回の展示で紹介された美術監督のなかでは一番建築が好きで、妄想度が高いように思われた。一方、生活感込みの都市表現は、木村が得意としている。「アニメ背景美術に描かれた都市」展は、異なるプロダクションによる複数の作品をまとめて紹介したことで、こうした美術監督の画風の違いが確認できる。



『GHOST IN THE SHELL』のパート(草森の絵を数点含む)




草森秀一所蔵の建築本




会場中央床の「描かれた都市の年表」



アニメ背景美術に描かれた都市

会期:2023年06月17日(土)~2023年11月19日(日)
会場:谷口吉郎・吉生記念金沢建築館 (石川県金沢市寺町5-1-18)

2023/06/16(金)(五十嵐太郎)

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「磯崎新 ─水戸芸術館を創る─」展

会期:2023/03/01~2023/06/25

水戸芸術館[茨城県]

2022年末に磯崎新が亡くなったことを受けて、彼が設計した水戸芸術館で「磯崎新 ─水戸芸術館を創る─」展が企画された。これは彼がプリツカー賞を受賞した2019年の「磯崎新 ─水戸芸術館 縁起─」展を再現しつつ、設計当時の資料などを紹介するものである。なお、筆者の訪問時の現代美術ギャラリーでは、地元の美術展や写真コンテスト入賞作品展を開催しており(こうしたタイミングで訪れたのは初めてで、かえって新鮮だった)、磯崎展は第9室(クリテリオムの会場)とエントランスホールの2階回廊が使われていた。まず資料の展示としては、当初の設計スタディ(施設の配置とアプローチ、広場、塔の造形と位置について、それぞれA、B、Cの3案を検討)、プロポーザル案、タワーのディテール、実施設計図、竣工図など、各種の図面ほか、設計の基本理念を記した文章、開館記念式典の写真、プロジェクト展(水戸市立博物館、1987)の記録、シルクスクリーンの版画、「磯崎新1960/1990 建築展」(1991)のプレスキットとして配布されたモンロー定規、関連書籍(手に取れるようカフェ・ラウンジにも著作・作品集コーナーが設けられた)などである。小規模だが、濃密な内容だった。


書の展示が開催されていた現代美術ギャラリー



回廊の資料展示(「磯崎新 ─水戸芸術館を創る─」展より)




カフェ・ラウンジの書籍コーナー


当時の「磯崎新 ─水戸芸術館 縁起─」展は実見していないが、写真で確認する限り、今回はほぼ同じ状態で再現されたと思われる。すなわち、第9室の壁の各面に「構」「震」「移」「響」の作品を配置し、「聲」と「間」の映像を加えていた。興味深いのは、構造家の木村敏彦と設計したタワーのジョイント部の原寸大断面図や、永田音響設計が入ったコンサートホールの音の方向を示したダイアグラムなど、エンジニアリング的なデザインをアート化していること。また水戸芸術館は歴史建築の参照を散りばめており、「構」のパネルは、『磯崎新+篠山紀信 建築行脚』(全12巻/六耀社、1980-92)で訪問した世界の古建築と館の各パーツの関連性を示す。ちなみに、書籍展示のコーナーに置かれていた『水戸芸術館』(六耀社 、1999)の8~38ページの建築の各部分の写真に対する説明文は、歴史の参照を強調しながら、筆者が執筆したものである。ともあれ、磯崎にとって、水戸芸術館はつくばセンタービルとともに、ポストモダンの時代の代表作である。


「構」(「磯崎新 ─水戸芸術館を創る─」展より)



「震」(「磯崎新 ─水戸芸術館を創る─」展より)



実は隣の敷地には、7月にオープンする伊東豊雄による《水戸市民会館》が完成していた。プロ向けの芸術館に対し、市民に開くみんなの建築であること。また積極的に木を使い、しかも構造材としていることに、公共建築の変化が反映されている。この屋上庭園からは、シンボルタワーがよく見え、芸術館の屋根や広場も眼下に広がり、新しい視点が獲得できる。


《水戸市民会館》(2023)


水戸市民会館の屋上庭園から水戸芸術館とタワーを見る



磯崎新 ─水戸芸術館を創る─:https://www.arttowermito.or.jp/gallery/lineup/article_5235.html

2023/06/14(水)(五十嵐太郎)

アートノード・ミーティング11「8年目の健康診断 〜仙台のアート、人・場・動きをふりかえる〜」

会期:2023/6/10

せんだいメディアテーク 7階スタジオa[宮城県]

アートノード・ミーティング11「8年目の健康診断 〜仙台のアート、人・場・動きをふりかえる〜」に参加した。アートノードとは、せんだいメディアテーク(SMT)のコンセプトのひとつが「端末(ターミナル)ではなく節点(ノード)である」ことにちなみ、現代のアーティストによる作品制作など、さまざまな活動を展開する、2016年から始まったプロジェクトである。地方に乱立するいわゆる芸術祭とは、一線を画す。なお、筆者はアドバイザーとして関わっているが、会場では発言せず、一聴衆に徹した。



この日のSMTはファサードが開く日で気持ちよく外とつながっていた


アートノードミーティングのアンケート結果


気がつくともう8年ということで、公開で事業を振り返る場が設けられた。みんなの橋を目標とする、川俣正の貞山堀運河沿いのプロジェクトも持続的に動いているが、芸術祭のようなピークの期間がないため、認知度は高くない。ただ、当初の目的として、人を育てることや場をつくることが含まれていたことを改めて確認し、時間がかかるのは仕方ないと感じた。

例えば、あいちトリエンナーレ2013の芸術監督を担当したとき、なぜこれを支える人や環境があるのかと考えたら、桑原知事が1950年代に県立美術館の前身、1960年代に愛知県芸を設立したことが重要だったのではないかと思う。これに触発され、ほかの美大、芸大も生まれ、半世紀かけて培われた土壌の上に、国際展を支える人のネットワークが成立しているからだ。ただ、宮城県内には残念ながらファインアートの大学がなく、仙台から一番近いのは山形の東北芸術工科大学となる。


東北リサーチとアートセンター(TRAC)で開催された「とある窓」展(2018)



地下鉄東西線国際センター駅でのKOSUGE1-16による展示「アッペトッペ=オガル・カタカナシ記念公園」(2016)



川俣正/仙台インプログレス《新浜タワー


光州ビエンナーレのメイン会場ではひっきりなしに学校参観が行なわれていたが、アートノードもこうした学校の課外教育に使ってもらうと良いのではないか。即物的には、教育系に関心のある議員の支持も得られるが、アートノードの存在が知られる回路は増やした方が良い。光州は民主化運動の地として強いアイデンティティの意識をもち、それがビエンナーレにもつながり、おそらく学生に自分の街がアートの街だという気持ちを醸成している。アートに目覚める学生は僅かかもしれないが、市がアートの場をつくっていることが、少しでも記憶に刻まれたら、それで十分ではないだろうか。

会場では、アートノードの「ワケあり雑がみ部」を手がける藤浩志から、公募の提案が寄せられた。これは注目される可能性もあるし、参加する作家が多様化するためにも、また若手を育成するためにも、ぜひやったら良いと思う。


「雑がみ部」の活動スペース



「雑がみ部」部員による展示「展示で雑がみ部」Vol.3の様子(2023/会期終了済み)



アートノード・ミーティング 11「8年目の健康診断 〜仙台のアート、人・場・動きをふりかえる〜」:https://artnode.smt.jp/event/20230502_10917/

2023/06/10(土)(五十嵐太郎)