2021年04月15日号
次回5月17日更新予定

artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

PARASOPHIA:京都国際現代芸術祭2015

会期:2015/03/07~2015/05/10

京都市美術館ほか[京都府]

京都で催された国際展。国内外から招聘された約40組のアーティストが参加した。見どころはウィリアム・ケントリッジをはじめ蔡國強、ピピロッティ・リストら、欧米圏で活動する著名なアーティストが数多く参加している点で、それらの作品が京都市美術館を中心に、鴨川の河畔、庶民的な団地の一室、書店などにそれぞれ展示され、美術館から街への導線を強く意識した構成となっている点も大きい。
しかし、全体的な印象は中庸というほかない。すでに多くの論者が指摘しているように、国際展や芸術祭という形式は明らかに飽和状態にあり、テーマの有無にかかわらず総花的な形式のなかで発表される作品に同時代的なリアリティを見出しにくいことは否定できないし、前述した街への導線を設定するやり方にしても、昨今の国際展の常套手段であり、いまさらとりわけ目新しいものではない。
ただし、だからといって秀逸な作品が皆無であったわけではない。京都芸術センターの旧講堂で発表された、アーノウト・ミックの《Speaking in Tongues》[異言]は、企業の社内セミナーと新興宗教の儀式を撮影した映像を並列させたインスタレーション。前者は大量の役者によるフィクションだが、後者は完全なドキュメンタリーであるという相違点が見受けられるものの、いずれも無音のまま、ある種の病的な熱狂状態を醸し出している点は通じている。
当初、舞台上の幹部社員と客席の一般社員は明確に分断されているが、拍手やハグが度重なるにつれ、次第に行事は集団熱狂状態に陥り、両者を分け隔てていた境界線は溶け合い、やがて彼らは自己啓発セミナーのような異様な雰囲気に包まれていく。何かを叫び、涙を流し、激しい身ぶりによって剥き出しにされる感情。そのような集団熱狂状態が加熱していけばいくほど、彼らの強く抑圧された暗い心のありようがありありと逆照射されるのだ。
アーノウト・ミックが示したのは、おそらく資本主義の最先端で日々闘うホワイトカラーの心の闇を、現世利益を謳う新興宗教に頼ることなくしては生存を維持することが難しいブルーカラーのそれと相通じるものとして視覚化することではなかったか。世界はますます富む者と貧しい者とに分断されつつあるが、実は両者の内面は同じような病にともに蝕まれているのだ。
アーノウト・ミックが社会的な同時代性を表わしているとすれば、芸術という概念の同時代性を自己言及的に表現しているのが、アフメド・マータルである。《四季を通して葉は落ちる》は、昨今変貌目覚ましいイスラム教の聖地・メッカの工事現場や解体現場を捉えた映像作品。天空に突き出た超高層ビルの先端での作業の高揚感や古いビルが一気に倒壊するカタルシスを存分に味わうことができる。だが、この作品の本当の醍醐味は、これらの映像を撮影したのがアフメド・マータル本人ではなく、当の工事現場で働く移民労働者自身であり、彼らが携帯電話やスマートフォンで撮影した動画に、アフメド・マータルがネット上で公開されている動画を掛け合わせたにすぎないという点である。
こうした雑多な映像作品は、従来の芸術概念からすると、あまり評価されにくいのかもしれない。稚拙で粗い映像には、いかなる意味でも審美的な価値を見出すことができないし、グローバリズムの時代における移民労働者という主題は含まれているにせよ、映像はあくまでも表面的な記録の羅列であり、主題を探究するという一面は特に見られないからだ。そもそもアフメド・マータルの名義で発表されているとはいえ、動画を編集しただけの作品はオリジナリティという点でも大いに疑わしい。しかし、この作品はヴァナキュラー映像として評価するべきである。
ヴァナキュラー(vernacular)とは、昨今建築や写真の領域で注目を集めている概念で、一般的には「地方のことば」、すなわち「方言」を指す。ヴァナキュラー建築とは、それぞれの土地の資材を用いながら風土に適合させた民俗的な建築であり、ヴァナキュラー写真とは、無名ないしは匿名の人々によって撮影・愛好される、いわゆる普通の写真である。従来の建築史は普遍的な建築様式を、従来の写真史は芸術性を、それぞれ重視したあまり、ヴァナキュラーを切り捨ててきたが、近年、既存の歴史が隘路に陥るにつれ、そのヴァナキュラーが見直されつつあるというわけだ。
むろんヴァナキュラーという論点が浮上した背景には、手頃な値段で入手できるカメラや動画機能をあらかじめ備えた携帯電話およびスマートフォンといったデバイスの技術革新と流通が挙げられる。だがより重要なのは、それに伴い、今日の写真がスナップ写真を、そして今日の映像が動画を、それぞれ内側に組み込むようになり、それまで鑑賞者という客体に過ぎなかった私たちが、時と場合によっては、撮影者という主体に容易に反転しうるという状況に変化したという事実である。このような構造的な変化を敏感に察知し、自らの作品に反映してみせたのが、アフメド・マータルにほかならない。

2015/03/31(火)(福住廉)

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遠藤麻衣 SOLO SHOW「アイ・アム・フェニミスト!」

会期:2015/03/22~2015/03/31

Gallery Barco[東京都]

アーティストで俳優の遠藤麻衣の個展。表題に示されているように、フェミニストを主題とした映像作品やパフォーマンスを中心に発表した。いずれも今日のフェミニズムに批評的に言及した作品で、濃密な空間に仕上げられていた。
冒頭に掲げられたステイトメントからして力強い。「女の幸せは結婚、愛想は良く、女性らしい服装を心がけること。私たちを守ってくれる男への感謝を忘れずに、女は男をたてるべき。これらを正しいことだと考えている、今この文章の前にいるあなたのような女が、私は大嫌いです。自分にとって都合の良い色メガネをかけ、男性社会への同化を戦略にして生きるあなたに、私は決して負けません。女であれ!」。
この挑発的な決意表明は、ピカソの《泣く女》をモチーフにした映像インスタレーション《“泣く女”》で具体化されていた。「泣く女」と同じメイクをした遠藤自身が、傷つけられた女たちの代弁者となって、男性社会の権力構造を告発し、文字どおり涙を流しながら女の解放を切々と説く。「草の根かき分けて、男の根っこを引き抜きましょう。そして、フラットでリベラルな芝生を生やしましょう。そのうえで、女たちはレジャーシートを敷いてピクニックをするのです」。会期中、遠藤はこの作品の傍らでライブ・パフォーマンスを定期的に催していたが、それも服装からメイク、演説内容まで、典型的なフェミニストのイメージを倍増させるようなものだった。
男性の主体によって一方的に表象される客体としての女性。フェミニズムないしはジェンダーアートにとっての基本的な問題設定だが、こうした表象の政治学から逃走するための戦略的な概念として、遠藤は「偽装」を挙げている。化粧、擬態、演技といった意図的な偽装によって、表象から実体を後景化させること。必然的に、外部から実体の所在を把握することは難しくなるが、おそらく遠藤の狙いはそこにある。
《“泣く女”》と1枚の壁を挟んだ別室に展示されていたのは、《セルフ・ドキュメンタリー》という映像作品。そこには、遠藤と本展をコーデイネートしたアーティストの河口遥によるプライベート風の会話が映されていた。むろん、プライベートとはいえ、文字どおりのプライベートではない。それが証拠に、映像の質から小道具、服装、メイク、会話の内容も含めて、まるでテレビ番組「テラスハウス」のような赴きで演出されていたからだ。まったく内容のない相槌や逆に意味ありげな目配せなど、芝居がやけに細かい。遠藤がステイトメントで批判した「あなたのような女」を演じてみせたのだろう。
戦闘的なフェミニストと凡庸な「あなたのような女」。実に対照的な女性の表象をあえて演じることによって、遠藤は「偽装」という方法論を幅広く実践した。どれほど闘うフェミニストになりきったとしても、あるいはまた、どれほど退屈な女を演じたとしても、そこに遠藤自身の実体はない。実のところ、フェミニズムという思想への評価さえ、まったくわからない。だが、その「わからなさ」は、表象と実体を同一視しがちな私たちの偏った知覚のありようを、これまでにないほどわかりやすく示しているのである。

2015/03/27(金)(福住廉)

わが愛憎の画家たち 針生一郎と戦後美術

会期:2015/01/31~2015/03/22

宮城県美術館[宮城県]

美術評論家の針生一郎による批評から戦後美術の歴史を振り返った展覧会。主に1950年代から70年代に制作された絵画作品を中心に、針生による著書や映像、およそ300点が展示された。
会場には、まさしく溢れんばかりに絵画が展示されていた。空間の容量に対して絵画の点数が多すぎたため、鑑賞しているうちに、次第に疲労感が増してきたが、それでもその物量感こそが、針生が対峙していた戦後美術の厚みの現われだったのかもしれない。事実、とりわけ50年代における池田龍雄や山下菊二、中村宏、曹良奎、小山田二郎、桂ゆきらによる作品は、いまもなお鮮烈な魅力を放っていた。あわせて掲示されていた針生による批評の抜粋を読むと、それがこの時代の美術と激しく共振していた様子が伺える。
ただし、そのシンクロニシティはおそらく60年代後半までだった。読売アンデパンダン展における反芸術を契機として、針生の美術批評と戦後美術の主流は徐々に離れていくように見受けられた。だが批評とは、現場の最前線で歴史と格闘することよりも、むしろ歴史の傍流や伏流にあってこそ、その真価を問われるのではないか。スポットライトの当たる場所で喧伝される批評言語は、その内容云々以前に、おのずと衆目を集めるため底上げされやすいが、その傍らの陰でささやかれる批評の言葉は、まことの説得力と美しさがなければ、読者の心には響きにくいからだ。
その意味で、本展の構成がおおむね70年代末で終わっていた点は、あまりにも惜しいというほかない。針生一郎の美術批評を根本的に再検証するのであれば、それが戦後美術の主流から逸れた80年代から晩年の2000年代の批評をこそ、そのための具体的な材料として活用しなければならないからだ。
本展でわずかに触れられていたように、この時期の針生一郎はとりわけ「人権」に焦点を当てていた。実際、「日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ美術家会議(JAALA)」の結成(1977年)をはじめ、自由国際大学の創立(1986年)、第3回光州ビエンナーレ特別展「芸術と人権」のキュレーション(2000年)、原爆の図丸木美術館の館長(2001〜2010年)など、針生は人権や政治に深く関与していた。
生前の針生一郎が批評活動を展開していた時代、このような政治性は美術の創作や鑑賞と無関係であると頑なに信じられていた。針生が批評によって楔を打ち込み、突き崩そうとしていたのは、このような頑強な壁にほかならない。だが針生の死後、状況は一変した。東日本大震災による原発事故の解決を先送りしてまでも、憲法改悪を企む不穏な動きが露骨に顕在化しているいま、針生が焦点を当てていた人権は、かつてないほど大きな危機に瀕していると言わねばなるまい。好むと好まざるとにかかわらず、現代美術における「芸術と人権」は、もっともアクチュアリティのあるテーマとなってしまったのである。
本展における針生一郎の表象は、部分的で偏りがあるものだ。だが、その不在の針生一郎こそ、いま最も必要な批評の原型なのだ。

2015/03/19(木)(福住廉)

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絵画者 中村宏 展

会期:2015/02/14~2015/03/29

浜松市美術館[静岡県]

中村宏の本格的な回顧展。学生時代の絵画から近作まで、およそ60点が展示された。出品点数で言えば、東京都現代美術館の「中村宏|図画事件1953-2007」より小規模だったが、そのぶん要点を最小限にまとめた構成で、良質の企画展だった。中村宏と言えば、50年代のルポルタージュ絵画がよく知られているが、本展で明らかにされていたのは、「絵画者」というタイトルが明示しているように、中村宏の画業がまさしく「絵画」の実践そのものだったという事実である。
本展を見ると、中村の絵筆は、具象的な絵画に立脚しながらも、さまざまなアプローチによって「絵画」の内側の可能性に挑戦してきたことがわかる。太い輪郭線で縁取られた社会主義リアリズム的な画風から、地平線を中央に置いた構図のシュールレアリスム、幾何学的な構成、漫画的な形式や記号表現、さらにはキャラクター、超写実的な描写、点描を駆使したものから遠近法や消失点を自己言及的に主題としたものまで、じつに幅広い。抽象表現を除き、絵画にまつわるあらゆる問題を検証してきた道のりが伺える。
むろん、その道程に理路整然とした一貫性などを求めることはできない。だが、一貫性とは言わずとも、ある種の共通項を見出すことができるように思えなくもない。それは、中村宏の絵画に偏在する暗い穴である。
中村宏の絵画の魅力を飛躍的に増大させている要因のひとつに、黒の巧みな配置が挙げられると思う。黄と黒を規則的に配列した《タブロオ機械》シリーズはもちろん、車窓の暗がり、航空機の機影、故人の遺影など、画面の随所に置かれた黒は画面全体を効果的に引き締めている。しかし、その黒は画面構成のうえで必要とされているだけでない。暗い穴として描写されることで、容易には解釈しがたい、ある種の謎を残しているのだ。
代表作《基地》(1957)は機関銃と兵士、戦車を主な主題としているが、ヘルメットの下の兵士の顔は木板に空けられた2つの大きな穴に簡略化されている。その穴には鈍い光が灯っているものの、眼球は欠落しており、ただただ、深い闇が広がっているのだ。さらに《内乱期》(1958)には車輪の内側に、《蜂起せよ少女》(1959)には砲身の内側に、それぞれ暗い穴を認めることができるし、《パシフィック》(1961)にしても、画面中央に伸びる道の真ん中に大きな穴が穿たれている。《図鑑2・背後》(2006)にいたっては、後ろ向きのセーラー服の少女の頭部が画面上部を塗りつぶした闇に溶け込んでいるようだ。だがもちろん、それらが何を指示しているのか、明らかにされてはいない。
おそらく、その解釈は無数にあるのだろう。だが、中村宏の幅広く長い画業を紹介する今回の展示を見ていると、それらがどんなかたちをとるにせよ、いずれも絵画の向こう側に至る入り口のように見えた。それは、遠近法における消失点の先というより、むしろ絵画の奥を暗示することによって四角い平面に限定された絵画の空間そのものを相対化する、ある種の装置のような気がした。他に類例を見ないほど「絵画」を追究してきた中村宏は、にもかかわらず、いや、だからこそと言うべきか、「絵画」を突き放して見直す視点を、その内側に織り込んでいたのである。そこが、絵画者の真髄ではなかろうか。

2015/03/18(水)(福住廉)

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岩井優「通りすぎたところ、通りすぎたもの」

会期:2015/02/21~2015/03/20

Takuro Someya Contemporary Art[東京都]

「清掃」をテーマとするアーティスト、岩井優の個展。諸外国で滞在しながら制作した3本の映像作品を発表した。いずれもクレンジングが通奏低音になっているが、今回発表された作品は「食」との関連性が強い点も共通していた。
巨大なまな板の上に規則的に立ち並べられた、おびただしい数の魚。それらは地元住民たちの手により次々とさばかれ、血まみれの臓物が広がっていく。魚は調理のために画面から消えていくが、まな板には黒々とした血糊が残される。カメラは頭上から見下ろす視角で撮影しているため、その文様はある種の抽象絵画のように見える。
対照的に、《赤い洗浄》は真下から撮影されている。大量の水が流れ落ちていることはわかるが、その先で何がなされているのか、当初はわからない。ときおり赤い液体が混じり、臓物と思われる陰が映り込むことから、どうやら食肉の解体処理場のようだ。前述した《100匹の魚(または愉悦のあとさき)》が食べ物の事後的な拭いがたい痕跡を示しているとすれば、この作品は事前に必要とされるクレンジングを表わしているのだろう。
ベルリンで制作された《路上のコスメトロジー》は、路面に落とされた犬の糞を接写したもの。それに岩井は洗剤やクレンジングオイル、制汗スプレーを次々と振りかけ、色とりどりのビーズで彩る。面白いのは、どれだけクレンジングやコスメの粉飾を繰り広げても、さらにバーナーの炎を噴射しても、糞の形態は微塵も崩れないということだ。吹きつけられる気体をはね返し、振りかけられる液体を受け流し、糞は糞の形態を最後まで守り続けている。
食べ物の最終形態である糞の強靭な物質性。ここにはある種の倒錯がある。生物の口に合いやすいように人工的なクレンジングを繰り返した食べ物が、ひとたびその生物から排出されると、一切のクレンジングを受けつけないほど強固な物質として立ち現われるからだ。クレンジングとは、そのような肉体の内部でなされる変換の謎を知るための手がかりになっているのかもしれない。

2015/03/13(金)(福住廉)

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