artscapeレビュー
飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー
中村征夫写真展「琉球 ふたつの海」
会期:2016/10/29~2016/11/24
中村征夫といえば、1988年に第13回木村伊兵衛写真賞を受賞した「全・東京湾」、「海中顔面博覧会」の両シリーズなど、水中写真の第一人者として知られている。海中の生きものたちの不思議な生態を、華麗なカラー写真で写しとった写真の人気は、いまなお高い。ところが一方で、中村がモノクロームのドキュメント写真を粘り強く撮り続けてきたことは、あまり知られていないのではないだろうか。その代表作としては、南の島の風土とそこに住む人々の暮らしを柔らかな眼差しで捉えた写真集『熱帯夜』(小学館、1998)がある。今回、コニカミノルタプラザで開催された「琉球 ふたつの海」の出品作「遥かなるグルクン」も、その系譜に連なるものだ。
日経ナショナルジオグラフィック社から同名の写真集も刊行されているこのシリーズで、中村が30年にわたって記録し続けたのは、沖縄の漁師(ウミンチュ)たちのアギヤーと呼ばれる追い込み漁である。小舟(サバニ)を操り、袋網にグルクンのような熱帯魚を追い込んでいく伝統的な漁法も、高齢化や環境異変による漁獲高の減少などにより、いまや続けられるかどうかぎりぎりの状況になりつつある。本作は、いかにも中村らしい、海中から漁の様子を撮影したダイナミックなカットを含めて、モノクロームの力強い表現力を活かした力作だった。やはり日経ナショナルジオグラフィック社から、同時期に写真集が刊行された、撮り下ろしカラー作品の「美ら海 きらめく」とのカップリングも、とてもうまくいっていた。
ところで、前身の小西六フォトギャラリー、コニカプラザの時代から換算すると、60年以上もの長期にわたる活動を続けてきたコニカミノルタプラザは、2017年1月23日でその歴史を閉じることになった。本展が特別企画展としては最後のものになる。2006年にコニカミノルタが写真・カメラ事業から撤退してからも、写真展を開催し続けてきたのだが、これ以上の継続はむずかしいという判断が下されたようだ。残念ではあるが、長年にわたる写真界への貢献は特筆に値する。
2016/11/04(飯沢耕太郎)
SapporoPhoto2016
会期:2016/11/03~2016/11/07
古民家ギャラリー 鴨々堂ほか[北海道]
「SapporoPhoto」は「NPO法人 北海道を発信する写真家ネットワーク」が主催して、2015年から開催しているイベント。2回目の今年は「ご家庭のアルバムなどに眠っている、札幌で撮影された思い出の写真」を募集する「さっぽろ家族の歴史写真~何でもない特別な日~」(古民家ギャラリー 鴨々堂)、ポートフォリオレビュー(同)、こども写真教室「親子で写真を撮ろう!」(中島公園ほか)、講演会「写真評論家 飯沢耕太郎氏が語る写真表現の潮流」(豊平館)などの催しが開催された。
北海道は、明治初期の開拓の状況を記録した田本研造、武林盛一らの仕事など、もともと写真表現の輝かしい伝統を持つ地域である。また1985年からスタートした東川町国際写真フェスティバルも、もうすでに30回を超えている。そう考えると、道都・札幌の写真家たちが彼らの存在をアピールする「SapporoPhoto」は、今後重要な意味を持ってくるはずだ。とはいえ、企画全般にまだまだ物足りなさは残る。昭和20~50年台のアルバム写真を中心とする「さっぽろ家族の歴史写真~何でもない特別な日~」にしても、展示点数が約60枚というのはあまりにも少なすぎる。過去をノスタルジックにふり返るだけでなく、写真を通じて新たな発見に導く工夫が必要になるだろう。
今後の展開としてもうひとつ考えられるのは、東川町国際写真フェスティバルだけでなく、「写真の町シバタ」(新潟県新発田市)、塩竈フォトフェスティバル(宮城県塩竈市)などの地域イベントと、積極的に連携していくことだろう。各地域の写真イベントは、それぞれ特徴的な企画を打ち出そうとしているのだが、予算面でも観客動員においてもさまざまな問題を抱えている。それを解消していくには、単独開催ではむずかしい、横断的な企画に活路を見出していくべきではないだろうか。札幌の晩秋を彩る行事として、さらなる発展を期待したいものだ。
2016/11/03(飯沢耕太郎)
田口芳正『MICHI』
発行:東京綜合写真専門学校出版局
発行年:2016/09/16
田口芳正は1949年、神奈川県鎌倉市生まれ。1977年に東京綜合写真専門学校卒業後、PUT、OWL、FROGといった、写真家たちの自主運営ギャラリーで作品を発表してきた。この写真集には1977~79年の初期作品26点がおさめられているが、そのすべてが、道を歩きながら連続的にシャッターを切って撮影した写真をやや小さめにプリントして、グリッド状、あるいは渦巻き状に配置したものだ。このような被写体の意味性や物語性を潔癖に排除して、「写真とは何か?」を写真によって提示しようとする「コンセプチュアル・フォト」は、田口だけでなく1970年代後半~80年代にかけて活動した多くの若い写真家たちによって共有されていたテーマだった。田口の営みは、そのなかでも「『私』の行為の軌跡を『見る』こと、『撮ること』と『見る』ことの意識化」を推し進めていく強度と純粋性において際立っている。
以前から何度か指摘してきたのだが、自主運営ギャラリーを中心に展開されていた「コンセプチュアル・フォト」、あるいは「写真論写真」にスポットを当て、きちんと検証していく時期が来ているのではないだろうか。確かにあまり目立たない、地味な動きではあったが、写真と現代美術の境界領域を果敢に切り拓こうとした彼らの活動は、相当の厚みを備えたものであったことは間違いない。田口の仕事をあらためて見直しても、40年という歳月を経ているにもかかわらず、みずみずしさが保たれていることに驚かされる。ぜひ美術館レベルでの掘り起こしを進めていただきたい。その第一歩として、この写真集の刊行は大きな意味を持つのではないだろうか。
2016/10/31(月)(飯沢耕太郎)
古賀絵里子「Tryadhvan トリャドヴァン」
会期:2016/10/21~2016/11/26
EMON PHOTO GALLERY[東京都]
古賀絵里子は2014年に京都に拠点を移す。お寺の住職と結婚し、子供が生まれた。その京都の日々をモノクロームで撮影した写真をまとめたのが、本作「Tryadhvan トリャドヴァン」である。「Tryadhvan」というのはサンスクリット語で「三生」、すなわち「過去生、現在生、未来生」のことだという。タイトルが示すように、今回のシリーズには京都の古刹で暮らす彼女の日常を軸に、複数の時間が重ね合わされている。お寺に伝わる古写真が引用され、やがて生まれてくるであろう子供の姿がエコー写真の画像で暗示される。とはいえ、それらの輻輳するイメージ群は互いに繋がり、結びついている。全体が、淡くおぼろげなソフトフォーカスの画面の中に溶け込んでいて、夢と現の境目を漂っているような感触だ。
本作は2016年4月~5月に開催された京都国際写真祭でも展示されていたのだが、今回のEMON PHOTO GALLERYの展示を見て、そのときとはかなり違う印象を受けた。京都ではひとつながりの和紙にプリントされた画像だったのが、ギャラリーの展示では分割され、パネル仕立てになっている。どちらかというと、巻紙を広げるような見せ方が、このシリーズには合っているのではないかと思った。また、展覧会にあわせて、赤々舎から同名の写真集が刊行されているのだが、その黒白のコントラストの強い印刷のほうが、展示プリントよりも闇の深さを表現するのに向いているように感じた。つまりこの作品は、シリーズとしてどのような体裁に落とし込んでいくのかということが、まだしっかりと確定していないのではないだろうか。
ぜひ、もう少し撮り続けていってほしい。古賀の写真のあり方は、前作の高野山をテーマにした『一山』(赤々舎、2015)から見ても大きく変わりつつある。さらなる写真表現の可能性を模索し、「未来生」を積極的に取り込んでいくような続編を期待したい。
2016/10/28(金)(飯沢耕太郎)
福島写真美術館プロジェクト成果展+新発田
会期:2016/10/19~2016/11/04
金升酒造二號蔵ギャラリー[新潟県]
会津若松の福島県立博物館を中核として、東日本大震災以後の「文化芸術による福島の復興、未来への模索」をめざして、2012年から展開されているのが「はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト」。「福島写真美術館プロジェクト」はその一環の企画であり、写真家たちが福島県各地を訪れ、それぞれの視点から写真を撮影・発表してきた。2015年からは、その「成果展」が福島県内だけでなく、長野県大町市、静岡県静岡市・浜松市、京都市などでも開催されている。今回、同展が開催された新潟県新発田町では、2011年から、写真を通じて「まちの記憶」を掘り起こそうとする「写真の町シバタ」というイベントが毎年秋に開催されており、今回の展示は2つのプロジェクトの融合の試みでもあった。
同市豊町の金升酒造二號蔵ギャラリーに作品を展示したのは、高杉紀子、片桐功敦、安田佐智種、本郷毅史、赤坂友昭、赤間政昭、岩根愛、土田ヒロミ、村越としやの9名である。2012年度から参加している作家たちに、今回は高杉、岩根、土田、村越が加わり、より厚みのある成果が披露された。福島県須賀川市の出身で、震災後精力的に故郷を取り続けている村越としやの「福島2015」、奥会津の三島町の「限界集落」を粘り強く記録している赤坂友昭の「山で生きる」、福島県内各地を定点観測的に撮影している土田ヒロミの「願う者は叶えられるか」など、今後もさらに大きく展開していきそうなシリーズが目につく。造り酒屋の蔵を改装したギャラリーの空間も素晴らしく、写真を「見せる」環境の重要性をあらためて感じた。いまのところはまだ「構想」の段階に留まっているが、各地の写真プロジェクトとの結びつきを強めることで、震災の記憶を受け継ぐ「福島写真美術館」が具体的にかたちをとってくることを期待したいものだ。
2016/10/26(水)(飯沢耕太郎)