artscapeレビュー
絵画者 中村宏 展
2015年04月01日号
会期:2015/02/14~2015/03/29
浜松市美術館[静岡県]
中村宏の本格的な回顧展。学生時代の絵画から近作まで、およそ60点が展示された。出品点数で言えば、東京都現代美術館の「中村宏|図画事件1953-2007」より小規模だったが、そのぶん要点を最小限にまとめた構成で、良質の企画展だった。中村宏と言えば、50年代のルポルタージュ絵画がよく知られているが、本展で明らかにされていたのは、「絵画者」というタイトルが明示しているように、中村宏の画業がまさしく「絵画」の実践そのものだったという事実である。
本展を見ると、中村の絵筆は、具象的な絵画に立脚しながらも、さまざまなアプローチによって「絵画」の内側の可能性に挑戦してきたことがわかる。太い輪郭線で縁取られた社会主義リアリズム的な画風から、地平線を中央に置いた構図のシュールレアリスム、幾何学的な構成、漫画的な形式や記号表現、さらにはキャラクター、超写実的な描写、点描を駆使したものから遠近法や消失点を自己言及的に主題としたものまで、じつに幅広い。抽象表現を除き、絵画にまつわるあらゆる問題を検証してきた道のりが伺える。
むろん、その道程に理路整然とした一貫性などを求めることはできない。だが、一貫性とは言わずとも、ある種の共通項を見出すことができるように思えなくもない。それは、中村宏の絵画に偏在する暗い穴である。
中村宏の絵画の魅力を飛躍的に増大させている要因のひとつに、黒の巧みな配置が挙げられると思う。黄と黒を規則的に配列した《タブロオ機械》シリーズはもちろん、車窓の暗がり、航空機の機影、故人の遺影など、画面の随所に置かれた黒は画面全体を効果的に引き締めている。しかし、その黒は画面構成のうえで必要とされているだけでない。暗い穴として描写されることで、容易には解釈しがたい、ある種の謎を残しているのだ。
代表作《基地》(1957)は機関銃と兵士、戦車を主な主題としているが、ヘルメットの下の兵士の顔は木板に空けられた2つの大きな穴に簡略化されている。その穴には鈍い光が灯っているものの、眼球は欠落しており、ただただ、深い闇が広がっているのだ。さらに《内乱期》(1958)には車輪の内側に、《蜂起せよ少女》(1959)には砲身の内側に、それぞれ暗い穴を認めることができるし、《パシフィック》(1961)にしても、画面中央に伸びる道の真ん中に大きな穴が穿たれている。《図鑑2・背後》(2006)にいたっては、後ろ向きのセーラー服の少女の頭部が画面上部を塗りつぶした闇に溶け込んでいるようだ。だがもちろん、それらが何を指示しているのか、明らかにされてはいない。
おそらく、その解釈は無数にあるのだろう。だが、中村宏の幅広く長い画業を紹介する今回の展示を見ていると、それらがどんなかたちをとるにせよ、いずれも絵画の向こう側に至る入り口のように見えた。それは、遠近法における消失点の先というより、むしろ絵画の奥を暗示することによって四角い平面に限定された絵画の空間そのものを相対化する、ある種の装置のような気がした。他に類例を見ないほど「絵画」を追究してきた中村宏は、にもかかわらず、いや、だからこそと言うべきか、「絵画」を突き放して見直す視点を、その内側に織り込んでいたのである。そこが、絵画者の真髄ではなかろうか。
2015/03/18(水)(福住廉)