2019年06月15日号
次回7月1日更新予定

artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

ヴォ・チョン・ギアの作品を見学する

[ベトナム]

久しぶりにベトナムを訪れ、各地で現代建築を見学した。最大の理由は、ヴォ・チョン・ギアの作品を見学すること。彼は1976年に生まれ、東京大学や名古屋工業大学などで学んだ後、2006年に帰国して事務所を立ち上げ、海外からも注目される活動を展開している。その特徴は緑を抱え込む建築であり、とりわけ竹を使うデザインがよく知られている。例えば、ホーチミンの郊外に新しく建設した自社ビル《アーバン・ファーミング・ハウス(Urban Farming Office)》は、食べられる植物を含むプランターを大量に吊るしたインスタ映えするファサードで事務所スペースを覆う。一方、内部はシンプルで細かいデザインはなく、大きな吹き抜けを中心に挿入している。



ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ《アーバン・ファーミング・ハウス(Urban Farming Office)》(ベトナム・ホーチミン市)外装



《アーバン・ファーミング・ハウス(Urban Farming Office)》内装


初期の作品、《ウィンド・アンド・ウォーター・カフェ(Wind and Water Cafe)》(2006)は、ギアのトレードマークである竹を生かした建築だ。それが囲む水盤と大樹の組み合わせが、心地よい空間を生みだす。またぐるりと湾曲した屋根の構成は、ギアが学んだ内藤廣の《牧野富太郎記念館》も想起させる。この発展形というべき、ハノイの《バンブー・ウィング(Bamboo Wing)》(2009)と《ダイライ・カンファレンス・ホール(Dailai Conference Hall)》(2012)は、細かい竹を束ねていく、純正な竹構造であり、その魅力を引きだした空間に好感を抱いた。他にダナンの《ナムアン・リトリート・リゾート(Naman Retreat / Naman the Babylon)》(2015)で竹の建築をいくつか見学したが、こちらは装飾的な扱いを含む。



ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ《ウィンド・アンド・ウォーター・カフェ(Wind and Water Cafe)》2006(ベトナム・ビンズオン省)



ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ《バンブー・ウィング(Bamboo Wing)》2009(ベトナム・ビンフック)



ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ《ダイライ・カンファレンス・ホール(Dailai Conference Hall)》2012(ベトナム・ビンフック)天井部分



ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ《ナムアン・リトリート・リゾート(Naman Retreat / Naman the Babylon)》2015(ベトナム・ダナン市)


やや異色だったのは、大きな靴工場に附属する従業員のための幼稚園、《ファーミング・キンダーガーテン(Farming Kindergarten)》(2013)である。手塚建築研究所の《ふじようちえん》は、屋根に登ることができる楕円のリングによる平屋だが、それを二層化しつつ、ひねったループとし、立体交差させながら、多様で複雑な場をつくる。意外にありそうでなかった構成ゆえに、楽しい空間の体験をもたらす。ベトナムは暑いために日本の《ふじようちえん》と違い、休み時間に屋根の上を走るという感じにはならないようだが、代わりに農地を設けている。もっとも、訪問時にはあまり緑が育っていなかった。ともあれ、緑を使うことは共通しつつ、異なるタイプの作品が存在するが、それは彼が様々な日本人の建築家と共同して設計していることに起因するように思われた。



ヴォ・チョン・ギア+丹羽隆志+岩元真明 / ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ《ファーミング・キンダーガーテン(Farming Kindergarten)》2013(ベトナム・ビエンホア市)中庭



《ファーミング・キンダーガーテン(Farming Kindergarten)》中庭



《ファーミング・キンダーガーテン(Farming Kindergarten)》通路


2019/04/05(金)(五十嵐太郎)

ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツと日本人建築家

[ ベトナム]

今回、ベトナムの各地で日本人の建築家と会い、見学を手伝ってもらった。ホーチミンでは、実験的なリノベーションのプロジェクトに挑戦する西島光輔、東京理科大学で小嶋一浩に師事していた佐貫大輔、安藤忠雄の事務所から独立した西澤俊理、そしてハノイでは、現在もヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ(VTN)のパートナーをつとめる丹羽隆志である。彼らに共通するのは、全員がヴォ・チョン・ギアに誘われて、ベトナムでいっしょに設計を行なったことだ。なお、ICADAの岩元真明も、元パートナーであり、ファーミング・キンダーガーテンなどを担当している。そうした意味では、ひとりのベトナム人が日本で学んだことがきっかけとなり、じつに多くの日本人がベトナムと縁を持ち、今も現地で設計活動を続ける建築家がいるほか、筆者のようにベトナムに足を運ぶ建築の関係者が生まれたと言える。

VTN+佐貫+西澤による《ビンタン・ハウス(Binh Thanh House)》(2013)は、西澤が設計と現場の管理を担当した二世帯の都市住宅である。下部に施主がそのまま暮らしているが、上部は住民が入れ替わったことにより、現在は地下の天井高が低いガレージを西澤のオフィスに改造しつつ、上層を彼の住居としている。全体の構成としては、宙に曲面をもつコンクリートのヴォリュームを浮かし、そのあいだに風を通す共有スペースを入れる。ベトナムの文脈において現代建築を実現させた力作だった。



ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ+佐貫大輔+西澤俊理《ビンタン・ハウス(Binh Thanh House)》2013(ベトナム・ホーチミン市)外観



《ビンタン・ハウス(Binh Thanh House)》上層



《ビンタン・ハウス(Binh Thanh House)》地下



《ビンタン・ハウス(Binh Thanh House)》中間共有スペース


佐貫が設計し、自らも暮らす《ビンタンのアパート(Apartment in Binh Thanh)》は、彼がベトナムでスペースブロックを探求したこともあり、細長い敷地において部屋数を抑えつつ、豊かな共有空間のヴォリュームによって、中庭やテラスをかきとる構成が印象的だった。



佐貫大輔+Nguyen Thi Gia Khuong / Sanuki Daisuke architects《ビンタンのアパート(Apartment in Binh Thanh)》2016 (ベトナム・ホーチミン市)外観



《ビンタンのアパート(Apartment in Binh Thanh)》外観



《ビンタンのアパート(Apartment in Binh Thanh)》テラス


また彼の新作《NGAハウス(NGA House)》(2018)は、細い路地を進み、街区の真ん中に突如、ヴォイドが旋回しながら、予想外の大空間が斜め上の方向に出現する。ちなみに、ベトナムは施主が天井高を求める傾向があるという。また建物の角を斜めにカットし、直射光を制御する。ゲストルームの数が多いのも、ベトナムの特徴らしい。


佐貫大輔+Tieu Dong Phuong / Sanuki Daisuke architects《NGAハウス(NGA House)》2018(ベトナム)

2019/04/05(金)(五十嵐太郎)

《国立現代美術館ソウル館》《ソウル市立美術館》《アモーレパシフィック美術館》

国立現代美術館ソウル館、ソウル市立美術館、アモーレパシフィック美術館[韓国・ソウル]

ソウルの展覧会をいくつかまわった。国立現代美術館ソウル館は、現代的な情報環境がもたらす社会状況をテーマにすえた企画展「Vertiginous Data」が興味深い内容だった。監視カメラなどで顔認証されることに抗議する仮面の作品ほか、フォレンジック・アーキテクチャーも参加している。これまで彼らは遠隔地から調査することが多かったように思うが、テロリストと間違えられ、殺害された民間人の理不尽な事件を扱う作品では、現地で検証する作品が紹介されていた。同館では、フィラデルフィア美術館のコレクションを用い、上野の東京国立博物館で開催した「マルセル・デュシャンと日本美術(The Essential Duchamp)」展が巡回しており、やはり蛇足となった最後の部屋(日本美術の紹介)はなく、逆に違う作品も入っていた。ただし、《大ガラス》は映像のみの紹介である。また足を運ぶ時間はなかったが、東京国立近代美術館の「アジアにめざめたら」展も、国立現代美術館別館に巡回している。

ソウル市立美術館の「デイヴィッド・ホックニー」展は、多くの若い来場者で賑わっていたことが印象的だった。初期の謎めいたポエティックな作品、ロンドンとはまったく異なる環境に刺激されたロサンゼルスでの展開、群像をいかに描くかという試行錯誤、ピカソが亡くなったことを受けて、ギターの絵をモチーフとしたオマージュの連作、ホテルの中庭を独特の手法で描くなど、透視図法の解体、写真やデジタル技術への関心、近年の複数キャンバスによる巨大絵画など、彼のさまざまな実験の軌跡をたどる充実の内容だった。また、最近オープンした化粧品メーカーの《アモーレ・パシフィック新社屋》は、建築もなかなか優れたデザインだったが(設計はデイヴィッド・チッパーフィールド)、地下の美術館も気合が入っている。ビル・ヴィオラ、ジョセフ・コスース、ロバート・インディアナ、韓国のアーティストのナム・ジュン・パイクやイ・ブルなど、コレクション展では、力のある現代美術の作品を紹介していた。

「Vertiginous Data」展、会場の様子


「Vertiginous Data」展、フォレンジック・アーキテクチャーの作品(左)


「The Essential Duchamp」展、会場の様子


「デイヴィッド・ホックニー」展、会場の様子


《アモーレ・パシフィック新社屋》外観


《アモーレ・パシフィック新社屋》コレクション展示、ナム・ジュン・パイク(左)とロバート・インディアナ(右)の作品


《アモーレ・パシフィック新社屋》コレクション展示、イ・ブルの作品

2019/03/30(土)(五十嵐太郎)

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《ソウル都市建築展示館》

ソウル都市建築展示館[韓国・ソウル]

市長の肝いりで完成した《ソウル都市建築展示館》のオープニング・シンポジウムに出席した。日本統治時代の建物の跡地を敷地とし、景福宮にも近い抜群のロケーションである。コンペで選ばれたターミナル7・アーキテクツが設計した。背後の古い教会が大通りからよく見えるように、ほとんどの施設を地下に埋め、屋上は柱の痕迹だけを残しつつ、公園のようなオープンスペースとして開放している。1階にカフェがあり、大階段に誘われて、降りていくと、途中でソウルの歴史や都市を紹介するギャラリーが視界に入り、一番下に到着すると、大きな展示空間が広がる。ここは屋根の下とはいえ、完全な室内ではなく、屋外の延長になっているのは興味深い。また市庁舎がある向かいの道路側には、地下の通路からアクセスでき、ここにも街の紹介を展示している。

この施設を「ソウル都市建築展示館」と呼ぶと簡単なのだが、英語の表記では「ミュージアム」ではなく、「ホール」であり(ちなみに、英語の名称は「Seoul Hall of Urbanism & Architecture」で、略称は「Seoul Hour」)、やはり正確にいうと、建築「博物館」ではない。それはオープニングの午前のセッションにおいて、モントリオールのカナダ建築センター(CCA)のジョヴァンナ・ボラシに加え、巨大な都市模型を置くシンガポール・シティ・ギャラリーのサブリナ・コーが発表したことからもうかがえる。都市計画を市民に提示する後者の性格が強いからだ。なお、オープニングの企画展示は、ウィーンの集合住宅の歴史と建築家の社会的な役割がテーマとなっており、筆者は後者の展示協力を行なった。その展示では、かつてゲスト・キュレーターとして参加した金沢21世紀美術館の「3.11以後の建築」展と同様、伊東豊雄らによる「みんなの家」、はりゅうウッドスタジオの木造仮設住宅群、被災地における坂茂の試みが紹介された。したがって、それぞれの展示内容は、午後のシンポジウムのセッションのテーマとなり、筆者と芳賀沼整が発表した。

《ソウル都市建築展示館》外観


《ソウル都市建築展示館》屋上から市庁舎を望む。柱跡も見える


《ソウル都市建築展示館》大階段


《ソウル都市建築展示館》都市インフラの展示


《ソウル都市建築展示館》ウィーンの集合住宅についての展示


《ソウル都市建築展示館》「みんなの家」の展示


《ソウル都市建築展示館》被災地における坂茂の試みと、はりゅうウッドスタジオの木造仮設住宅群の展示

2019/03/29(金)(五十嵐太郎)

菊池聡太朗「ウィスマ・クエラ」

会期:2019/03/26~2019/04/03

ギャラリーターンアラウンド[宮城県]

東北大の五十嵐研の大学院を修了した菊池聡太朗の個展が、仙台の現代美術のギャラリーターンアラウンドで開催された。インドネシアのカリスマ的な建築家マングンウィジャヤによるジョグジャカルタの自邸《ウィスマ・クエラ》をタイトルに掲げているように、彼が図面なき増殖建築に魅せられ、その記録写真や記憶を独自のインスタレーションとして表現したのである。おそらくマングンウィジャヤは日本で無名と思われるが、カンポンのプロジェクトによって、イスラム世界の建築を顕彰するアガ・カーン賞を受賞している。独自の建築哲学をもち、職人集団と活動しながら、きわめて異形のデザインを行なっていた。彼のデザインは、広義には装飾性がポストモダンと呼べるのかもしれないが、ある種のヘタウマ的なテイストで、既存のカテゴリーに括ることが難しい。特に自邸は、彼の死後も日常的に小さな増改築が繰り返され、建築や家具などの境目も曖昧になっている。

菊池はインドネシアに留学中、この建築にしばらく滞在し、目の前で起きる変化も記録しながら、その空間体験をどのように視覚化するかを修士設計のテーマに取り組んでいた。そして彼が現場で撮影した時空間が錯綜した写真群を展示する空間を独自のルールによって構築し、学内外の講評会で高い評価を得た。彼は東京都写真美術館で開催中の「ヒューマン・スプリング」展を含め、写真家の志賀理江子の制作を長い期間にわたってサポートしたことで、観念的なデザインに陥らず、スケール感をリアルに理解した設計に到達したことも、修士設計の最終成果物に説得力を与えている。ただし、ギャラリー・ターンアラウンドでは、その展示空間を1/1で再現するには十分な広さがないこともあり、ドローイングと小さくプリントした写真群のインスタレーションで、別の空間を創造した。志賀はもちろん、リー・キットの影響なども見受けられるが、短い期間で、新しい独自の世界を高い密度で出現させた力量は高く評価できるだろう。

マングンウィジャヤの自邸《ウィスマ・クエラ》


「ウィスマ・クエラ」展、会場の様子


「ウィスマ・クエラ」展、会場の様子


「ウィスマ・クエラ」展、会場の様子


「ウィスマ・クエラ」展、会場の様子


「ウィスマ・クエラ」展、会場の様子


2019/03/26(金)(五十嵐太郎)

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